1-5 襲撃の騎士団長
「だ、脱走!!脱走です!!」
ガウローヴ王国建国以来、一度たりとも響く事の無かった声が、同国牢獄内を駆け巡った。
鳴らされる事の無いはずの警報代わりのベルが鳴り響く。牢獄の入り口で大した仕事の無い番兵の役割を果たしていた兵士達は、突然の実戦に、ギョッとした顔でその声と音の方を見た。
「ぐぎゃっ。」
牢獄の奥の方から、脱走を叫んだ兵士が飛んできた。頭には大きなコブが出来ている。入り口の兵士達が持っていた槍を牢獄の奥の方に向ける。その方向から、ドン、ドン、という床を何かがゆっくりと、体重をかけて歩く音が聞こえてきた。
「ふしゅー、ふしゅー……。」
奥から歩いてきたのはシルディであった。
彼女の肩は持ち上がり、目は吊り上がり、頭の上からは蒸気のように煙が上がっている、ように見えた。
怒りの形相。兵士達はその姿を伝説として聞いた事があった。「今の騎士団長は怒るとヤバい。」そう騎士達が洩らすのを聞いた事があった。
伝説は事実だったのだ。
「と、止まれ!!」
だが兵士達は、だからといってそれを見過ごすわけには行かない。ましてこのシルディは国家反逆罪で幽閉されたという。それを易々とーー
「邪魔。」
その言葉と共に兵士達の視界は暗転した。
兵士達の顔面に、牢獄の床の、石畳が吹き飛んできたのである。
シルディの足が、鎧を着たままの彼女の足が、足元のそれを蹴り上げたのである。一瞬の出来事であった。あまりに早すぎて、兵士達にはシルディの足が一瞬ブレただけのようにしか見えていなかった。
「あわわわわわわわ。」
ゼアーチはその惨状を見て愕然とした。確かに、彼女は昔から強かった。だが、三年会わないだけでここまで、常軌を逸した力を身につけているとは。だが彼の脳裏には過去の彼女の姿が浮かんだ。小型のドラゴンが自分達の故郷を襲った時、たった一人でそれを撃退していた。……三年の月日があればこのくらい、いや、昔からこのくらいの事は出来ていたような気もした。
「行くわよ。」
シルディは気絶した兵士達の槍を手に取って言った。
「ど、どこへ。」
「玉座の間。もう面倒だからぶん殴ってやる。」
シルディは何を当然の事をと言わんばかりの様子で言った。
ゼアーチは思い出した。彼女は昔からこうだった。最初は多少の策を弄するのだが、上手くいかないとすぐに実力行使に出るのだ。
肩を怒らせながらズカズカと歩き出す彼女の後ろ姿を見ながら、ゼアーチは頭を抱えた。
バタン、という音を立てて玉座の間のドアが破られた。
シルディが蹴り開けたのである。
引き戸であるはずのドアはその衝撃に耐えられず、数メートル吹っ飛んだあと、バタリと倒れ込んだ。シルディの背中にはゼアーチ、そしてその後ろには、シルディの槍捌きで薙ぎ倒され気絶している兵士達がいる。
「お、お、おやおやおや、どうした、何があった。」
ブライが玉座に腰掛けたまま、焦りの表情を浮かべながらシルディに問うた。
その横には、一瞬困惑の表情を見せたスピリアが居た。
「何があったもクソもないわよ!!」
シルディが啖呵を切った。
「ぶ、無事だったのですね。」
スピリアの芝居がかった声に、シルディは鋭い視線で答える。
「ああ?」
視線と殺気に射抜かれたスピリアは一瞬動きを止め、やがて表情を変えた。ゼアーチの目には、先程までの穏やかなそれとは異なる、何かを企むような、そんな顔に見えた。
「ああ……。もうバレてるのね。」
声色も代わり、高い芝居がかった声が、低く吐き捨てるような口調と声に変化した。そしてスピリアが手を上げる。すると天井から鎧を纏ったドラゴニュートーードラゴンが二足歩行に変化した姿ーー達がドタドタと落ちてきて、シルディとゼアーチを取り囲んだ。
「あわわわわ、既にここまで入り込まれていたのか。」
ゼアーチがシルディの後ろに隠れながら言った。
「最近上が騒がしいと思ったらこんな準備を……!!」
「まぁ何かあった時のためにと思ってね。君のようなのが気付くといけないから。それとも気付いたのは奥のゼアーチ君かな?」
スピリアがニヤリと笑みを浮かべた。
「君を処分出来れば楽だったんだが、残念、そうはいかないか。しかし気付いたのが君達とは、なんとも運命染みている気がするね?」
スピリアの言葉にシルディは首を傾げたが、ゼアーチは何か気付いたように少しだけ前に出た。
「待て。……その声。」
「気付いた?」
「え?」
シルディがスピリアの方を見る。
「忘れるものか。三年前に聞いてから忘れた事はない。ーーそうか。このための準備か?」
「え?」
シルディがゼアーチの方を見る。
「そう。察しが良いねぇ君は。改めて気に入ったよ。」
「え?」
シルディがスピリアの方を見る。
「……一人気付いていない奴が居るな。」
「……鬱陶しくなってきたから説明してあげてくれるかな?」
「やむを得まい。」
二人はこの点だけは意気投合した。ドラゴニュート達は武器を構えたまま前進もせずじっとしている。ゼアーチはこの間に説明する事にした。
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