-64- 蒔苗と百華

「さて……百華ももかさんは何を食べます?」


 食堂にやってきた私たちは各々にメニューを見る。

 病院食はそんなに量がなかったから、私はまだまだ食べることが出来る。

 でも、蘭と葵さんはどうだろうか……?


「……わたくし、お昼ご飯はお腹いっぱい食べてしまいまして」


「わ、私も結構かきこむようにたくさん食べるタイプだからさ……」


 蘭と葵さんはチラッと百華さんの方を見る。

 それに気づいた百華さんはぎこちない笑顔で応えた。


「気を遣ってくださってありがとうございます。もう落ち着きましたから大丈夫です」


 まだ少し顔が赤いけど、百華さんは随分落ち着いた。

 2人はお言葉に甘え、飲み物だけを注文した。

 しかし! 私は百華さんと一緒にご飯を食べるからね!

 うーむ、やっぱりこういう時は麺なのかな。

 ラーメンはよく食べてる気がするし、ここは軽く天ぷらうどんにしよう!


「百華さんは何にしますか?」


「えっと、カツカレーの……大盛にしようかなと思っております!」


「あっ、それ私も食べたことありますけど、すっごく美味しかったですよ」


「そ、それは楽しみです! ありがとうございます!」


 やっぱり私に対する態度は固いままだなぁ。

 でも、会ったばっかりだし時間をかけて打ち解けていけばいいよね。

 なんてことを考えつつ、運ばれてきたお水を飲む。

 私が水を飲むと、百華さんも自分のコップに手を伸ばす。


「あっ……!」


 百華さんのコップを取る手が滑って、水をテーブルにぶちまけてしまった。

 私は彼女の正面に座っているから、こぼれた水が少し服にかかる。


「も、申し訳ございません蒔苗様っ!」


「そんな気にしなくていいですよ。誰でもたまにやっちゃうことですから」


「ですが……!」


「それより、新しい水を貰わないといけませんね」


 実際、私はこのくらいのこと全然気にしないけど、百華さんに気を遣わせないためにより一層気にしていない感を出す。

 でも、あまり効果はないみたい。

 百華さんは申し訳なさそうに縮こまっている。

 果たしてこの距離感は時間が解決してくれるのか……。


 そうこうしているうちに、注文した料理が運ばれてきた。

 ここの食堂は美味しいのはもちろんのこと、提供が早いのも良いところよね。

 私は早速お箸でうどんの上に乗っている天ぷらたちをつゆに沈めていく。

 サクサクの天ぷらも美味しいけど、こういう最初から汁物の上に乗せられている天ぷらに関しては、しっかりつゆを衣にしみ込ませて食べるのが私流だ。


 百華さんはスプーンを持ち、まずルーの上に乗っているカツを動かしている。

 カツカレーも食べ方に性格が出る料理よね。

 ルーを全部混ぜてから食べたい派の人は上に乗っているカツの扱いに苦労するし、ちょっとずつ混ぜる派にしてもカツを食べるタイミングが違ってくる。


 この食べ方を見れば、百華さんのことをより理解出来るかもしれない。

 彼女の場合はまず端っこの方の小さいカツをどかして、その下のルーをご飯と軽く混ぜて食べるタイプのようだ。

 まあスタンダードな食べ方って感じかな。

 でも、カレーを乗せたスプーンを運ぶ先がスタンダードではなかった。


 百華さんはスプーンを口ではなく、ほっぺたに持っていったのだ!

 当然食べられるはずがない……!

 でも、百華さんはそこで止まってしまった。


「あのぉ……百華さん。そこ口じゃないですよ」


「へっ? あっ、すいません蒔苗様……!」


「いや、私に謝る必要はないですけど……」


 彼女の緊張の仕方は……尋常じゃない。

 いくら萌葱一族を尊敬しているとはいえ、これほどまでに緊張するものだろうか?

 私ってそんな有名人みたいなオーラを出してないと思うけど……。

 あ、オーラは出てる疑惑があるんだったな。


 まあ、オーラの話は置いといて……。

 その後の百華さんは普通に食事を始めた。

 思った以上に食べるスピードが速く、一口が大きいことが新たな発見だった。

 本当に美味しそうに食べるから、私も食欲が増す。


 しかし……親睦を深めるための食事なのにほぼほぼ無言だ!

 食べることに集中している人がいる手前、無駄話をしにくい……!

 よし、食べ終わってから話そう!

 料理を食べ切り、食器が下げられて、食後の飲み物も運ばれてきてから……私は意を決して話を切り出した。


「育美さんが言ってましたけど、百華さんってDMDの操縦が上手なんですよね。どうすれば上達するのかとか……教えていただけませんか?」


 本当はどうしてDMD操者になったのかを聞きたかったけど、葵さんの過去を聞いたばかりだから、安易にそこへは踏み込めなかった。

 でも、操縦という技術的な話ならデリケートな部分に触れることもないだろうと思った。


「そんな! 私が蒔苗様に操縦の話など……!」


「いいえ、聞かせてほしいです。私はもっと百華さんのことを知りたいんです。自分はこうやったら上手くなったという話で構いませんから」


「……そうですね。蒔苗様には話しておいた方が良いかもしれません。私の操縦技術が優れている理由については諸説あるんです」


 話題が見つかり、少し和やかになりかけた空気を『諸説』という言葉が引き締める。

 モエギの迷宮探査部の中でも優れた者にのみ与えられる称号『闇を照らす者イルミネーター』。

 若くしてその称号を持つ百華さんが語る操縦の話は、私だけでなく蘭も葵さんも興味がある話題だと思う。

 だからこそ『諸説』という予想だにしない言葉の登場で、みんなの頭の上には『?』が浮かんでいた。


「それは生まれ持った能力なのか、それともかつて受けた脳波強化実験のおかげなのか」


「脳波……強化実験……?」


「私はとある企業で行われていた人為的に脳波を強くする実験の被験者だったのです。私の意志でそうなったのではなく、親の意志でそうなったのですが……。とにかく、良い思い出とは言えません。体を切り刻まれたわけではありませんが、本能的な恐怖をいつも感じていました。今でも夢に見るくらいです。でも、私は……その実験の中では成功例だったのです」


 突如として明かされた百華さんの過去。

 そして、脳波強化実験という聞くだけで本能的な嫌悪感を抱く研究の存在。

 お父さんのビデオレターでも少し触れられていた、ダンジョン攻略を目指す人類の闇の部分。

 それが今、百華さんの体を通して目の前にいる。


 デリケートな部分に触れないようにと選んだ話題が、まったく逆効果になってしまった。

 でも、私は彼女の話を止めることが出来なかった。

 それは……その話を聞いて私も知らなければならないと思ったから。


 言ってしまえばそういった非人道的な実験の類は、私のような強い脳波を持つ人間を生み出すために行われていたんだ。

 私がもっと早く生まれていれば、犠牲になる人の数は減っていたと思う。

 でも、生まれてくるタイミングにまで責任を感じたりはしない。


 見るべきなのは、これからだ。

 私が戦い、その存在を世界に示すことで、どんな闇を払えるのか知る必要がある。

 そのためにも今は百華さんの話に耳を傾けよう。

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