-63- 北極星は再び輝く

 最初のDMDということは、古いDMDということ。

 それにしては目の前にある機体は綺麗な状態だし、たとえ表面を綺麗な状態に保っていても、中身が古ければ今の戦いにはついていけない気がする。

 でも、偉大なDMDということはそういう弱点を補って余りある何かがあるのか……!?


「あのぉ……申し訳ありませんが、これはポラリスそのものではないのです……」


 本当に申し訳なさそうにうつむきながら百華さんは言う。


「このDMDの名前は『ポラリス・グリント』といって、今年開かれる予定のダンジョン出現30年の式典に合わせて作られた展示物なんです。だから、本来はポラリスを模した置物であれば良かったのですが……うちの開発部は変なところにこだわりがあって、人類の希望の星であるポラリスを再び作る以上、置物では困ると言って聞かず、ポラリスのデザインを再現しつつ性能は現代のDMDと変わらないものを作ってしまったんです」


「それは……コストとかヤバいことになったんじゃないですか? だって、置物1つと動かせるDMD1機とでは作るのに必要なものが……」


「ええ……それはもう……。ポラリスのずんぐりむっくりした体形は当時の技術では一部のパーツを小型化出来なかったため、致し方なくそうなったんです。今の技術でそれを再現しようとしたら、装甲を分厚くするか内部に武器を積まないとデッドスペースになってしまいます。しかし、式典に飾るための機体ですから、内部に取り外せない武装をつけるのはご法度……。結果的に取り外しやすい独自構造の武装と、軽さと強度を両立した新装甲を搭載しました。それでも現代のDMDよりは重いので、それをカバーするためにスラスターも増やして……と技術部は得意げに言ってたらしいですよ。具体的な金額は怖くて聞いていません」


 会社って……大変だなぁ。

 でも、動くDMDとしてポラリスを作りたかった技術部の気持ちは私にもわかる。

 現代によみがえった希望の星が、動かない置物になってるのはちょっと寂しいからね。


「まあ、今となってはポラリス・グリントを作ったことに関しては肯定的な意見が多いです。オリジナルのポラリスを操り、最初の偉業を成し遂げたのは亡くなられた大樹郎様ですから、その意志を受け継いでいくという意味でも、このポラリス・グリントには戦う力があった方が良いとみんな考えているようです」


 最初のDMDを作り、最初の操者となり、犠牲者を出すことなくダンジョンを抹消した最初の人がお爺ちゃんなんだ。

 これだけでも迷宮王と呼ばれてもいい偉業だけど、その後もお爺ちゃんはダンジョンに立ち向かうべく様々なことを行っている。

 そのすべての出発点であるポラリスが特別な機体として扱われるのは当然……。

 たとえ緊急事態でもこの機体に手を出す人がいなかったのもうなずける。


「でも、私は……そんな特別な機体を持ってきちゃいました……。緊急時ですし使える機体は使えとの指示が出ていますので、後で怒られることはないと思いますが、問題はこのDMDを動かす意思のある操者がいるかどうかです」


 ポラリス・グリントは葵さんが使うはずだったディオスナイパーの代わりに持って来た機体。

 ならば、操者は当然葵さんということになる。

 みんなの視線が葵さんに集まる。

 百華さんも葵さんの方を向いて話をしている。


「ポラリスは特別です。北極星の名を冠しているように、この機体はダンジョンの闇に怯えていた人々を希望へと導く光だったんです。そして、その意志を受け継いで生まれたポラリス・グリントもまた人々を希望へと導く光でなくてはならない……。ダンジョンの入口あたりに壊れて転がっているようでは困ります。全体の士気が下がってしまいますからね。でも、この機体が戦場に立って戦い続ければ、それだけで……」


「要するに、私にこのDMDを使う覚悟があるのかってことですよね?」


「……はい、そういうことになります。もちろん、ポラリス・グリントは私の手違いでここに来たようなものですから、あなたには拒否する権利があります。その場合は私がなんとしても他の機体を確保してあなたに届けます」


「その必要はないですよ。ポラリス・グリントは私が使いますからね。腕前は未熟だし、オリジナルの操者ほど偉大でもないし、蒔苗みたいに特別な力があるわけでもない……。でも、そんな私でも誰かの希望になりたい! この機体で戦い続けることでそれが叶うなら……やるよ! たとえ目の前にありとあらゆるDMDが並んでいようと、私はこの機体を選ぶ!」


「……それだけの想いがあれば、きっと大丈夫だと私は判断します。ポラリス・グリントは陽川葵さん、あなたに託します」


「はい! 任せといてくださいよ!」


「頼もしいですね。そんなあなたにもう1つプレゼントがあります」


 百華さんが視線を輸送機に向ける。

 ポラリス・グリントが運び出された後の輸送機から出てきたのは……DMDではない。

 DMDより巨大な狙撃銃のようなものがそこにはあった!


