1-4 偽りだらけの王宮

「ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまった。」


 シルディが暗い顔で、ゼアーチとは向かい側の牢屋で嘆いた。


「全くだ。」


 ゼアーチは溜息をつきながら言った。


 暗い牢屋の中。城のすぐ近くにあるというのに、地下という位置の都合上、静かで、光の届かない、ジメジメとした場所である。



 数刻前、ガウローヴ王国、玉座の間。


 立派な顎髭を携えた男性、ブライ・ガウローヴ国王は、眼前に跪く二人の男女を見ながら、自慢のそれに手をかけた。


 ガウローヴ王国に裁判は無い。


 今までの量刑をまとめた法律らしき物はあるが、それでも一般的には、王の胸先三寸で決定されるのが通例であった。


 つまり今、こうしてブライがその顎髭を弄っている時こそが、裁判の時間である。


「王女の拉致は大罪である。当然であるな。それを分かって実行したというのは更に罪深い。」


 淡々と国王は言った。


「という事でシルディ・プロティーク、並びにそれに共謀した……えーと?」


 ちらと彼はサレンの方を見やる。サレンは慌てた様子で国王に耳打ちする。


「ゼアーチ・トレジュラー。お前達には死刑を言い渡す。執行は明日の朝。楽しみにしているが良い。連れて行け。」



 その一方的な通告の後に連れてこられたのがこの牢屋であった。


「はぁ。」


 ゼアーチはまた溜息を吐いた。


「なーんで王女様と来たんだね。」


 せめてシルディだけが来ていれば。ゼアーチがそういうと、シルディは両手の人差し指をつんつんと付き合わせながら言った。


「いや、その、王女様が行こうって言うから。」


「止めたまえよそんなの。……ん?」


 ゼアーチはふと何か思いついたかのように顎に手を当てて考え出した。


 何故王女様は自ら外出しようとしたのか。率直に言って、今までの話で王女自身が居なければ分からなかった事はない。大体の出来事はシルディと一緒に体験している。シルディが証言すればそれで十分だったはずなのだ。


 何故シルディに全てを任せなかった?王女自身がゼアーチの元に出向く理由があったのか?それは何だ?


「ゼアーチ?」


「……確認したいのだが。あれを見つけたのは玉座の間で良いのか。」


「ええ。玉座の間の、王家の椅子の後ろ。」


「……王家の椅子。国王の椅子の裏というわけでは無いのか?」


「うん。国王陛下と王女様の椅子の真ん中くらいだったかな?」


「…………。」


 ゼアーチは更にうんうんと唸る。


「いやー、んー、そんなことあるか?」


 そう呟き、やがてシルディに向き直って言った。


「もう一つ聞きたい。……最近王女様がトイレにいく事はあったかね。」


 その問いが意味するところを、シルディは朧げながら理解した。


「まさかあなた……!!王女様を疑っているの!?」


「答えてくれ。重要だ。重要だろう?そうやって激昂するという事は、この問いの意味を理解しているという事だ。違うかね。」


「……。」


 シルディは無言で肯定する。


「わざわざ何故王女が外に出るのか?急いでいるという事とはいえ、何故ドレス姿のまま来たのか?何故あのサレンという大臣は、手早く騎士団を丸め込んで連れて来れたのか?一つの仮説で全て簡単に説明が付く。その仮説が正しいかどうかは、君の答え次第だ。さあ。答えてくれ。」


 問い正すゼアーチに折れて、シルディは答えた。


 答えは"No"であった。




「つまりだ。王女と国王、二人ともが魔物になっている。或いは魔物に成り代わられていて本人はどこか別のところにいるか。そのどちらかは特定出来ないが、何れにせよ、どちらかの可能性が高いと思う。もし片方だけならば、それぞれの玉座裏に発生している可能性が高いが、そうでなく、二人の玉座の間に生成されたというのであれば、二人ともが魔物である可能性は捨て切れないという事だ。」


「……そんな。」


 シルディが愕然として、牢屋の鉄格子に手を当てた。


「魔物は魔力を帯びた生物。だが外見からそれを特定する事は難しい。先天的に魔物であったならば、例えば魔力を帯びた文様がどこかに刻まれているという可能性も無くはない。だがそうした特徴も有していないケースもある。魔人も同様だ。」


 魔人とは、魔物の中でも人間の形をしている、人間に近しい生物である。


 人間との差は魔力を帯びているか否かだけであり、知能も有している。そのため、友好的な関係を結ぶ魔人もいる。中には魔人という立場を隠して人間の集落に住む者もいる。一方、友好的な者もいるという事は、敵対的な者もいる。そうした者も含めて人間の集落、ゼアーチの住むガウローヴ王国にもいるケースがあり、人々はいつか隣の人間に襲われるのではないかという恐怖を多かれ少なかれ抱きながら過ごしているのが実情である。


「それは騎士団に入った君の方がよくご存知だろう?」


「まぁ。……まぁそうだけれど。」


 騎士団はそんな恐怖に立ち向かう事も一つの役割である。騎士団は魔物を狩る事が出来る実力を有する人々が集まった集団である。彼ら彼女らは日々、人々の暮らしに目を配り、たとえ魔人が混じっていようと、安心して生活出来る秩序を生み出す事を目的としている。そしていざという場合には、魔物や魔人に立ち向かい、それを排除する役目を負っている。


 若干二十歳でその長という立場に就いたシルディには嫌と言う程分かっていた。魔人と人間の区別のつかなさが。


「で、でもそうだとして、なんであなたが巻き込まれてるの?」


「そりゃ君、私がこれを見抜ける人物だからだよ。君が教えたんだろう。」


 シルディはハッとなった。


「成り代わりか入れ替わりか。それはともかくとして、王女達が魔物だという事は今のところ誰にもバレていないわけだろう。だが今回、君にある種の証拠が渡ってしまった。君は処理しないといけないのは自明だ。だが問題は何故君が気づけたかという点だ。無論君が愚かだというつもりは無い。だが魔物の生態について、君がそこまで熟知しているかというと怪しい。そうすると、誰かがそういう知識を持っていて、それで君に入れ知恵したのではないか。そういう仮説が成り立つ。」


 ゼアーチは簡単だと言いたげに言葉を続けた。


「では誰が。だから王女は君に聞いたのだ。これを調査出来る者がいないか。君はどう答えた?言わなくても大体想像はつく。一人だけ知っています、とかそんなところではないかね。」


「……。」


 シルディは鉄格子を掴みながら頷いた。


「それで彼女は私の存在に気づいた。で、君と私を処理しようと画策したというわけだ。」


「……まんまと利用されるとは、まぁ。」


 シルディは自戒するように言った。


「ああ愚かだこと。」


 徐々にその手に力が込められていく。グググググと音を立てて、金属の鉄格子が揺れ動く。


 ーー金属。金属にも様々な種類がある。このガウローヴ王国で主に用いられているのは、魔導鉄である。魔導鉄とは魔力により強度を高めた鉄で、人間ではそれを破る事は困難である。鉄ですら曲げられる人間は非常に限られているのだから当然と言える。


 だがゼアーチは絶句した。


 目の前でその魔導鉄が。


 ガガガガガ、という音を立てて。


 ぐにゃりと。


 飴細工のように。


 曲げられたからである。


「許さん!!」


 その偉業、あるいは異業を成し遂げた、シルディの目は怒りに燃えていた。

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