3-3. 対立、そして急転


 事件が解決してからというもの、グウィナは落ちこんでいた。

 

 団員たちの不調の原因を見抜けなかったのがふがいなかったし、犯人だったという娘の背景にも心を痛めていた。彼女が厳しく責められることはなかったのを、さいわいと喜べるだろうか? 彼女の代わりに、アラスターには取り返しのつかない処罰を負わせてしまったのに……。

 左手を切り落とされたあと、アラスターは竜王レヘリーンに処罰の不当を訴えたらしい。だが、レヘリーンはそれを退しりぞけた――正義のためではない。エリサと正面切って衝突するのを避けたのだとグウィナにはよくわかった。王と王太子のパワーゲームは、今後いっそう激しさを増すだろう。そのことを考えると憂うつになる。

 おまけに、親友イブが短い繁殖期を終え、もう東部に戻るという。結局、ほとんど旧交を温めるひまもなかった。……今日は城に顔を出すというので、今から会いに行くところ。


 場所はドリューの部屋だった。思えば娘時代から、集まる場所はいつも彼女の部屋だったと思いだす。なぜだったのかしら。


 残念な思いが強いグウィナだったが、それでも三人集まると、いつものように話がはずんだ。流行の店や服の話、グウィナとハダルクが花虫竜を討伐したという武勇伝。

「そんなに早く帰ってしまうなんて。良い男性に会わなかったの?」

「そう悪くもなかったんだけれどね。でも、毎晩毎晩浮かれさわぐのは、やっぱり性に合わなかったわ。それに……」

 イブは彼女にしてはめずらしく、意味ありげな間を置いた。「しばらくのあいだ、ドリューも東部に行きたいと言っているし」


「えっ」それこそ、寝耳に水の話だった。グウィナは思わず問い返す。「本当なの、ドリュー?」


「ああ……うん」

 ドリューはきまり悪そうにうなずく。「前から、ちょっと休暇を取りたいと思っていたんだ。ちょうど兄貴がこちらに来れそうな見とおしもたったからね。団の仕事のほうは、しばらく兄に任せようかと思って」


「そんな……あなたまで……」親友の姿が見られなくなるかと思い、グウィナは気が沈んだ。

「エリサ殿下も帰ってきたし、わたくしも休ませてもらおうかしら。あなたたちと一緒に東部に行きたいわ」

「私たちは歓迎するけど、大丈夫なの? あなたは繁殖期シーズン中でしょう? ハダルク卿との契約があるじゃないの」

 イブは心配なようだったが、ドリューは顔を輝かせた。「君がその気なら、そうしたらいいよ。繁殖はべつに来年だってかまわないんだろう? 契約のほうは、そうだな、だれか別の女性に譲ってさ。あの色男なら気にしないよ」

「そうね……」

 いい考えに思えたが、なにかがグウィナには引っかかった。来年、またべつの相手と。それは本当に自分の望みなのだろうか?

 この一年をあてどなく夫を待ち、来年はハダルクではない相手と床を共にする……やはりそれは自分の望みとは違うような気がした。


 グウィナがそれを説明しようと、口を開きかけたときだった。


「ご歓談中、失礼します」

 ノックもなく慇懃いんぎんなあいさつだけで、当のハダルクが入ってきたのだった。城内なのだからそういうこともあるだろうが、グウィナはどきりとした。エリサへの業務の引継ぎを補佐するため、最近では彼女のそばを離れることが多かったせいもある。


「なんだ?」と、不機嫌そうなドリュー。

「どうしたの、ハダルク卿?」と、グウィナも尋ねる。

 ハダルクはちらりとグウィナに目を向けたが、そのままドリューに向きなおった。

「あの娘に処方を出していたのは、ドレイモア卿、あなたでいらっしゃる。失礼ながら事情をお話しにいらっしゃるようにと、エリサ殿下のお言葉です」


「その必要はないわ」

 ドリューが答えるより早く、イブが口をはさんだ。「グウィナからも殿下にご事情を説明したはず。そう聞いているわよ」


「ですが、処方はかなり大量にありました。閣下は彼女の事情にも詳しかった。竜騎手たちでなく、彼女自身を害するおそれもあったのです。あなたはそれに気づいていたのではないですか?」


「たしかに、医師として不審を抱くべきだったとは思う」

 ドリューの顔色がくもった。「正直に言えば、きみが彼女を捕まえてきたときには『やっぱり』と思わないではなかったしね。アラスターにうるさくせっつかれて処方したが、反省しているよ」

「娘は、あなたは同情的で、よく話を聞いてくれたと」

「かわいそうな娘だと思った……手助けしようとしたんだ」

 ドリューの声に悔恨がまじった。「だが、失敗した。医師としての失敗だ。後悔している」

 親友の思わぬ告白に、グウィナははらはらした。


「意図的に処方したのではないと?」

「当たり前だろう!」

 ドリューはしだいに声をあらげた。「ほかにどんな方法があったと言うんだ? 今回のことがなければ、アラスターは彼女に子どもを返すことはなかっただろう。子を奪われた少女に、ほかになにができた? 彼女の心を落ち着かせ、療養させる以上のことがきみにできたとでも?」

