刑場の井戸④
「先生、松山くんはどうしたんですか?転校してきた日から一週間も休んでるなんて。私たち、彼に何かひどいことしちゃったんでしょうか?」
真由子は職員室で森野先生を問い詰めた。先生は椅子に座りながら顔をしかめるている。
「いや、相沢さん達のせいじゃないんだ。イジメなんてなかったのは先生も知ってる。だから気にしなくていいよ。」
「でも気になります!私、学級委員長ですし……何かできることがあるなら、やろうって思ってます。」
「気持ちは嬉しいが、キミたちには荷が重い……あまり大きな声では言えないんだけど、松山くんは今、行方不明になっている。」
「行方不明……」
森野先生は机に置かれたコーヒーを飲み干し、小さな声で続けた。
「松山くんのご家族や警察が総出で探しているが、見つかっていない。捜索は引き続き行われるそうだが、一週間以上見つからないとなると、果たして生きているかどうか……」
「松山くんが行きそうな場所、心当たりはありませんか?お父さんやお母さんなら何か知ってるかも……?」
森野先生は背もたれに体重を預けた。金属製の椅子がギギギと音を立てる。
「これは『言い伝えであり確証はない』という前提で聞いてほしいんだけど、この怪奇町では失踪者が度々出ている。キミたちが生まれてからはだいぶ減ったが、去年も一昨日も出ている。それには、怪奇神社の井戸が関係していると言われている。」
「井戸……?そういえば松山くん、井戸がどうのこうのって言ってました。」
森野先生はさらに声のトーンを落として続けた。
「江戸時代、怪奇町には罪人の死刑を執行する処刑場があったそうだ。特に、世に公表できないほどの凶悪犯を処刑する場所として、全国から死刑囚がこの怪奇町に運ばれたらしい。」
「もしかしてその処刑場が……怪奇神社?」
「さすがは相沢さん。優秀だね。その通り、怪奇神社はかつて処刑場だった。主に斬首刑が行われていたそうだ。処刑人は浴びた返り血を、井戸で洗っていた。その井戸が今も残っていると言われている。」
真由子は生唾を飲み込んだ。
「江戸時代の後期に入ると、怪奇町での処刑は行われなくなり、刑場は更地になった。あの井戸も残されはしたものの、使われなくなった。時を同じくして、怪奇町を飢饉が襲った。天候不順が続き米が取れなくなり、多くの人が死んだそうだよ。当時の町民は飢饉を神の怒りと恐れ、鎮めるために更地に現在の怪奇神社を建てた。しかし、飢饉は収まらなかった。初めて失踪事件が起きたのもその頃。ある少年が突然姿を消した。最後に少年を見た人の証言だと、怪奇神社の井戸水を飲もうとしていたらしい。文献が残っている。」
森野先生は自分の顎に手をおいた。
「少年がいなくなると、天候が安定し、飢饉も収まった。多くの人が、怪奇神社に宿った神が町を救ったのだと考えたそうだが、別の考えを持つ町民もいた。飢饉は怪奇神社の井戸に住む『何か』によってもたらされ、少年が井戸に落ち、生贄となったことで飢饉が収まったのではないかと。処刑場が無くなってから、あの井戸は罪人の血を洗われることがなくなった。つまり罪人の血を吸うことができなくなった『何か』がそれに耐えかねて町を飢饉に陥れた……」
「血に飢えた井戸ってことですか……?」
「そんなところだね。少年が井戸に転落したことで井戸はまた血にありつくことができた。それ以降も度々町を飢饉や災害が襲うことがあったが、失踪者が出るたびに収まったそうだ。その多くが、町外から来た人だったらしい。失踪する直前、みな口々に『どこからか甘い匂いがする』と言っていたとか。」
「松山くんも同じこと言ってました……もしかして……」
「あの井戸は町外の人にしかわからない匂いを発しているのかもしれない。いや、私やキミのような怪奇町の出身者は幼い頃から匂いを嗅いできたから感知できなくなっているのかも……その匂いは井戸から、まるで獲物を誘き出すかの発せられている。そんな噂を聞いたことがあるよ。」
「もしその噂が本当なら、井戸を調べれば死体が上がるんじゃないですか!?松山くんも……」
「二十年ほど前に井戸の調査が行われたが、死体は一つも上がらなかった。わかったことは、井戸の中には今も水が湧き出ていて、その水は強い酸性だということ。もし人が落ちたら骨まで溶解してしまうほど強い酸らしい。」
「じゃあ井戸に落ちた人は……」
「溶けて跡形も無くなったか、あるいは噂は噂に過ぎず、井戸に落ちた人なんていないのかもしれない……勘違いしないで欲しいんだけど、先生も松山くんのことを諦めたわけじゃないんだ。ただ、今は彼の帰りを待つことしかできない。脅かすような話をしてすまないね。気になるかもしれないけど、もう少し、大人たちを信じて待ってくれないかな?」
真由子は小さく頷き、教室へと戻った。
それから1年、怪奇町の気候はずっと安定していた。
<終>
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