2-3. 害竜討伐

 討伐に出る朝。団員たちに本日の不在を通達してから、グウィナはドリューの部屋へ向かった。診察室も兼ねているため、簡易寝台をそなえた明るく機能的な部屋である。


「そういうわけで、青竜の増幅剤がほしいのだけど……」

「うーん」

 ドリューは言われたとおりの薬を棚から取り出したが、気乗りのしない顔をしていた。

「あまり、君にこういう薬を持たせたくないんだけどな」

「別に、体に害があるというものでもないんでしょう?」

「あくまで一時的にはだよ。筋力を増加したところで、実際に使うのは自分の身体なんだから……こういうのがあると、無理できてしまうからね」

「無理をしなくていいほど、団員たちが育ってくれればいいんだけど」

 グウィナはため息をついた。


 ドリューは任務の詳細や、同行する団員について尋ねた。ハダルクとイドニスだと答えると、顔をしかめた。一歩身体を近づけて、肩に手を置く。

「やつにあまり信頼を置くのは、やめたほうがいい。君のことを、出世の道具としか考えてないような男だぞ」

「ドリュー……」

 親友がそんなことを言うとは思わなかったので、グウィナは目をまばたいた。「だけど、それはお互いさまではなくて? わたくしは子どものために、彼は家のために、お互いを利用しているのよ」

 ドリューはどこか、いたましそうな顔で彼女を見つめた。

「それをじゅうぶんに分かっているのなら、私もなにも言わないさ。……でも君は愛情深い女性だからね。彼にその愛情を利用されるんじゃないかと、心配なんだよ」


 ♢♦♢


 ビョウビョウと風が鳴っている。耳がちぎれそうなほどの風を受けても、空を駆ける感覚は格別で、なにものにも代えがたい。自由というものに色があるなら、足もとまで続くこの青空の色ではないかしら……。

 グウィナは空よりも淡い色の瞳をひらいた。


 竜の背に乗って、王都を西へ。報告のあった山里は、例年この時期になると下等竜の被害に悩まされている。今年もまた、家畜が襲われたということだった。

 『羽トカゲ』と呼ばれる、中型のすばしこい竜である。ウサギなどほかの害獣の天敵でもあることから益獣とみなされることもあるが、徒党を組んで家畜を襲うこともある。なので、被害が届けられた場合にはこうやって駆除に向かう。

 

「レクサの爪なら、あの程度の害竜、ほんのひとはたきで終わりそうですが」

 飛竜の背からハダルクがつぶやいた。風に消されそうなほどの音量だが、〈呼ばい〉を使っているので、連絡に支障はない。グウィナも答えた。

「雄竜たちにとって、羽トカゲはかっこうの遊び相手になってしまうのよ。一匹二匹ならいいけれど、狩りもらすと迷惑がかかるわ」


 グウィナの愛竜ルクソルはこういった任務になれており、気配を消すのもたくみだ。そこで彼女をバックアップとしてグウィナがしんがりを務め、飛竜を従えたハダルクが追い出し役、おなじくイドニスが攻撃担当となった。


 古竜のグリッドをもとにグウィナがおおまかなあたりをつけ、視力と勘がいいハダルクが丘から巣穴を探しだす。飛竜はさほど鼻が利かないので、探知するのは竜騎手側の役割だ。あやしい茂みに目を凝らして、ここぞという場所に駆除用の矮竜をけしかける。

 ……読みが当たったようだ。地面に近いところにある巣穴から、砂埃をあげて羽トカゲたちが飛び出してきた。体色は褐色に近く、見た目には翼の小さな飛竜といったところ。六匹ほどがほうぼうに散って逃げていく。

 ハダルクは指笛を使って飛竜たちに合図し、自分も竜を駆って羽トカゲを追いかけた。すばしこい生物なので竜術の使用には向かない。飛竜に追わせ、弱らせたところを剣か弓でしとめるのが一般的だ。


 グウィナはやや上空から、冷静にその動きを見守る。ルクソルのグリッドが感知したものと、目の前のトカゲたちの数が合うかを眼前で照らし合わせる。今のところ、ズレはないようだ……と、逃げてきたトカゲの一匹が彼女の射程内に入ってきた。ぎりぎりまで引きつけてから、おもむろにルクソルの背を飛び降り、その勢いでトカゲの背を剣で薙いだ。魚を下ろすような見事な一太刀。一心同体のルクソルがするりと彼女を背にひろう。……若い竜騎手イドニスから、感嘆のため息が漏れた。


