第2話 観覧車
見上げた空には、観覧車。
その周りには、わたあめ状の雲が広がっている。
子どもから大人までが楽しめる観覧車。
子ども達は主に景色を楽しむが、大人や恋人達は2人の時間を楽しむ……
しかし、俺はそれに1人で乗る。
背広にかばん姿。誰が見ても普通のサラリーマンだ!
施設の係員も『あっ! サボりだな!!』の感じで、淡々とチケットを受け取って搭乗の手続きを取っていく。
平日の更に昼間の時間帯。
この時間に観覧車を乗る人は非常に少ない。
直ぐに自分の番が回って来て、俺は観覧車の
係員も俺に対しては事務口調で『行ってらっしゃい』と言う。
口調は優しいが、目は笑っていない。
他の人には笑顔に接するのに……俺はどうやら招かれざる客のようだ。
俺はそれに、返事をせずに会釈だけする。
係員の手によって駕籠の扉は閉められ、いよいよ数分間の空中散歩の始まりだ。
地上から段々……天空に昇っていく。
自分背丈より大きかった建物は、少しずつ小さく成っていく。
段々と周りが広がって行く景色を見ながら俺は考える。
(何をやっているんだろうな。俺は…?)
俺はサラリーマンではない。只の無職だ。
今日も、とある会社の面接を受けてきた。
面接の手応えは良いと言うべきより、ほぼお祈りコースで有ろう……
そのまま、すごすごと帰る気は無かったので、どうしようかなと思った時、偶々観覧車が目に映った。
そして、今に至る……
(今回もまた不採用になったら、これで10社目だな…)
別に、楽で高給の仕事を求めているわけでは無い。
有る程度の仕事と給料と休暇。
それを求めているわけだが、その求め先には、ことごとく断られている。
条件を1つでも変えれば、採用のハードルはぐっと下がるが、俺はそれをしたくない。
人間誰だって、辛い事は減らしたいからだ。
そんな事を考えている間に、観覧車は頂上と言うより真上に差し掛かる。
町全体が小さく見え、地上に居た時には見えなかった海景色が、今では、はっきりと青く見える。
(丁度、今が見頃か…)
俺は考える事を一旦中断して景色を眺める。
大きな建物が目立たない町に在る観覧車だが、平凡の町景色が全体に見渡せる。
少し遠くには山景色。空は海にも負けない空色。
トゲトゲしていた心が……少しずつほぐれていく感じがした。
俺は最近、景色を見ることは全く無かった。
見ていたのは求人情報とスマホの画面だけ。
何て、詰まらない人生を送っていたのだと考えてしまう。
心も少し満足し、何気なく、前斜め下の駕籠を見てみると、その駕籠内に居る母子も同じ様に景色を楽しんでいる。
女性と言うか、お母さんも若い感じがして、その子どもは幼稚園位の子だろうか?
綺麗に着飾られたその女の子は、俺の中ではとても眩しく見えた……
(きっと『すごい! すごい!』とか、何かの言葉を女の子は、言っているんだろうな?)
当然だが、俺には子どもはまだ居ないし、彼女もいない。
おまけに無職。どうしようも無い男だ。
(俺にも何時かは…、家庭が持てる日が来るのかな?)
景色を楽しんで居る母子を見て思う自分。
もう少し、その姿を見て見たいなと思ったが…、駕籠はもう既に下り始めており、直にその母子が乗っている駕籠の中を伺うことが出来なくなった。
(あっ…)
さっきまで、小さかった建物が再び大きく成ってくる。
後少しで、この空中散歩の旅も、終わりを向かえる。
『……これからをどうするかだな?』と何時も思っているが、何時も其所で止まっている。
(やはり、希望条件を変えなくては為らないか?)
(そうしたくは無いが、そうするしか無いのか!!)
結局、考えが纏まらない内に、観覧車の駕籠は地上に到着してしまった。
「…おつかれさまです」
ほぼ言葉と同時に、係員の手によって扉が開かれる。
扉が開ききったのを確認してから、俺は観覧車の駕籠から出る。
「ありがとうございました~」
係員の言葉が終わらぬ内に、俺は観覧車乗り場を後にする。
そのまま当てもなく、しばらく施設内を歩いていると……さっきの母子らしき人を見付けた!
手を取り合って、楽しそうに歩いている母子。
それを見ていると、俺の心がムズムズしてきた。
(俺も、幸せな家庭がそろそろ欲しいな……)
そんな事を思った自分が居た。
(でも、その前に職に就かなければ話に成らないよな?)
(少し、希望条件を変えてみよう!)
(そうすれば、採用される可能性は絶対に広がるはずだ!!)
将来を描きながら後ろに振り返り、俺は空を見上げた。
そこから見える大きな観覧車。
どっしりとした姿が、自分に何かを与えてくれる気がした。
それは……『夢と希望』と言う宝物かも知れない。
また観覧車に乗りたいと思った。
今度は2人で……そして、行く末は家族全員で、観覧車を楽しみたいと心の底から感じた。
おわり
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