クセになる味③

 竜は心の中で、「肝試しをしよう」なんて言ったことを後悔した。自分だけが怖い目に遭うならまだいい。無理やり連れてきた年下のいとこは、完全に巻き込まれ損だ。


 走る竜の鼓膜に、子供の鳴き声が飛び込んできた。後ろを振り向くと、翔平が涙を流し咽び泣いている。しかしこの腕を離すわけにはいかない。さらに後ろには、両目を見開いた半笑いの坊主頭が全速力で走ってきているのだから。


 追いつかれるのは時間の問題だった。子供の足で大人から逃れるのは不可能。それでも闇雲に走る竜と翔平だったが、呆気なく終わりの時を迎えた。


 行き止まり。周りを墓石で囲まれた一本道。石と石の間にスペースはほとんどなく、子供の体でも通り抜けられない。


 観念する他なかった。振り返ると、坊主頭はすぐ側まで来ていた。


「ごめんなさい!ボクたち何も見てません!ごめんなさい!許してください!」


 翔平が膝を地面につき、泣きじゃくりながら坊主頭に命乞いをする。坊主頭は大きく口を開け、ズボンのポケットから取り出した人骨を放り込み、バリバリ音を立てて噛み砕く。


「勘違いしないでくれるかな。私はただ、君たちにもお裾分けしたいだけなんだ。人骨の味を知ってもらいたいんだよ。ねぇ?どんな味がすると思う?」


「知るかこの野郎!さっさとどっか行け!」


 泣き喚く翔平と対照的に、竜は坊座頭に噛み付く。


「わかるわけないよね。食べたことないもんね。そうだなぁ……何に似てるかなぁ……?ああ、あれだ!ミクドナルドのフライドポテトって、たまに焦げてカリカリになったポテト、入ってるよね?あれに似てる。どうだい?食べたくなってきただろう?」


「うるせーな!坊主がミクド買ったんじゃねーよ!このクソハゲ!」


 竜の言葉を聞き、男は骨を噛むのを止めた。そして口の中に残っていた人骨を左手の平の上に吐き出した。


「クソハゲなんて言葉使っちゃいけないなぁ。君がそんな汚い言葉を吐くのは、きっと良質なものを食べていないからだ。だから毒舌になってしまうんだ。お父さんとお母さんには何を食べさせてもらっている?んん?どうせ冷凍食品とか、インスタントラーメンとか、そんなものだろう?もっと高尚な、大人の味を堪能したら、君の性格も大きく変わるはずさ。良い方向にね。」


 坊主頭はゆっくりと竜に近づく。そして竜の胸ぐらを掴み、自分の顔の方へ引き寄せた。流石の竜も、目に涙を浮かべている。竜の足を尿が伝った。翔平は恐怖に固まり、黙って坊主頭と竜の方を見ることしかできない。


「小さい時は何でも経験するべきだよ。特に食事は大切。大人になった時、好き嫌いが多いのは恥ずかしいことだ。だから今のうちに、いろんなものを食べておくんだよぉぉぉぉっ!!」


 坊主頭は手に持っていた人骨を竜の口に突っ込むと、頭と顎を両手で押さえつけ、竜の口を無理やり上下に動かした。竜の歯が人骨を砕いていく。男が手を離すと、竜は前屈みに倒れ、地面に嘔吐した。


 坊主頭は翔平の方へと顔を向ける。


「彼のお口には合わなかったみたいだね?じゃあ次は君だ。君ならこの味の良さ、わかってくれるかな?」


 坊主頭が翔平の胸ぐらを左手で掴む。翔平の鳴き声はピークに達した。


「泣くほどうれしいのか……そうかそうか。私もうれしいよ。一緒に『骨食べ仲間』になろうじゃないか。もしこの味を気に入ったのなら、またウチの寺においで。怪奇町は人口が減っている。つまり死ぬ人がたくさんいるんだ。人骨食べ放題サービスは向こう数十年は続くから、安心していっぱい食べていくんだよ。」


 坊主頭は右手の親指と人差し指で人骨の欠片をつまみ、翔平の口へと近づける。翔平は首を左右に振り、食べさせまいと抵抗した。


『……オレの……骨も食っていけ……』


 どこからか低い声が聞こえる。男の声。坊主頭のものではない。


『オレの骨も……』


『私の骨も食え……』


 女性の声も混ざっている。声は翔平と坊主頭を囲うように聞こえてきた。


「何だ……この声……誰だ!?どこにいる!?」


 坊主頭は声に恐怖した。翔平の胸ぐらを離し、キョロキョロとあたりを見回す。


『オレの骨を食え……』


『私の骨を食っていけ……』


 数十にも重なる声の正体が明らかなった。坊主頭と翔平を取り囲むように、無数の白い影が現れた。


「何だ!?こいつら!?」


 動揺する坊主頭に、影達が一斉に覆い被さった。


「この……亡者どもめが!離せ!やめろ!……あああああああああああああっ!」


甲高い坊主頭の悲鳴が頭に響き、翔平は意識を失った。

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