「……!!」

 ハダルクの顔にはげしい動揺が浮かんだ。娘のことばかりとは思えないほどの。

「それができたとは、俺にはとても言えません」


「ならもう、この話は終わりにしてくれ。責任は感じている、だから職を辞すと言っているんだ」

 だが、ハダルクはなおも言った。

「職を辞す前に、いまお話になった事実をエリサ殿下にもお伝えするべきです」

「なぜおまえにそんなことを言われなきゃならないんだ!」

 ついに、ドリューが激高した。「おまえに私の仕事のなにがわかる?! このことを土産に、今度はグウィナの代わりにエリサ殿下に取り入るつもりか?!」

 胸ぐらにつかみかかるドリューの勢いに、見ていたグウィナは恐怖をおぼえた。どちらかを止めるべきか……だが、ハダルクの追求は間違っていない。竜騎手団での彼女の立場としては、ハダルクの側に立たねばならなかった。

「それこそ今は無関係でしょう。俺とグウィナ卿のことですよ」

 ハダルクは危険なまでに落ち着いた声で挑発した。「それとも、あなたに関係があるとでも?」

「貴様――!!」


「やめなさい!」「やめてちょうだい!」

 イブとグウィナの声が重なった。

「いったいどうしてそんな話になるの? ハダルク、彼女を挑発するのはやめて。ドリューも……なぜわたくしにまず話してくれなかったの?」


「きみの裁断が甘いと、殿下に追求されると思ったんだ」

 ドリューは苦い顔になった。「それでなくてもお姉上と王太子の板挟みになっているのに、私のことでまで思いわずらわせたくなかったんだよ」

「言ってくれないほうが、もっと心配するわよ! どうしてそんなこともわからないの?」


「言ってしまえばいい」

 ハダルクは、彼女には見せない冷たい顔でドリューに向き直っていた。「全部打ち明けたほうが楽になれますよ」


「あなたに強要する権利はないわ」

 割って入ったのはイブだった。ドリューを守るように前に立っている。期せずして、イブとドリュー、ハダルクとグウィナがそれぞれ対立するような形になってしまっている。

 グウィナは悩みながらも、彼女に呼びかけた。

「イブ……。ハダルクは団の秩序を守ろうとしたのよ。考えたくないけど、もしドリューにこの件で非があるなら、それは確認しなくてはいけないわ。まだほかに隠しごとがあるなら……」

 ハダルクが彼女に告げた、「ドレイモア卿は、あなたに隠していることがありますよ」の意味。それを彼女は思い返していた。

 だが、イブは首を振って否定した。

「それは、今回の件とは関係ないことよ。私が保証するわ」

「では、なぜわたくしだけ知らされていなかったの? ハダルクも、あなたも知っていて、わたくしだけが?」

 グウィナの苦悩に、イブはためらような顔を見せた。そして結局、彼女の問いとは違う言葉を返した。

「どちらの正義もわかるわ、グウィナ、あなたは自分の団を守るべきでしょう。わたしは友情を守るわ。あなたがドリューを軽んじているというつもりではないの。バランスを取りたいの」

「イブ、それはわたくしが聞きたい答えではないわ」


「いや……殿下のところに申し開きに行くよ」

 ドリューがイブの前腕をたたき、あきらめたように首を振った。「たしかに、それが一番確実だ。このまま東部に行けば責任から逃げたと思われる」


「……それなら、出立の準備をしてから行きましょう」イブがそう言った。「申し開きが済んだら、私たちはそのまま東部へ行くわ」

「あと一日、遅らせられないの?」グウィナは思わず、友人たちを引きとめた。「こんなふうに、ケンカ別れになってしまうのはイヤよ」

「いま、これ以上言えることはないわ。おたがいに落ち着いてから、いずれまた会いに来るから」

「そんな……」

 イブとドリューは、なかば部屋を退出しかけていた。が、ドリューには迷いがあったのだろう。ためらいがちにひとり戻ってきて、グウィナの前に立った。

「東部に行きたいというのはね……。君の繁殖期シーズンの話を聞くのが、思ったよりこたえたからなんだ」

 そう言いつつ、彼女の肩に手をおいた。親友に語りかけるときの、なじみのあるしぐさだった。「ゲーリーで慣れているつもりだったけど、ずいぶん違うものだね。君の心がそこの男に動いているのを、隣で見ているとつらい」

「ドリュー? それは、どういう……」

 グウィナは、自分ひとりが極端に物わかりが悪くなってしまった気がした。イブもハダルクも、ドリューの言葉がなにを指しているのかわかっている。自分以外の三人が。それが指すものは……。

「娘時代の関係のまま、君のそばにいられたらと思うのは、自然なことではないんだろうね。よかれと思って動くことが、いつもうまくいかない……。でも愛していたよ。ずっと君一人だった」

 親友の告白に、グウィナは打ちのめされた。

「だってドリュー、あなたは女性で……。じゃあ、イブもハダルクも気がついていたことというのは……」

 こんな暴かれるような形で告白しなければいけなかったのは、自分の無理解のせいなのか。その可能性すら、考えたことはなかった。グウィナにとって、恋愛はつねに生殖の手前にあるものだったから。

「わたくしはどうしたらいいの?」


 とまどうグウィナを、突然の激痛が襲った。「ううっ……」

 彼女は腹部をおさえ、よろめきながらうずくまった。


「グウィナ!」そばにいたハダルクにあわてて抱きかかえられたことも、彼女は気づかなかった。目の前が暗くなっていく……。

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