「あれはうちが開発した『ジェネレーター内蔵型超圧縮エナジー・スナイパーライフル』です。これもまた試作品みたいなもので、まだ量産化するかは決まっていません。銃自体に液体のままのDエナジーを装填し、内蔵されたジェネレーターでDMDと同様のエネルギー変換を行うため、非常に高威力のエナジー弾を発射することが出来ます。しかも圧縮する能力も優れていて、全力の一撃の威力の高さは今までに開発されたDMD用の武器の中でもトップクラスとされています」


「それはそれはロマンにあふれる武器みたいだけど、狙撃銃ねぇ……」


 葵さんは渋い顔をしている。

 自分の中に眠る狙撃の才能に本人はまだ気づいていないんだ。

 そこに声をかけたのは育美さんだった。


「葵も怪鳥峡谷での戦闘データは見たんでしょ?」


「ええ、まあ……」


「あなたの狙撃の才能を疑う余地はないわ。進化前のヤタガラスを追い込む正確無比な射撃を壊れかけの機体でやってのけたんだからね」


「映像が残っている以上そのことは否定しませんよ。でも、あの時の私はほぼほぼ意識がなかったんです。だから、普段の状態で狙撃が出来るかはわかりませんよ? こんなお高そうな銃を持たされても、振り回すための棒になっちゃうかもしれませんし」


「まっ、出撃までにはまだ時間があるし、シミュレーターでもやってみて自分の能力を確かめてみるのもいいかもしれないわね。ただ、見た感じポラリス・グリントは狙撃に向いている機体だと思うわ。大きな頭部にデッドスペースを作らないために最新式のセンサーやらカメラを詰め込んであるみたいだし、狙撃の反動を抑えるための柔軟な関節構造や機体重量もありそう。それに後方支援の方が機体が壊れる確率は低くなるしね」


「確かに後ろにいた方がやられにくいか……。うん、狙撃ってのも悪くないかも……! ちょっと前向きに考えちゃいますかねぇ~」


 強がってはいるけど、葵さんもプレッシャーを感じているんだ。

 でも、葵さんのポラリス・グリントは私が壊させはしない。

 アイオロス・ゼロと共に守ってみせる……!


「じゃあ、私はこれから送られてきた機体のチェックをするから、一旦みんなと離れるね。しばらくしたらまた合流するけど、それまではチームを組む4人でご飯でも食べて親睦を深めておいて!」


「ちょ、ちょっと待って! 育美行っちゃうの!?」


 この場から離れようとする育美さんを必死の形相で引き留めたのは百華さんだった。


「私が人見知りなの知ってるでしょ? なのに出会ったばかりの人たちと食事って……! それに蒔苗様までいらっしゃるのに……!」


「みんな良い子だから大丈夫よ。すぐに慣れるって!」


 引き留めもむなしく、育美さんは行ってしまった。

 残された百華さんの悲しそうな背中を見ていると、安易に話しかけていいのか悩む。

 でも、発着場の近くにずっと立ちすくんでいるわけにもいかないから……。


「百華さん、食事が難しければ談話室で何か飲みながらお話しませんか? 私たち全員昼食は済ませてあるんで……」


「いえ、あの、そのぉ……」


 その時、百華さんのお腹がぐぅ~っと鳴った。

 同時に百華さんの顔が青ざめたと思ったら、すぐに真っ赤になり始めた。

 彼女は手で顔を隠し、その場にうずくまる……!


「ご、ごたごたしていて昼食を食べ損ねてしまったんです! い、生き恥……っ!!」


「だ、大丈夫ですよ! お腹ぐらい誰だって鳴りますって! それに私も何だかお腹が空いてきました~! 食堂に行きたい気分ですねぇ~、あはは……!」


 その後、百華さんを食堂まで連れて行くのにはかなり苦労した。

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