第3話 日帰り温泉

 ……


 俺は今、旅をしている……

 目的は特に無く、気に成った道を車で走り続けている……

 一人だからこそ出来る、気ままな旅で有る。


 午後の有る時間……

 俺は、とある温泉地に着いた……

 今夜の宿泊地は特に決めてないが、この温泉地で、当てのない旅を終えて帰路に着こうと考えていた。

 時間はたっぷり有るが、金銭面でこの辺が限界で有った。


 この温泉地に有る日帰り温泉で、汗を流してから帰ろうと思うが、どうせなら日帰り温泉施設ではなく、宿泊施設の温泉に入りたいと感じた。

 ご丁寧に、宿泊案内の看板が近くに有ったので、その中から気に成る場所を探す。

 外観の写真も付いているので、非常に分かりやすい!


 ……


 大手観光ホテルの日帰り温泉も悪くないが、俺が選択したのはこぢんまりとした、民宿の様な旅館で有った。

 何故、其処を選択した理由は……マニュアルで作られた接客より、人との触れ合いを直に求めていたのかも知れない……


 電話確認等をせずに、飛び込み客でその旅館に向かう。

 案内看板には『日帰り入浴 可』と書いて有ったので、飛び込みでも行けると勝手に思い込む……


 案内看板から車で数分で、こぢんまりとした旅館に着くが、駐車場には車が1台も止まっておらずに、更に人気も感じない……

 俺は心の中で『やっちまった……』と思うが、それでも確認だけはしてみようと思い、旅館の玄関に向かう。


『旅館 日向ひなた


 玄関の上部には、旅館名が書かれた看板が掲げられていた。

 俺は玄関を開き中に入るが……ロビー付近に人気が居る感じはしなかった?


「ごめんください~~」


 俺はロビーと言うか、受付付近で声を掛けるが……


(営業していないのか?)

(けど、普通に玄関は開いたしな…?)


 俺はしばらく待つが、奥から人が出て来る気配がしない?

 諦めて旅館から出ようとした所に……


「お待たせして、ごめんなさい///」


 やっと、奥から人が出て来たが……女将さんと言うより、まだ若そうな女性が出て来た!?

 年齢で言ったら……30代前後だろうか?

 俺はその姿を見て、何故か瞬間的に好意を感じてしまう!!

 その人はとても優しそうな人に見えるからだ。


「どの様なご用件ですか?」


 女性はそう言う。

 俺が客だと気付かないのか?


「あっ、あの……日帰り温泉はやっていますか…?」


「……日帰り入浴の方ですか?」


 その女性は不思議な表情をする。

『何で日帰り入浴に、この旅館に態々来たの?』の、表情で有った。


「はっ、はい…」

「宿泊案内の看板を見まして……出来るんですよね?」


「……」


 何故かその女性は、無言で俺を見ている。

 実はこの旅館は……女性専用旅館か、何かなんだろうか?

 けど、案内看板にはそんな事は書いてなかったぞ!


「大人は1名……600円に成ります」


 女性は静かに言った。

 断られると覚悟していたが、この旅館で温泉に入れる様だ。

 俺は入浴料を支払って、女性から温泉の場所を教えて貰い、この旅館での温泉を楽しむ。

 旅館とは書いて有るが、実際は民宿で有る感じがした。


 ……


「ふぅ~~」

「大きな浴場ではないが……独り占め出来るから良いか!」


「民宿ならこんな感じだし、今の時期は観光シーズンでは無いからな」

「それにしても……脱衣所が1つしか無いとは」


 この旅館の温泉は、男性湯と女性湯と別けられて無くて、1つしか無い。

 そして脱衣所も1つしか無い。

 冗談抜きで女性専用旅館かも知れない!?

 けど、露天風呂もしっかり有り、其処から見える景色も良くて、温泉自体は悪くない!


(あの女性が俺を『ジーー』見ていたのは、男性だから悩んでいたのだな!)


 日帰り入浴とは言え、女性専用旅館に男性は不味い。

 今日は偶々、宿泊予約が入っていないから特例で認めたのだろう……

 俺はそう思いながら、露天風呂を楽しんでいると……


『ガラッ!』


 内湯と露天風呂の境の扉が急に開く!

 新しいお客さんでも来たかと思うと!?


「!!!」


(えっ、なんで…、女の子がいきなり入って来るの!?)

(見た感じ……まだ、子どもそうだけど、この旅館の娘さん??)


 女の子は俺の存在に気付いていないのか、脇目もそらずに歩いて露天風呂に向かってくる。

 俺は存在を気付かれては不味いので、女の子を観察する暇無く(!?)、逃げる様に露天風呂の岩場の影に隠れる。

 その子は勿論裸だが……体を見る余裕なんて無いし、今の時代は色々と不味すぎる!?

