1-4. 再会と、レヘリーンの思いつき

 新興貴族であるハイナンの館は、美々しく飾り立てられていた。照明は七色に輝き、銀器をきらめかせている。参加者たちもみな、思い思いに着飾って会話を楽しんでいるようだ。


「グウィナ! ドリュー!」

 名前を呼びながら、女性が近づいてくる。すらりと長身の彼女が歩くと、人が波のように道を開けた。

 長い金髪をきながし、ライダー用の装飾的なジャケットに細身のパンツ姿。実用一色の格好でもイベロニア・イヘジリカには堂々とした美しさがあった。

「イブ!」

 グウィナとドリュー、それにイブ(イベロニア)は、おなじ大貴族の姫君。竜騎手としても同輩で、三人とも〈翠真珠グリーン・パールの節〉の年齢にあった。

「ようやく東部から戻ってきてくれたわね、嬉しいわ」

 三人でいそがしく抱擁しあいながら、グウィナは笑顔で声をかけた。「でも……一人なのね? デイミオンを連れて帰ってきてくれるかと思ったのに」


「若様はまだ、東部で修行中よ」イブも笑顔で答えた。彼女は甥デイミオンの教育係でもあった。「グウィナ、あなたったら、なかなか甥ばなれできないんだから」

「そうはいっても、二年も会えていないんだもの。さみしいわ」

 期待していた甥の姿がなかったのでがっかりしながら、グウィナは続けた。「あの子だって、そろそろ繁殖期の相手を探しに、こちらに来るころだと思ったのに」


「あの若様がアーダル号を連れて王都にやってくるなんて、考えるだけで頭が痛いね」ドリューがひやかした。「王都の雄竜たちがしっぽを巻いて逃げ出すんじゃないか?」

「あの子はそんな子じゃないわよ」

 グウィナはとして言った。「優しすぎて心配になるくらいだわ」

「そりゃ、大好きな叔母上に対してはそうだろうけどさ」

「アーダルもずいぶん大きくなったでしょうね」

「王都どころか、国じゅう探しても、アーダルほどの雄竜はいないわ」イブが請け合った。「もちろん、それを駆る竜騎手である若様もね。エクハリトス家にふさわしい、立派な竜騎手に育ててきたつもりよ」

 それから、甥の最近の様子を聞かせてくれた。子どものいないグウィナにとっては、デイミオンは息子のような存在だ。どこでなにをしているか、いつも気になってしまう。彼女はふと、昔の甥を懐かしんだ。

「そういえば昔は、ずいぶんあなたに熱をあげてたみたいだったじゃない? イブ」

「子どもの熱病よ。竜術を教えはじめたばっかりのころね」イブは笑って手を振った。

「でも、かわいかった。弓の鍛錬で緊張して、子ども用の弓を折ってしまってね。若様の、あのときの顔ときたら」

「きれいなお姉さんの前で、失敗したのが恥ずかしかったのよ」

「違いない」ドリューも笑った。「あの若様にも、かわいい時代があったものだな」

 ひとしきり、本家の若君についての昔話で盛りあがる。

 イブがふと、デイミオンについてこう言った。「そういえば若様は、タムノール王に似ておいでになるわ」


「デイが?」グウィナが問い返す。「タムノール王なんて……伝説みたいなものじゃないの」

 その名前は、本や戯曲のなかでしか見たことはない。エクハリトス家につらなる人物ではあるが……竜族は非常に長命なので、ほんの数世代前が神話の時代となることがあり、タムノールもその一人だった。

「伝説なんかじゃないわ。王は今も生きておられる」

 イブは静かに主張した。「防人さきもりの王は、掬星きくせい城の王よりはるかに長く生きるのよ。……そしていつかは、次代の王を求める。私が戦うのは真の王のため。原始の竜を討つ王こそ、この大陸の真の守り人なの」

 彼女の口調は確信に満ちていて、グウィナは故郷が懐かしくなった。王都と東部とでは、時間の流れが違って感じる。それに……やはり、甥が恋しい。もう一人の甥とは、もっとひんぱんに会えているのだけど。

「デイミオンが、はやく騎手団に入ってくれないかしら。甘ったれた男たちばかりなのよ。デイならきっと、すばらしい模範になると思うの」

 その展望は多分に叔母の欲目が入っていたが、ドリューは苦笑してうなずいてやった。

「あのハダルクの鼻っ柱が折れるところが見られるのは楽しそうだな」

「そういえばあなた、団長の代理をしているんだって? ……で、ハダルクって?」

 騎手団の内情を知らないイブに、グウィナはあれこれと説明してやった。

 姉レヘリーンが竜祖の導きを受けた際、〈血の呼ばい〉を受けた後継者として、北部領ゼンデンのエリサという女性が選ばれたこと。本来なら王太子である彼女が騎手団の長を務めるべきなのだが、あまりに若く経験が不足しているとして、グウィナがその代理をまかされているということ。ライダーたちを率いる役目に奮闘してはいるが、なかなか思うようにはいかないこと。副官であるハダルクにもナメた態度を取られており、犬猿の仲であること……。

「あいかわらず、お姉上の尻ぬぐいをしているのねぇ」イブは快活に笑った。


「ずっとこっちにいてくれればいいのに。あなたがいれば心強いわ」

 グウィナはそうこぼした。エクハリトス家の正嫡の教育をまかされていることからもわかるように、イブはすぐれた竜騎手で、人望も厚い。ドリューもそうだ。なぜこの三人のなかでいちばん弱気な自分が、竜騎手たちを率いる役職などに就いているのか……。

