-136- 第二次琵琶湖決戦Ⅵ〈兄弟〉

 呼吸が荒くなる。鼓動が早くなる。体が熱くなる……。

 まったく予想もしていなかった敵の姿に、今までになく動揺している。

 そんな自分の状態を客観的に理解しているのに気持ちは落ち着かない。

 冷静に……冷静にならないと……!


 育美さんや他の人に助けを求めてはいけない。

 彼女たちは私よりもずっとアイオロスへの思い入れが強い。

 きっと私以上に動揺している……。

 それにこの状況を何とか出来るのは操者である私だけなんだ!


 事実だけを見つめよう……。

 まず、このダンジョンのコアはアイオロスの胸に輝くあれで間違いない。

 センサーが高エナジー反応を示している。


 次にコアをようするあのDMDがアイオロスであることも間違いない。

 私の機体のデータベースがそう告げている。

 お爺ちゃんが死んで動かなくなったアイオロスをモンスターが回収し、最終的にコアと融合するに至ったと考えるしかない。


 そして、あのDMDと融合しているのはコアだけじゃない。

 竜種の力も宿っている……!

 アイオロス・マキナの敵性脳波感知器はこいつに反応している!

 私もこいつが竜種だと感覚でわかる!


 DMD、ダンジョン・コア、竜種……3つの力が融合して生まれた力。

 それはつまり、アイオロス・マキナと同じ。

 この2機の間に差なんてものは……。


『……いや、違う!』


 相手が実質的に兄弟機だとしても、私の機体の方が強い!

 今からそれを証明するまでだ!


『ドラゴン・ブレス!』


 闇を斬り裂く光の線をアイオロスに向けて放つ。

 アイオロスは余裕をもってそれを回避すると、お返しと言わんばかりに胸からDエナジーを放った!


『エメラルドブラスター!』


 こちらも胸からエナジーを発射する。

 ぶつかり合う2つの緑色りょくしょくエナジー……!

 拮抗しているように見えるけど、おそらく出力はこちらが負けている!

 向こうはコアから無尽蔵かつ高速でエナジーを引き出せるんだ……。

 同じような戦い方では、引き出せる速度に限界があるこちらが不利!


『くっ……マシンガン!』


 腰に装備したHi-Deハイドマシンガンを撃ち鳴らし、アイオロス本体にダメージを与えることでこの力比べを終わらせにかかる。

 アイオロスはそれを察知したかのようにエナジーの出力を高め、こちらに向かって前進する!

 まずい……押し負ける!


『回避……!』


 ダメージを受ける覚悟で機体を右に動かし、左手のオーラシールドで一時的にエナジーを受け止めた後、大きく横へと逃げる。

 機動力だ……。正面からの撃ち合いでは勝ち目がない。

 スピードで敵を翻弄するアイオロス本来の戦い方を……。


『そうだ、本来の戦い方を……』


 私はまだ本当の意味では理解していなかったのかもしれない。

 相手もまたアイオロスだということに。

 横に逃げた私の動きに追従していたアイオロスは、右手から伸びるエナジーの爪でアイオロス・マキナの左腕を切断した。


 頑丈なドラゴン・ヘッドに覆われている腕を避け、肩アーマーのない二の腕あたりを正確に狙った攻撃!

 相手もDMDだけあって、DMDの脆いところを理解している……!


 あいつが怖い……けど、これはチャンスだ!

 アイオロスの弱点は胸のダンジョンコア。

 それを丸出しにしているのに接近してくるとは不用意!


『オーラランス……!』


 残った右手に力を込め、アイオロスの胸に向けて槍を突き出す!

 アイオロスはそれを胸の前でクロスした腕で受け止めつつ、一旦私から大きく距離を取る。

 相手の両腕を破壊することは出来たけど、コアまでは届かなかったか……!


 でも、こっちは片腕だけど向こうは両腕を失った。

 ギリギリ私の方が有利な状況……ではないか!

 相手は生きている竜種の力を使える。

 破壊した両腕もすでに再生を始めている……!

 なんとか完全に再生する前に攻めないと!


 サブアームが握っているスタビライザーソードDFを1本敵に向けて投げ、代わりに落ちた左腕が装備しているドラゴン・ヘッドをサブアームに装着する。

 本物の腕と比べてサブアームはジェネレーターからのエナジー供給量が低い。

 でも、多少出力が落ちてもドラゴン・ヘッドは強いし、脳波分配装置が内蔵されているからオーラ武器としても扱える。


 アイオロス・マキナはまだまだ戦える……!

 こんなもんじゃないはずだ!

 弱気になる前に……攻める!


『うおおおおおおーーーーーーーーーッ!』


 健在の右腕が握ったオーガランスロッドを中心にアイオロスを攻め立てる!

 安易に一か所に留まらず、常に動きながらヒット&アウェイで胸のコアを狙う!

