北怪奇公園テニスコート②
少年のサーブからゲームが始まった。背丈の低い少年の打球は、スピードがかなり遅い。年配の大松でも充分追いつける速さだった。しかしボールにはかなりの回転がかかっていた。大松のリターンはベースラインを大きく超え、後ろの金網に当たった。
「アウトか……ちっ、子供のサーブだと思ってちょっと力んでしまったかな?次はしっかり返すからな!覚悟しなよ、お坊ちゃん!!」
次の少年のサーブ。やはり遅い。大松はバックハンド側に来たサーブをあえて回り込んでフォアハンドで打ち返した。少年を挑発しているのだ。
「ほらほらどうしたお坊ちゃん!年寄りに気を遣うのは電車とバスの中だけで充分だぞ?もっと打ち込んで来いやぁぁ!」
大松のリターンが少年のコートに突き刺さる。かなり勢いのあるリターンだったが、少年は難なく返球。ボールは大松の足元を滑るように通過した。
一歩も動けなかった大松を見て、取り巻きたちも言葉を失う。自分たちの中で最も実力のある大松が、子供に押されているのが信じられないのだ。
その次のポイントも、その次も、大松は少年の打球を返せなかった。ゲームカウント1-0。少年のリード。
「ぐっ……まぁここまでは、ウォームアップだぜお坊ちゃん。次のゲームからは同じようにいくと思うなよ……」
負け惜しみを言う大松に向かって、少年はコートの外を指さした。大松が目をやると、ベンチで取り巻きの男性一人が倒れていた。口から泡を吹き、完全に意識を失っているようだ。
「わ、私、救急車呼んでくる!!」
取り巻きの女性がコートを出ようとした。しかし金網の扉は完全にロックがかかっているのか、びくともしない。
「おい、お坊ちゃん……おじさんの仲間がまずいことになってる……し、試合はここまでにしないか?また今度やろう?な?」
大松の提案に少年は俯いたまま答える。
「試合を続けろ……負ければ失う……勝てば取り戻せる……あの連中がどうなるかは、お前次第だ……」
大松の背中を冷たい汗が伝った。
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次のゲームも大松は落とした。ゲームカウント2-0。今度は取り巻きの女性が悲鳴を上げた。右腕がヒジのあたりで千切れ、夥しい量の血が地面に流れ落ち、血溜まりを作っている。傷口から飛び出した骨が大松の視界に入った。
ゲームカウント3-0。少年のリードが続く。別の男性が地面に嘔吐すると、口から心臓が飛び出した。まだ血管がつながっており、口元でドクンドクンと鼓動している。まるで生きた果実だ。
ゲームカウント4-0。大松は少年に全く歯が立たない。先ほど救急車を呼びに行こうとした女性の髪が燃え出した。地面に転がったり、ペットボトルに入った水をかけたりしたが、一向に消えない。火は髪の根本へと進み、女性の頭部を焼き始めた。
ゲームカウント5-0。最後に残された男性の両腕、両足があらぬ方向に折れ曲がる。叫び声と共に、骨が折れる音が響いた。最後に首の骨が枝のように折れ、叫び声も聞こえなくなった。
こんなにも異様なことが起きているのに、誰も駆けつけてこない。まるで大松たちのいるコートだけが異次元に飛ばされたかのようだった。
「おい……もうやめてくれ……満足だろう……怒鳴ったことは謝る!今度からお前たちにコートを時間いっぱい使わせてやる!だから俺だけは!俺の命だけは助けてくれ!」
「最後のゲームだ……負ければ失う……勝てば取り戻せる……サーブを打て……」
「い、いやだぁぁぁぁぁぁ!!」
大松はラケットを放り投げ、泣きながら扉の方へと逃げた。引いても押しても叩いても開かない。
大松の後ろに少年が立っていた。
「お前の負けだ……」
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翌朝、北怪奇公園テニスコートにて、七十歳前後の男女六人の遺体が見つかった。犯人の痕跡は一切なく、死因もバラバラで捜査は難航した。
警察の調べでは、昨夜の二十時の時点ですでに六人は亡くなっていたと見られるが、二十一時に最終点検をしていたコートの管理者は遺体に気づかなかったという。
事件はすぐに広まり、怪奇町だけでなく全国的に知られることになった。奇妙な事件が起こり、北怪奇公園テニスコートの利用者は減ることが予想されたが、ルールを守って利用する人が増え、これまで以上に活気のあるコートとなった。
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