ステファニアの日常
「ひどい名前だな」
「完全に同意するわ」
ステファニアは貴族なので、どこかに学びに行くということもなく、家庭教師を雇って、実家である領主邸で勉学に勤しんでいる。その家庭教師のラメリア・オーガストという女性はとても杓子定規な人のようで、何と、この世界では珍しく、時間割によって勉強内容が決まっていた。で、今日の魔法実践の授業内で課題の魔法が習得できずに宿題となり、放課後、その宿題の魔法を練習中に
「「何でどこにでも行ける便利な魔法が”掃き出し窓の魔法”っていうひどい名前を付けられるかな」」
掃き出し窓というのは、開口が床と同じ高さであり、乗り越えなくても外へ楽々と出られる大きめの窓である。由来は、昔、掃除機が無かった頃に、
「じゃぁ、普通に”ドア”とかで良かったんじゃないの?」
「そうよね…(汗)」
他の空間へは”土のう袋の魔法”で慣れているので空間を開けられるのだが、想像した同じ次元の別の場所に開けるということが難しいらしい。今は領主邸内の中庭で練習しているのだが、
「この中庭のどこかに
「どこかでなく、ある一点を強くイメージすれば?」
魔法が無い世界から来たという
「やってみる」
ステファニアは
(空間は
「くっ… くぅーーー!」
やがて、その
「と、通ってみるわね」
ステファニアはそぉっとその楕円の中に入り、中庭の、別の場所から姿を現した。
「せ、成功なの?」
その後、ステファニアは3回同じことを試してみた。あっちからこっちへ。こっちからあっちへ。3回ともに成功であった。
「やた!宿題終わった!」
ステファニアは喜んでいた。これで後は明日、ラメリアに見せるだけだ。そこで、ステファニアはふと疑問に思った。
(何で
(まぁ、僕の国を案内していったら自然と… 分かるんじゃ… ないかな?(汗))
(ん?)
日本人の想像力の勝利であった。
*
二人は、一息ついた後、
(
ステファニアは自分の右手で自分の頬を引っ叩いた。
(それもあるけど自分の裏の顔。みんなには隠しておきたい秘密中の秘密まで、みんな二人で共用… ってところが問題なんだよ)
(思わず裏の顔の誰にも突(つつ)かれたくない部分を指摘されたら…)
「「SAN値だだ下がりだよなぁー」」
二人の言葉はハモったのだった。
ラメリアは高をくくっていた。どうせ掃き出し窓の魔法は、今のステファニアには使えないと。すぐに出来ない魔法を教え、宿題にも出して、魔法は難しいんだぞ。根気よく練習してやっと物にできるものなのだと。
でも、ラメリアはこうも思っている。掃き出し窓は逃げ出すのに都合が良く、もし、何かの都合で領地が襲われた時、生存確率を上げる、言わば保険みたいなものだ。なので、今できなくとも、数年後、十数年後に出来るようになっていればいいと。
ステファニアはもう15才。もうそろそろ家庭教師の任も終わる。最後にできないものを課して、自分が傍(そば)に居(い)なくとも、自分で調べ、独学で何でも好きなものを吸収して、応用もできる人物になって欲しいと。その気持ちで無理な課題を少し長くやって貰(もら)ったのである。
もうすぐステファニアの部屋に着く。慰(なぐさ)めたらいいのか、叱咤(しった)したらいいのか、それは会って、表情や態度を見てからである。
「おはようございます」
「おはようございます」
「ステファニアさん、宿題はやってきましたか?」
「はい。それでは中庭に行きましょう」
「中庭へ?」
ラメリアは疑問に思う。何故中庭に行くのだろうと。出来ないならステファニアの自室で報告だけ貰えばいいと思っていたラメリアは色々考えていた。出来ないなりに工夫して、何か別の便利魔法をやってくれるのか、はたまた…
(中庭へ着いてしまいましたね)
考えがまとまらないうちに中庭へ着いてしまった。この娘は何を見せてくれるのだろ。興味半分、恐れ半分の胸中で、とりあえず、自由にやらせてみようと思った。
「それでは、心の準備が整ったら始めて下さい」
「それではやってみます」
ステファニアの前の空間がくにゃりと曲がり、人が1人通れる闇の空間が出現して、その空間にステファニアが入り、中庭の別の場所から出てきた。完璧である。完璧にステファニアは掃き出し窓を習得していた。
(………)
「どうですか?」
ラメリアは信じられなかった。長い家庭教師人生において、掃き出し窓魔法の宿題をこなした者などいなかったからだ。信じられなかった。ちょっと頭が追いつかず、固まってしまった。
「よ、よく出来ました。完璧です」
「やった!♪」
ラメリアは言葉を絞り出した。まだ少し頭の中のパニックは残っている。
「それでは部屋に戻りましょうか」
「はい♪」
そして部屋に戻った二人。ラメリアは正直に
「
「ええ。
でも、
ラメリアは安心した。ステファニアはもう一人前になったと言ってもいいだろう。
「それでは、これからは魔法実習の時間は他の、まだ未習得の科目に振り替えます。残り時間も少ないですし、ビシバシ行きますよ!」
「えぇ~」
「えぇーじゃありません!」
残りわずかな時間、この娘には知識を詰め込むだけ詰め込んでやろうと。そして、もうすぐ来る別れを憂(うれ)うラメリアであった。
(でね、何だか課題が増えた気がするのよ…)
ステファニアから、掃き出し窓の魔法が取得難易度の高い魔法で、それが出来たステファニアは全教科のレベルが上がったらしいことを告げられる
(そりゃそうだよ。能力があるならそれを伸ばしてあげたいと思うのが教育者というものだから)
(そんなものかなぁ)
全く自覚のないステファニアだった。
(あ、さっき言ってた電卓というやつね)
(なっ!)
ステファニアは計算が苦手で、いずれ百均で買った電卓をあげようと思っていたのだが、
「よっと… ふぅ… マナをゴッゾリ持っていかれちゃったよぉ」
ステファニアの手には日本で買った電卓が握られていた。
「う… 見たことのない文字。でも、
(えっ… えぇーーー!?)
*
「そ… そんなスゴイことなんだ… これって…」
(そうだぞ。ちょっとは自覚してくれよ… 全(まった)く)
電卓を受け取ったことに対して尋常でない動揺をする
(何だか… 気を使わせちゃったね)
(それはいいんだけど、この成功の意味は大きいと思うんだよね)
そう、それは、練習をより積んで、魔力の消費量を減らすか、魔力をより多く扱えるようになれば、こっちの世界からあっちの世界、あっちの世界からこっちの世界へ自由に行き来することが
(ちょ… それは無理! ちょっと、手が入る程度にしか空間を開けなかったのにあんなにマナを持っていかれたのに人が入れるくらいの大きさを開けるなんて…)
(じゃぁ、小さな穴を開いて四つん這(ば)いになって通れば…)
(それなら… まぁ… アリかな…)
(
そして、
*
「久方(ひさかた)ぶりである。それで、もう一つの魂には
ステファニアの回ではなく、あの、真っ暗なミーティング空間に呼び出される二人であった。
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