 残りの五匹は二人の竜騎手と、飛竜たちが駆除したようだ。安堵しかけたグウィナだが、ふとグリッドに違和感を感じた。――竜の気配。

――コオォォオオォ……

「な、なんだこの竜は!」と、イドニスのうろたえた声。


花虫竜フルードラクだわ!」

 グウィナが叫ぶのと同時に、巣穴を割るようにして巨大な竜が鎌首をもたげた。古竜とほぼ同じくらいの体長があるだろう。だが、頭部にあたる場所に目鼻はなく、退化した口もとが不気味に広がっている。


花虫竜フルードラク?! 馬鹿な!」

 通信を受けたハダルクが声をあげた。「そんな気配はどこにもなかったのに」

 

――コアァォオオォ……

 谷間をとおる風のうなりのような、声にならない不気味な鳴き声が響いた。それに呼応するかのように雨が降り出したが、三人は巨竜の出現にそれどころではなかった。


「花虫竜は植物のように〈呼ばい〉をしずめておけるのよ。羽トカゲの巣を利用して、気配を隠していたんだわ」

 グウィナの顔に焦燥感が増した。花虫竜フルードラクは危険な害竜で、ふつう、駆除にはある程度の人員が必要だ。竜騎手が三人に古竜が一柱、飛竜が五頭……不十分な数ではないが……。

「一度戻って、応援を呼びますか?!」

「巣穴を壊された花虫竜は移動してしまう。だめよ、この場で討ち取らないと」

 応答しながら、グウィナは考えをまとめた。


 花虫竜を倒すには古竜の力が必要だが、かといって両者を近づけすぎると、たがいが興奮して手に負えない状態になってしまう。グウィナは愛竜に命じて後方に下がらせた。羽トカゲの駆除と基本はおなじだ。飛竜をけしかけて弱らせ、力が落ちたところで首を狙って致命傷を与える。……二人の竜騎手にも、おなじように伝えた。

「攻撃はかならず遠くからおこなうように。走枝ランナーに注意して」

「「了解しました」」


 飛竜たちは竜騎手二人のかけ声で花虫竜に襲いかかった。巣穴を出たてで動きが鈍く、攻撃がよく効いている。必然、竜の力を使ってとどめをさすのがグウィナの役割となる。後方に下がってタイミングを見はからう。


 飛竜の一頭が、隙をついて花虫竜の首に噛みついた。「やった!」というイドニスの声が聞こえたが、グウィナは「注意して!」と叫んだ。

 急所を痛めた花虫竜は大きくうねりながら、巨大な口を開いた。ぎらぎらと光る歯が、すばやくイドニスを狙う。

「わあっ」

 驚いた竜騎手がのけぞるように後方に飛びすさった。そこに走枝ランナーが伸びて――

「イドニス! 後ろよ!」

 グウィナが呼びかけたが、遅かった。竜騎手は走枝ランナーに足を取られ、空中に吊り下げられてしまう。

「イドニス!」ハダルクも叫ぶ。

「いけない。あの走枝ランナーには消化液が含まれているのよ。われわれには毒になる」

 一刻も早く助けなくては。グウィナはおじけづきそうな自分を奮い立たせ、雨に濡れた薬剤をにぎった。

「いざとなれば、わたくしも〈竜殺し〉になれるかもしれないわね」


「青竜の術ですね。毒にもなるのに、またそんな無茶なものを……」

 いつの間に近づいていたのか、ハダルクがそれを見とがめた。「俺が使います。それを寄こしてください」

「わたくしのほうが慣れているわ」

「だれにだって初回はある」

「今はその時では――」

「黙ってください!」

 ハダルクの銀髪が濡れ鼠色になっていて、雨脚が強まっていることがわかった。太陽が隠れたせいで、緑の目が濃い灰色に見える。その奥は怒りに燃えていた。

「そんなところで意地を張って、なんになるんです? 俺に抱かれるのは、子どもを産むためでしょう!」


「それは……」

 今は関係ない、と言おうとしたグウィナの言葉は、荒々しく薬剤を奪ったハダルクの行動で打ち消された。


「あなたがむくらいなら、俺が」

 美貌の副官はそう言って薬剤をあおった。

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