1-6 追放の二人

「シルディ。三年前の事件を覚えているか。」


「忘れはしないわよ。あれのせいで故郷が無くなったんだから。」


 三年前の事件とは、ゼアーチとシルディがこのガウローヴ王国に来る前に、故郷の町、サリークで起きた出来事である。


 ある日、サリークが魔物に襲われるという事件が起きた。これだけであればこの時代には良くある出来事であり、そして対処のしやすい出来事でもあった。


 問題は、その魔物である。


 攻め込んできた魔物を住民達が討伐し、その遺品を調べた結果、結婚指輪やペンダントといった、住民達が身につけていたはずのものが多数見つかった。しかもそれは綺麗な状態であった。魔物が奪ったのであれば傷ついていても良いだろうが、そうした跡は見えなかった。しかも、その装飾品を身につけているはずの住人は、数日前から行方不明になっていた。


 そこである仮説が成り立ってしまった。


 攻め込んできた魔物は、元は住民だったのではないか。


 その突拍子もないように思える仮説は、すぐに実証された。


 喧々諤々、その仮説の是非に揉める住民達の元に、一人の魔人がやってきた。その魔人が唱える魔法により、住民達は人間の姿を捨て、鳥や爬虫類、昆虫からドラゴンまで、さまざまな姿の魔物と化し、殺し合いを始めた。


 そしてサリークという町は、二人の住民を残して全滅した。


 一人は、魔法に対する抵抗能力が異様に高く、魔法を無効化してしまったシルディ。


 そしてもう一人はーー



「そう。それで


 魔人に変化した事で知性を有したままで済んだゼアーチが、毅然とした態度で、堂々と言った。



 彼が魔物の研究を続けているのはこれが一因であった。元々は単なる興味本位であったが、今は違う。自らの生態を元に戻す。それが彼の行動原理の最上位であった。


 そしてその事件において、やってきた魔人は、魔法を使った。


 ーー魔力を行使するには、肉体に魔力が十分蓄積されている事、そして、魔力を行使する文言を読み上げる詠唱という行為が必要である。その文言を発した時の空気の振動や分子の動き・流れが魔力を刺激し、効果を発揮する。つまり、魔法を行使するには、声を上げなければならない。


 その時の魔人も当然声を上げた。その声は、ゼアーチは忘れる事は出来なかった。


「その時の魔人が貴様だな。スピリア。」


「ご明察。いやあ本当に嫌な偶然だよね。」


 スピリアはニタニタとした笑みを浮かべた。


「シルディ君の顔を見た時からいやーな予感はしてたんだけど。まさか君まで来ているとはね。厄介だよねぇ君達。今回合法的に処理出来ると思ったのに。」


 彼女は肩を竦めて言った。


「まーさかさぁ、バカみたいな魔法への抵抗能力だけじゃなくて、バカ力まで持ってるとか、無茶苦茶すぎるよね。」


「それに関しては同意しよう。」


 ゼアーチが頷くと、その頭をシルディは叩いた。


「同意しないの!!」


「君が叩くと首が捥げる気がするから止めて……。」


 ゼアーチは涙目で言った。


「ともかく。君達にこれ以上計画を邪魔してもらうわけにはいかないんだよね。私達、一応平和的にやろうとしてるんだからさ。」


「この竜人共をけしかけておいて良く言う。」


「このくらいやらないと君のような奴が出てくると面倒じゃないか。」


 そう言ってスピリアは手に魔力を集め始めた。


「君達に魔法はあまり効かないのは知っている。私の研究を台無しにしてくれたからね。だから……他の方法を取る。」


 シルディが構え、ゼアーチは諦めたように頭を抱えてしゃがみ込んだ。


「君達にはこれ以上動いて貰いたくないのでね。抵抗も何もない強制効果としてはこれが最も高い。『何処かへと消え失せよ、追放イグザイル』。」


 その言葉と共に、ゼアーチとシルディの視界は真っ白になった。

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