 女の子は俺に気付く事なく、露天風呂に入る。


「ふぅ~~、部活後の温泉は最高だね~~♪」

「最近……お客さんも少ないけど、運動後に入る温泉は最高だね~~♪」


 女の子は露天風呂に浸かりながらそう言う。温泉好きな子で有る様だ。

『部活』のキーワードから、この旅館の娘さんで有る事は間違いなさそうだが……


(この温泉は幸い濁り湯だから、立ち上がらない限り、お互いの性器が見える事はないが、女の子がこっちに来たら不味いぞ!?)


 露天風呂自体もそんなに広くは無いし、言うまでも無いが逃げ場も無い。

 岩場の影に隠れて居るからと言っても、体全体を隠されている訳では無い。


「……?」


 心が落ち着いて、周りが見える様に成って来たのか、女の子は異変に気付いた様だ!


「……そこに誰か居る?」


 女の子は、岩場に向かって声を掛けてくる。


(この場合は、どうすれば良いのだ?)

(素直に返事をするか、それとも無視をするか?)


「ねぇ、其処に居るよね!」

「“お猿さん”なら、もう逃げているから人だよね!」


 女の子は語気を強くして、再度言って来た!

 けど、女の子は立ち上がろうとはしない…。警戒しているのだろう。

 これ以上は隠し通せないと判断して、俺は返事をする。


「はい……」


 俺は岩場から姿を現す。

 勿論、温泉に浸かったままで有る。

 迂闊に立ち上がったら、刑事事件に発展するかも知れない!?


「えっ…!?」

「あなた、誰!?」


「無断入浴!??」

「お母さんに言わなきゃ!!」


 女の子は焦りながら言う。

 話が伝わっていないのか?


「えっと、日帰り入浴者です…。こんにちは」


「日帰り入浴!?」


「お母さん、そんな事言ってなかったよ!!」

「嘘付いているでしょ!!」


 女の子はそう言うが……その時!


『ガラッ!』


「あっ、やっぱり、名雪なゆき。また勝手に温泉に入って!」

「いつも、一言言いなさいと言って居るでしょ!!」


 此処で、先ほどの若い女性が露天風呂の方に姿を現した。


「お母さん! ここに温泉泥棒が居るよ!!」


 女の子は女性に向けてそう言うが……


「名雪…。その人はお客さんよ!」

「ちゃんと、お金は頂いているわ…」


 女性は申し訳なさそうに言う。


「へっ……本当にお客さん?」


「そうよ……名雪」

「だから、あなたは早く此処から上がって!」

「当旅館は混浴では無いから……」


「あっ、うん…。分かった///」


 女の子はそう言って背を向けて立ち上がり、露天風呂から出るが、女性は用意周到良くバスタオルを持っていたので、女の子はバスタオルに包まれ、女の子の裸は見られる事無く済む。


「ごめんね…。お兄ちゃん!」

「疑ってしまって…」


 バスタオルに包まれた女の子は、俺に向けて謝る。


「俺は気にしていないから、大丈夫だよ!」


「本当!」

「お兄ちゃん、優しいね♪」


「!//////」


 俺の胸が一瞬弾む!

 女の子の笑顔で、胸が弾んでしまった!?

 子どもの笑顔って、こんなに可愛い者だっけ!?


「お兄ちゃん!」

「後で良いから、お兄ちゃんの事教えてね♪」


 女の子はそう言う。

 俺の事なんか知っても、面白くないのにな……


「お客さん、ごめんなさいね…///」

「家の娘がご迷惑を掛けて//////」

「ごゆっくり……///」


 女性はそう言いながら、女の子と一緒に内湯の方に戻って行った……

 俺は一瞬出ようかと考えるが、今の状態だとまた鉢合わせに成るので、しばらく温泉に浸かる事にする。


「ふぅ~」

「びっくりした…。だけど、あの女の子。結構可愛い子だったな…」

「背中越ししか見えなかったが、スタイルも良さそうだったし……惜しかったな!」


 本当はそんな事を言っては駄目だが、嬉しいハプニングと言うべきかアクシデントと言うべきか……

 これも、旅の1つの思い出かも知れない……


「この旅館は家族で、切り盛りしているのかな?」

「女性とその娘も結構顔立ちが良いし、穴場を見付けた!?」


「けど……女性専用なら泊まれないな」

「う~ん、残念だ!」


「でも……女の子が俺の事を知りたがっていたな」

「俺の経歴なんか聞いても面白くは無いが、あの家族とは関係を持ちたいと感じた…」


 俺は二度とこの温泉には入れないと思いながら温泉を楽しみ、温泉後の女の子との会話を、何故か楽しみにしていた……

 人との触れ合いは、やはり良い者だ!


 おわり

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