1-3 城からの闖入者

 シルディは頭を抱えた。ゼアーチと彼女は幼馴染で、ゼアーチは昔から魔物の生態を研究していて、腕の立つ戦士であったシルディはよく護衛に駆り出されていた。その時に魔物が排泄をしないという事、そして、あの粘着性物質は魔物が生み出す物であるという事を学んでいた。そういう前提知識があるからこそ、予想はしていた内容ではある。だが改めてそうだと言われると、どうにも困る事でもある。国王が?魔物?考えたくはないしどうしようもない。


 この国、ガウローヴ王国はその名の通りの王政であり、王は絶対的な権利を有している。王に意見など出来ない。出来るとすれば"助言"であり、まして"指摘"など出来ようはずが無いのである。


 万が一、「国王様、貴方は魔物です!!」などと指摘すればどうなるか。クーデターの主犯として捕らえられて首を撥ねられるであろう。容易に想像出来る話であった。


「どうすればいい!?」


 シルディが叫ぶが、ゼアーチは軽く言った。


「どうしようもあるまい。王が乗っ取られたのであれば当然、そして王でなく側近が魔物になっていたとしても同様だ、未だ明らかになっていないという点で手遅れという奴だろう。


 そう言うとゼアーチは立ち上がった。


「となれば出来る事など一つだ。」


「なんですか?」


 スピリアが真面目に問いかけた。


「逃げる準備。」


 ゼアーチは手元の帳簿やノートーー研究日誌その他諸々を袋に包みながら言った。


「ちょちょちょちょちょっと!!もう少し何かあるんじゃないの!?」


「無い。君達もとっとと逃げる支度を……ああ。」


 しろ、と言いかけたところで、ゼアーチは何かを見て頭を抱えた。


「どうしたのですか。」


「さっき服装を考えろと言ったが、ああ、手遅れだったらしい。後ろを見たまえ。」


 シルディとスピリアが同時に振り返ると、入り口のドアの向こうに、鎧を着た人々の影が見えた。


「あれは?」


「見りゃわかるだろう特にシルディ。君の部下じゃないかね?先頭にいるのは大臣のーーなんだっけ。サレン・ダーマー。尾けられていたんだろうよ。そりゃまぁ、特に君。シルディがフル装備で出て行きゃ誰でも怪しむというものではないか。」


 分析するゼアーチにシルディは詰め寄る。


「言ってる場合!?」


「いや、今はともかく逃げましょう!!」


 スピリアが叫ぶが、ゼアーチは何か諦めたように椅子に腰を落とした。


「いやありゃ無理だろう。」


 その言葉と共に、サレンを先頭とした騎士団の人間達が狭いゼアーチの鑑定屋へと乱暴に入店した。


「くさっ。」


 開口一番放たれたのは、鑑定屋に漂う匂いに対する不満であった。これは粘着質の物質から漂うものである。


「サレン大臣。何か御用ですか。」


 スピリアが気丈に問うが、ドレス姿の王女がこんな馬小屋のような場所で「何か御用か」と問うた所で、それは自分に返ってくる刃である。当然のようにサレンは言った。


「王女様こそ、このような小汚い小屋で何をしていらっしゃるのですか。」


 ゼアーチの鑑定屋は一人暮らしを前提とはしていたが、それでも未鑑定品、粘着性物質の研究などで、保管庫や研究室などのスペースが豊富であった。地下室もあるそれなりの佇まいである。だが、それでも貴族であり国政にも携わるサレンには、小さなただの小屋にしか見えなかった。


「……。」


 当然言葉に詰まるスピリアを置いて、サレンはシルディに向き直る。


「シルディ騎士団長。貴殿には王女スピリア・ガウローヴ様を誘拐した罪が懸けられている。それとそこの……小汚い男。お前もその共謀だ。」


「証拠はあるのですか。」


「この状況が正しくそうであろう?国王陛下は王女が突然誰かに誘拐されたと仰せである。その王女と貴殿がここにいる。それで十分だ。」


「そんな!!シルディは私が無理を言ってーー」


 スピリアがそう言いかけたところで、サレンの合図で騎士がその口を手で塞いだ。


「むぐ。」


「それ以上は聞く必要はございませんし、聞くわけにも参りません。」


 他の騎士達はシルディと、おまけ程度にゼアーチに武器ーー剣や槍を向けた。


「大人しくして頂きたい。そうすれば、今は手荒には致しませんぞ。」


 サレンが下卑た声で言った。


「……仕方ありません。」


 シルディは手を上げて無抵抗を示した。


「ああ、もう。なんで私まで。」


 ゼアーチは頭を抱えた。

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