同じ答え

 今日は、昨日のそれとは打って変わって、落ち着いて、歩いて高架下へ向かうことにした。橋の上から確認してもわかるほどに、川の水は更にその嵩を増しており、実際に試してみると、その水位は、高架下にある柵に身を乗り出せば、簡単に膝が濡れてしまうほどにまで上昇していた。


 「どうして七夕の日はいつも天気が悪いか、知っていますか?」

 柵に足をかけたまま、開口一番、彼女はそう問いかけてきた。僕には未だ、その答えはわからない。いや、わからないフリをしているだけなのかもしれない。どちらにせよ、僕は口を噤んだまま、その答えを出せずにいた。


 「こんなに雨ばかりでは、どうにも気が滅入ってしまいますね。」

 彼女はそう呟くと、僕に同意を促すこともないまま、あの窪みのある方へ向かった。そこには、金網で作られた腰くらいの高さまでの柵が立てられ、立ち入り禁止、と書かれているであろう看板が張り付けられていることが微かにわかったが、彼女はそれに見向きもせず、その中に入っていった。そこは、先程いた柵のある道よりは低地で、金属性の古い柵と、斜面を隔てて川と直結しており、おそらくこれは、川の氾濫を少しでも食い止めるため設置された、小さなダムのようなものである、ということが想像できた。しかし、それはダムと呼ぶにはあまりに小さく、もう少し水位が高くなれば簡単に浸水してしまいそうだ。そして、一度浸水すれば、十分もしないうちに、この窪みは川の水で満たされることになるだろう。

 彼女が、この窪みの中に入るのを見て、僕はその背中に声をかけた。

 「きっと、この雨が止むことはないと思う。」

 そう言い終える前に、僕は思わず彼女から目を背ける。

 「なぜですか。」

 そんな僕に対して、彼女はこちらを振り返ることもないまま、いつも通り淡々と言葉を発する。

 「それは、言いたくない。けど多分、止むことはない。」

 それがなぜなのか、僕は恐らく知っている。しかしそれでも、その紛れもない事実を口に出す気にはならなかった。それは一度でも言葉にしてしまったら、きっと、僕の心を黒で覆いつくしてしまうだろうから。

 「ずいぶん悲観的ですね。まあこれだけ毎日降っていれば、そう思ってしまうのも無理はないでしょう。」

 彼女はまだ、その理由に気づいてはいないのだろうか。

 「しかし、こうも雨続きでは、七夕伝説の二人もさぞ悲しんでいることでしょう。いや、空の上では、天気がどうだというような話は関係のないことですね。」

 なんの脈絡もなく出てきた七夕の話。しかし、僕はそれに違和感を覚えない。

 「ああ、確かに二人は天に住んでいるのだから、関係はなさそうだ。」

 彼女が頷いたのだと思われる、服が擦れる音が、雨音に紛れて微かに聞こえる。

 「でもだとすれば、天気を作っているのは、彼ら、ということになりますね。」

 「天気を作る、か。」

 僕は彼女の答えが、徐々に出来上がっていることに気が付いた。こんな結果のわかっているような話は、ここでやめればよかったのかもしれないが、それは、定められた運命のように、決して変わることのない、一つの結論へと繋がっていた。

 「なにか、超常的な力で作っているのか、はたまた、彼らの自然な行動が、天気を作り出してしまっているのか、どちらにせよ迷惑な話ですね。」

 微笑む彼女に、僕は何も言い返せない。

 「天気を故意に作り出している理由など、検討もつきませんが、自然な行動が天気を作り出してしまっているのだとすれば、ひょっとすると、彼らは・・・。」


――― やはり君もそう思ってしまうのか。


 僕は、頬を伝うそれを隠すように、再び彼女から顔を背け、川の方へ目を向けた。今もなお増え続ける雨水とその水位は、留まる気配を微塵も感じさせない。当初の想定のように、明日の今頃には、この川は氾濫するだろう。

 そう、ちょうど、あの時のように。


 雨は、未だ降り止むことを知らない。

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