 ドラゴン・ヘッド、Hi-Deハイドマシンガン、エメラルドブラスター……アイオロス・マキナが持つ武器をフルに活用し、相手に反撃の隙すら与えない!


 それなのに……全然致命傷を与えられない。

 回避と防御に専念するアイオロスのボディにかすりはするけど、すぐに再生する程度のダメージにしかならない。

 竜種以外のモンスターとの戦いなら、そういう小さいダメージの積み重ねでどうにかなるけど、この3つの力が融合したアイオロスの前では半端な攻撃は無に等しい……!


『それでも、私がやらないと……!』


 再び攻撃を加えようとしたその時、機体のエナジー残量がわずかであることを告げるアラームが鳴った。

 こちらの機体は再生しないし、無尽蔵のエナジーを好きに引き出せない……。

 とにかく、ある程度エナジーが回復するまで回避行動をとりたいけど、思い通りにさせてくれるほど敵は甘くない……!


 勢いを失ったことを察したアイオロスは手のひらからエナジー弾を連射し私を攻め立てる。

 単純な攻撃なのに1発1発が重い!

 エナジーの消費を抑えるためにオーラの盾を形成するも、弱気になっている今の私じゃすべての攻撃を防ぐことは出来ない……!


 オーラを突き抜けたエナジー弾が装甲に直撃し、機体を容赦なく破壊していく。

 なんとか頭部と胴体は守ったけど、サブアームや脚部のダメージは大きい……。

 まだ重力制御能力が生きているから脚が傷ついてもなんとかなるとはいえ、このままの戦いを続けていたらいずれ……。


「蒔苗ちゃん落ち着いて……! 戦闘技術に関しては蒔苗ちゃんの方が上よ! 冷静に攻撃を組み立てていけば、いずれはコアに攻撃が届くはず……!」


『わかってます! それをやってはいるんです……! でも、上手くいかない……!』


 アイオロス・マキナの性能はあのアイオロスを上回っていない。

 むしろ耐久性やエナジー関係では負けている。

 だから立ち回りでなんとかしないといけないのに、私は……!


「2人してなーにあたふたしてんのよ。相手はただの古びたDMD! 偉大ではあるけどもう時代ではないわ! 若者たちが気圧けおされてどーすんの!」


『誰……!?』


 聞き慣れているけど、ずっと聞いていなかった声。

 声が大きいしぶっきらぼうだけど、懐かしくて落ち着くこの声の主は……。


「萌葱七菜! あなたのお母さんよ、蒔苗!」


『お母さん……!? えっ、目が覚めたの!? いつ!? どうしてここに!?』


「その前に戦闘に集中! ほら、敵が来てるよ!」


『あ、ああっ!?』


 こちらの異常事態が向こうにも伝わったのか、アイオロスは一時的にエナジー弾の発射を止めて様子を見ていた。

 でも私が戦闘に意識を戻した時には、エナジーの爪を伸ばしこちらに接近して来ていた!


『オーラ……ナギナタ!』


 オーガランスロッドの先端から刃のようにオーラを伸ばし、突撃してくるアイオロスを薙ぎ払う!


『えっ……!? 急に威力が上がって……!』


 オーラの勢い、攻撃範囲、そして威力。

 そのすべてが私の予想を超え、とっさに攻撃を受け止めようとしたアイオロスの両手、そして肩から上を切断してしまった!


「あー惜しい! もう少し下ならコアも真っ二つだったのになぁ!」


 まるで子どものように戦いの感想を述べるお母さん。

 そんなことより私には聞きたいことがたくさんある!


『お母さん! いつ目を覚ましたの!?』


「看護師さんの話だと蒔苗がお見舞いに来た次の日だって」


『どうして言ってくれなかったの!?』


「大事な作戦があるって聞いてたし、今じゃない方がいいかなって」


『どうしてここにいるの!?』


「それはほら、作戦成功をお祝いする場にサプライズ登場とか考えてたり……。でも、意外と作戦に時間がかかってるし、蒔苗がピンチで空気が張り詰めてるから応援のために出てきちゃった!」


 サプライズ……!

 作戦のことを気遣ってくれたのは嬉しいけど、3年会えなかった娘との再会にサプライズを仕込もうとする余裕……!

 相変わらず変わった人だけど、そこは変わってなくて嬉しい。

 早く戦いを終わらせて、もっとたくさんその存在を近くで感じたい。


「さっさと倒しちゃいなよ蒔苗。私と健人さんの娘なんだから出来ないはずがないわ。それにその機体は私がこの世で一番の天才だと思うメカニックが作ったDMDよ! 何物にも劣ることはないって!」


『うん、そうだね!』


 この温かい気持ちを力に変えることが出来る。

 私たちのDMDなら!


『育美さん、ブレイブ・バトル・システムを使うわ!』


「ええ! いいわよ!」


 脳波よ、気持ちよ、心よ……たかぶれ!

 死力を尽くしたのならば、後は気合の問題だ!

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