「私はやりたいことではなく、やらねばならないことをするのよ」

 イブは優しく、だが有無を言わさぬ調子で返答した。「東夷から国を守ることが、黒竜の一族の責務だもの」

「そうよね。わたくしは甘えたことを言ってしまったわ」

 グウィナはしゅんとなった。「デイミオンはしっかりと成長しているのに。自分が恥ずかしい」

「君はよくやってるよ」ドリューが肩を抱いてなぐさめた。「まわりも君を手助けしたいと思っているんだから、もっと頼ればいいんだよ」

「そしてあなたは、グウィナにだけ甘いのよね、ドリュー」イブが冷やかした。「ゲーリーに盾突くのはもうやめたのかしら?」

 夫の名前が出たので、グウィナはその話題を思いだした。

「そういえばイブ、あなた、こちらで繁殖期を過ごすつもりなの?」

「そうよ」イブは首肯した。「あなたのお姉上に一人ふたり、紹介してもらうつもり」

「あの人に頼むと、引っかき回されるわよ……」

 グウィナはちょっと心配になった。「悪気はないけど、思いつきで行動するタイプだから……」

「だけど顔が広いじゃないか。君ももう一人くらい、誰か紹介してもらったらどうだい?」ドリューが口をはさんだ。

「わたくしは……今は忙しいし……」

「べつに、無理に子どもを作る必要はないよ。たださ、ゲーリーひとりに操を立てなくてもと思うだけで」

 ドリューがそうすすめ、隣のイブも「そうよね」と賛成した。

「ゲーリーったら、あなたと結婚したんだか、あの温室と結婚したんだかわからないじゃないの。もっと覇気のある男と交際すれば、ゲーリーも多少は発奮するんじゃないかしら」

「イブ、あなたまで、やめてちょうだい」


 弱りきったグウィナに、思わぬ救いの声がかかったのはそのときだった。もっとも、救いというよりはトラブルの種といったほうがよい相手だったが――


「あら。楽しそうな女子会ね!」


 取り巻きと護衛の竜騎手たちを引き連れてやってきたのは、グウィナの姉、そして竜祖に選ばれたこの国の王たるレヘリーン陛下その人だった。「ゲーリーがどうかして? これは勘だけど、わたくしの好きな種類のお話をしてるんじゃないかしら」


「レヘリーン」

 昔どおりに呼びかけたグウィナは、あわてて「……陛下」と付けくわえて頭を下げた。

 姉は涼やかな声をたてて笑い、「堅苦しいのはよしてちょうだい、姉妹じゃないの」と言った。

 高く結ったとび色の髪、ハシバミ色の大きな瞳。竜王レヘリーンはまつりごとにまったく興味がなく、五公十家の言いなりではあったが、明るく鷹揚な性格で民衆には人気があった。その人気は、彼女の失策によってイティージエンから攻め込まれ、なし崩しに戦争になってしまうまでは続いた――が、それはまだ先の話である。

「イベロニア。あなたにはとっておきの男性を紹介してよ。わたくしにすべてまかせてちょうだい」

「ありがたいお言葉です」

 レヘリーンとイブはなごやかに話していた。「彼が小姓のころから知っているけれど、すばらしい若者でね。もう三人も、高貴な女性に子どもを授けているのよ」

「まあ。それは立派な殿方ですね」

「そうでしょう。婚資もなかなかお高いのだけど、わたくしずいぶんと値切ったわ」

「陛下の手腕にはおそれいるかぎりです」

「ふふ、そうでしょう。楽しみにしていてね」

 レヘリーンは上機嫌で、次はドリューに向き直った。

「ドリューは? あなたには、おしとやかな男性のほうが合うかもしれないわね。そういう殿方も、わたくし知っていてよ」

「不調法者ですから、陛下。ぜひその素晴らしいお相手は、別の姫君に」


 それから、姉はグウィナのほうを見た。扇子を開けたり閉じたりしながら笑顔のままじっと見つめられて、ふと不安をおぼえる。グウィナは身構えた。だが姉は、軽くうなずいただけでなにも言わず、目線を隣に向けた。

「さ、イブ、こちらにいらっしゃい。わたくしね、今とてもいいひらめきが生まれたの。ぜひあなたに聞いてほしいわ」

「喜んでお供いたします」イブは立ち上がり、レヘリーンとともに衝立の奥へ消えていった。


「あれでよかった……のかしら」

 二人を見送って、グウィナは座ったままつぶやいた。自分にお鉢が回ってこなくてよかったと思いたいが、親友のことも気にかかる。

「イブは大丈夫だろ。たとえ竜王だろうが竜祖だろうが、イヤなことはイヤというタイプだよ」

 ドリューはそう言ってから、グウィナのグラスに酒をそそいだ。「それより、私はむしろ君のほうが心配だけどね。お姉上の思いつきに、また君が巻きこまれなきゃいいが」

「やっぱりそう思う? 悪い人じゃないんだけど、繁殖のこととなると強引だから、怖いのよね」


 だが残念ながら、グウィナの悪い予感は最悪の形で的中することになる。しかも、翌日の昼に。

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