深淵高校 天文学部②

「もしかして一年生……ですか?」


 小柄な角刈り男子は、子犬のように純粋無垢な視線で太一と中川に質問を投げかけた。


「あっ……そ、そう!一年生……です、はい。」


 中川が動揺しながら答える。


「す、すみません俺たちその……迷っちゃって、四階初めて来たもんだからその……」


 太一も中川に加勢する。この時点で『水谷さんを望遠鏡で見よう』計画は失敗。色々と追求される前にこの場を離れたかった。


 「じゃあ同級生だね!僕は花木 和彦はなき かずひこ。一年C組。天文学部に入ろうと思ってて、昨日と今日、体験入部に来てるんだ!一年生の入部希望者が全然いないし、他の学年の先輩も少なくてちょっと寂しいんだけど、昔から空を眺めるのが大好きで!将来は宇宙飛行士になりたいなぁなんて思ってるんだ。あっ、ごめんね、僕のことばっかり話して。」


 よく舌が回る。花木がマシンガン自己紹介をしている間に、眼鏡をかけたガイコツ男がこちらに近づいて来ていた。ガイコツは花木の後ろに立つと、ボソボソとした声で話し始めた。


「君たちも一年生かい……?いやぁ……うれしいなぁ……今年は四人も来てくれるなんて……」


 本当に嬉しいのか疑問に思うほどローテンションな男。今すぐ点滴を打って入院させた方が良いと思えるほど声に元気がない。


「紹介するね。こちらは羽柴 満はしば みつる先輩。三年生で部長さん。今、正式な部員は羽柴先輩ただ一人なんだ。」


 こんな活力のない人が部長だったら部員も集まらないだろう、と太一は思ってしまった。羽柴は、シャーペンよりも大きな鎌の方が似合いそうなほどのガイコツ学生だ。


 花木が続ける。


「で、窓際に座っているのが小池こいけさん。下の名前は名乗ってくれなかったなぁ。一年……F組って言ってたかな?僕もそれ以外の情報を知らないんだよね、あまり会話してくれないし。天文学部には僕よりも早く体験入部に来てたらしい。」


 小池さんはこちらに視線を寄越すこともなくスマホの画面を見続けている。花木が来るまでこの天文学部は、沈黙を貫く女子とガイコツ男しかいなかったということだ。まさに地獄。花木がいるタイミングで来たのは不幸中の幸いだったと太一は感じた。


「これは噂なんだけどね、小池さん、中学ではめちゃくちゃヤンキーで、学校内の不良だけじゃなく地元の暴走族もボコボコにしてたとか……」


 確かに小池さんは、只者ではない雰囲気を醸し出している。花木が話した噂も嘘ではないのかもしれないと思わせる気迫があった。


「えっと……情報ありがとう!俺たち、まだ部活決めてなくって。これから色んな部活を回ろうと思ってんすよねー。天文学部も……一応候補に入れておきます!じゃあ俺たち、この辺で失礼しますね!」


 中川も花木に負けないようなガトリングトークを見せつける。こういう時、中川のような性格は得だ。自分の主張を貫き通す強さがある。太一だけだったら、小一時間は捕まっていただろう。


「そうなんだ!ならウチも見ていけば良いじゃない!これも何かの縁だし!ね?羽柴先輩!」


「そうだよ……ゴホッゴホッ……せっかくだからさ。それでもう入部しちゃおうよ……ゴホッゴホッゴホッ……ゴホッゴホッ……はぁはぁ……」


「ちょ、ちょっと羽柴先輩!気が早いですって!入部は二人の意思で決めてもらわなきゃ!」


 花木と羽柴はすでに意気投合しているらしい。謎の空気感が出来上がっていた。花木は太一と中川の後ろに回り込むと、扉を閉め、二人の背中に手を回しながら席へと誘導した。


 どうする?仕方ねぇだろ。太一と中川はアイコンタクトを取った。こういう連携は、野球チームで培った技術である。


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「二人はE組なんだ!E組っていうと……水谷さんが有名だよね!」


