-67- 黒い翼の力

 首都第七マシンベースは夜もフル稼働していた。

 ここはあの歪みから近いということで方針が変わり、避難を求める人たちのほとんどは他のマシンベースや国の施設に移されていった。

 残っているのは出撃を待つ操者か、マシンベースのスタッフたちくらい。

 日が落ちてもダンジョンは眠ってくれないので、いつまでも気が抜けない張り詰めた空気がマシンベース全体を満たしていた。


 私たちは食堂を出た後、それぞれ自由行動をとることにした。

 蘭は学校からそのままマシンベースに来たのでお父様が大層心配している。

 葵さんは受け取ったポラリス・グリントと新型ライフルの調整がある。

 百華さんも普通に仕事中なのでやることはあるそうだ。


 そして、私こと萌葱蒔苗は……特にすることがなかった。

 家族がいないので連絡を取る必要はなし。

 友達は歪みの向こうにいて連絡が取れない。

 機体の調整は強化改修が終わってからになる。

 お腹いっぱいでもうご飯を食べる必要もない。


 なので私は……昼寝をすることにした。

 マシンベース内で割り当てられた部屋に入り、簡素なベッドで眠りにつく。

 一応どこに行ったのか心配されないように寝るという連絡はみんなに入れている。

 そして、用事があったら起こしてくれとも……。


 私のDphoneディーフォンが鳴ったのは夜になってからだった。

 きっとみんなでご飯を食べようという連絡だと思ったけど、時計を見るとすでに9時を回っていて、随分と寝過ごしていることに気づいた。

 連絡は育美さんからで『整備ドックに来てほしい』とのことだった。


 私は顔を洗い、服を整えてから整備ドックに急いだ。

 そこに向かうまでにたくさんの人とすれ違ったけど、みんな顔に疲れや焦りが見えた。

 私が寝ている間にすべての問題が解決している……なんてことはないんだと思った。


 整備ドックにも当然たくさんの人がいたけど、その中でもアイオロス・ゼロがある一画には育美さんしかいなかった。

 1人たたずむ育美さんの背中からは何か孤独なものを感じた。


「育美さん、こんばんは。何か御用ですか?」


「こんばんは、蒔苗ちゃん。呼び出したのは他でもない。アイオロス・ゼロの調整のためよ」


「じゃあ、強化改修が終わったんですね!」


「いや、まだ終わっていないわ。ただ、この装備だけは事前にテストしておかないといけないと思ってね」


 アイオロス・ゼロには、思わせぶりに布が被せてあった。

 育美さんがその布を取ると、中から現れたのは……!


「これはヤタガラスの翼……!」


 一部の装甲が外され、フレームが見えている未完成のアイオロス・ゼロ……。

 その背中には忘れもしないあの黒い翼がそのままくっついている!

 サイズは少し縮んでいる気がするけど、それでも2枚の翼には独特の威圧感がある!


「この翼はヤタガラスが落としたアイテム。全部で4枚あったけど、そのうち2枚を無理言って使わせてもらってるわ。なんてったって緊急事態だからね」


「どうしてこの翼をアイオロス・ゼロに……?」


「この翼には自身にかかる重力を制御する能力があるのよ。『蟻の巣』はその名の通り、非常に入り組んだ立体迷路のようになっている。だから強い推進力による飛行ではなく、重力制御による飛行なら、より効率的に移動が出来ると考えたわけね」


「なるほど……!」


 確かにヤタガラスは空中を滑るように飛んでいた。

 攻撃以外で大きくはばたくところをあまり見ていない。

 それは自分にかかる重力を減らして、浮かんでいたからだったのか!


「でもねぇ……。重力制御という能力自体は他のモンスターからも見つかっているのよ。ほら、モンスターって絶対飛べない形状なのに浮かんでる奴とかいるでしょ?」


「ああ、いますね」


「そういう奴らも重力を制御して飛んでるんだけど、これを同じように人間がやろうとすると難しくてね。私たちはこうして自然と地面の上にバランスをとって立てるけど、無重力化で意識せずにバランスを取れるかというと……難しいでしょ? それと一緒でDMDに重力制御の技術を搭載したとしても、操者がそれに対応出来ないのよ」


「だから、どうしてもテストが必要なんですね」


「その通りよ。浮かぶことまでなら出来る操者は多いけど、そこから機体の推進力を交えての飛行や、重力のかけ具合を調整して行う離着陸、ましてや戦闘なんて出来る人はいない」


「そこまで言われると私もちょっと不安になってきますね……。考えることが多そうで……」


「でしょ? でもね、これは考えちゃダメなのよ。私たちが歩くたびに毎回『右・左・右!』と出す足を意識しないように、重力の制御を自然なものとして受け入れることが大事なの」


「理屈はわかりますけど、重力の制御って私にとって自然ではないですからね……」


「でも、蒔苗ちゃんは自然じゃないことも出来てるのよ。それはスラスターの噴射による移動や姿勢の制御とかね。蒔苗ちゃんの体には推進器なんてついてないのに、それが出来る」


「それは……確かに! ん? でも、その理屈だと他の操者さんもスラスターを使っていますから、重力制御だって誰にでも出来るはずじゃないんですか?」


「そう、そこなのよね。今まで語ってきたのは一般論で、ここからは私の仮説なんだけど、重力を制御する装置には人間の脳波があまり伝わっていないんじゃないかと思ってるの。それはつまり、操縦が未熟だから使いこなせないんじゃなくて、そもそも万全に使える状態にないってことね」


「重力を制御するには、機体を動かす脳波とはまた違うものを求められるってことですか?」


「それはまだわからないわ。タイプが違うのか、強さが足りないのか……。でも、私の考えだと単純に強さが足りてないと思ってる。なぜなら、ブレイブ・レベルが高い人ほど重力制御でも良い結果が出ているからね」


「つまり、人類で最も脳波が強い私なら……」


「重力を完全に支配できるかもしれない」


 謎のオーラの次は重力の支配か……。

 ここまで来ると驚きが強くて、自分がすごいとうぬぼれることが出来ないな。

 でも、あれだけ私たちを苦しめたヤタガラスの力を使いこなせるかもしれないと考えると、何だかワクワクしてくるのも否定出来ない。

 あのモンスターは強かった。

 その力の一部でもアイオロス・ゼロに受け継がれれば……!


「育美さん! やってみましょう、テスト!」


「そうこなくっちゃ!」

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