「あれ?もしかして花木も水谷さん狙い?可愛いもんなぁ。でも、ライバル多いぜ。同学年の男だけじゃなく、先輩からも狙われてるって噂だし。水谷さんをゲットするのは、甲子園に出るくらい難しいと思うわ。」


「いいなぁ……E組。正直、僕のC組って可愛い子いないんだよね。」


「C組ってさぁ、なんか男子も女子もヤバそうな見た目のヤツ多くね?ゲテモノクラスって言われてるぜ。」


「ウソ〜っ!?それはショック!マジで言ってる!?」


「おいおい花木よ、そうは言うがお前もゲテモノ側の人間だぜ。せめてあと五キロ痩せれば変われるのになぁ……俺がモテテクを教えてやろうか?ま、俺童貞だけど。」


「なんだ童貞なのぉ!?僕と同じじゃん!師匠と呼ぼうかなって一瞬思っちゃったじゃん!」


「一緒にすんなよなぁ!お前より俺の方が童貞卒業に近い男だぜ?全然格が違うから、格が!」


 天文学部の部室を訪れて十五分。中川は向かいの席に座る花木とすっかり打ち解けていた。二人はタイプ的に似ているところがあるようで、意気投合しやすかったのだろう。


 中川の横に座る太一はというと、全く馴染めずにいた。むしろ、キョロキョロと周りを見て警戒すらしていた。花木は人並み以上のコミュニケーション力を持っているが、他の二人はどうだ。小池さんは相変わらずスマホをいじっている。部長の羽柴は太一たちが座る席の四列ほど前に座り、机に突っ伏して寝ている。たまに咳き込む声が聞こえるから、死んではいない。この中では一番の新人である花木が、まるでセールスマンのように自分たちの対応をしている状況が、太一には不審に思えた。


 突然、羽柴が立ち上がった。椅子が床を滑る音が部屋に響く。足元からエナメルバッグを拾い上げた羽柴は、左肩から斜めに下げ、何も言わずに理科室を出ようとした。


「あれ?羽柴先輩、今日帰っちゃうんですか?めっちゃ元気そうだったのに、体調悪いんですか?」


 誰が見ても体調が悪そうな羽柴だが、花木のリアクションを見ると、普段はもっと元気がないようだ。


「ああ……目眩がしてね……ゴホッゴホッ……花木くんに……磯山くんと中川くんだっけ……?今日は活動中止にするから……適当なところで帰って良いよ。」


 活動といっても何もしていない。呆気に取られる太一と中川だったが、花木は納得した様子。いつもこんな感じなのだろうか。中川の兄が言っていた、天文学部は廃部状態というのは間違いでもなかったようだ。


 羽柴がいなくなった教室が静けさに包まれる。花木の言葉が静寂をかき消した。


「羽柴先輩、帰っちゃったからやりたいことがあるんだけど……」


 花木はニヤつきながら、足元に置いてあった紺色のスクールバッグに手を伸ばす。


「なになになになんなのよ、花木ちゃん。まさか悪巧みか?」


 中川も怪しげな笑みを浮かべる。昔から中川は、やんちゃをしては学校の先生やコーチに怒られていた。太一としては、何か面倒なことに巻き込まれるのはごめんだった。


「おい中川、やめておこうぜ。部長も帰っちまったんだから、ここにいる意味なんてないだろ?」


「そんなぁ、ひどいこと言わないでよ磯山くん。確かに今の僕、ちょっとテンション上がっちゃってて、無茶なこと言い出しそうになってるけどさぁ。」


 花木は太一に視線を向けることなくそう言って、バッグの中をまさぐり続ける。


「まぁまぁまぁまぁ、磯山よ。今日だけ!なっ?今日だけ付き合おうぜ。まだ俺たち、天文学部の『て』の字も知らねーんだから。花木大先輩について行こうぜ!」


「大先輩って、ちょっとやめてよ中川くん大袈裟だなぁ!ぐへへっ!」


 ヘラヘラと気持ち悪い笑顔を浮かべながら、花木は机の上に白い小型のハンディカメラを置いた。

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