-52- 覚醒の謎

「……今なにが起こったの!?」


 監視ドローンから送られてきた映像は、にわかには信じられないものだった。

 そして、そんな信じられないものをやってのけた蒔苗ちゃんはコックピットカプセルの中ですやすやと寝息を立てている。

 よほど気分が良いのか、その寝顔は笑っているように見える。


 しかしながら、あの現象はなんだったんだろう……。

 もうロクに動けないほどの損傷を負ったアイオロス・ゼロが突然萌葱色のオーラに包まれ、装甲の一部が深い緑色に変色。

 すると、まるで万全の状態のように機体が滑らかに動いて、オーガランスを投擲とうてき

 その威力はすさまじいもので、いとも簡単に完全機械体の分厚いボディを貫いた……。


 目で見たことだけで考えれば、あの萌葱色のオーラがすべての原因に思える。

 でも、アイオロス・ゼロにあんなものを発生させるシステムは搭載されていない。

 機体の開発にはあまり関われなかったけど、完成した機体をマシンベースで管理するようになってからは私が責任者としてメンテナンスやアップデートを行なっている。

 だから、私が知らないシステムなんてあるはずがない……。


 そもそも、あんなすごいシステムはモエギ以外の企業だって持ち合わせていない。

 私に気づかれずにアイオロス・ゼロに未知のシステムを搭載するのは、あらゆる意味で不可能なはずだ。

 なら、あの謎のオーラは一体どこから……?


「……蒔苗ちゃん、きっとあなたから生まれたものなのね」


 戦闘中、蒔苗ちゃんの瞬間最高ブレイブ・レベルは100に達した。

 さらに今では平常時でもレベル80を超えるようになっている。

 これはどちらも人類史上最高の数値だ。

 今までは最高でもレベル50が限界で、それを超える人類は1人も存在しなかった。

 あの大樹郎さんでもブレイブ・レベルの壁だけは超えることが叶わなかった。

 それはつまりレベル50を超えるダンジョンが出現した場合、それが多くの人の命を脅かすものだったとしても、コアを破壊し抹消することが出来なかったということ……。


 でも、蒔苗ちゃんにはそれが出来る!

 レベル50を超える全人未到の迷宮『深層ダンジョン』だって消し去ることが出来る!

 アイオロス計画はそれが本来の目的……!

 あの謎のオーラに関しては強い脳波を持つ人だけに使える特殊能力なのかもしれないし、蒔苗ちゃんだけの力なのかもしれない。

 他に蒔苗ちゃんほどの脳波を扱える人間がいないから、詳しい検証を行うことは出来ない。

 しかし、あの力を自分の意志で完璧に制御出来るようになれば、それは深層ダンジョンを攻略する大きな力になる……!


 ただし、焦ってはいけない。脳は繊細だ。

 脳波を無理に強くしようとしたり、DMDを制御する以外の戦闘利用を行ったりして、肉体に異常をきたした例は全世界にたくさんある。

 蒔苗ちゃんは自分の力で成長出来る。

 彼女を見守ることが生きている私の役目なんだ。

 見守ることすら叶わなかった人たちを私は知っているから……。


「私もやるべきことをやらないとね」


 まずは医務室に連絡して判断をあおごう。


「……あ、もしもし杉咲先生? 蒔苗ちゃんの検査をしたいんだけど、今回は前よりいろんなところを細かく調べたいし、マシンベースじゃなくて大きい病院の方がいいかな? ……うん、わかった。じゃあ、病院の方へってことで。丁重にお連れしてね」


 医務室の人たちで病院まで連れて行ってくれることになった。

 まあ、素人が車に乗せて運ぶよりはずっといいわね。

 さて、私はそれを見届けた後、やらねばならないことがある。

 アイオロス・ゼロ……まだ回収されていないけど見ただけでわかる。

 今回は時間がかかりそうだ……!

 でも、完璧に直しておくからね蒔苗ちゃん!

 それと戦闘データも解析しておくわ!



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ヤタガラス討伐の翌日――。


「う、う~ん……よく寝たぁ……!」


 なんて清々しい朝だ。

 清々しすぎていつもよりベッドが大きい気がするし、部屋もいつもより綺麗な気がする!


「いや、これ私のベッドじゃない……!? 部屋も違う……!?」


 よくよく見てみると、ここは病院の個室だった。

 もしかして……また倒れちゃった!?

 うわぁ、いろんな人に迷惑かけすぎだなぁ……私。

 でも、そんなに無茶なことしたっけ?


 昨日あったことを最初から思い出してみる。

 ……うーん、あの戦闘の後なら気絶したっておかしくないかも。

 とりあえず、起きたからには育美さんに連絡を取るのが正解かな?

 私のDphoneディーフォンどこかに置いてあるといいんだけど……。


「……んんっ!? だ、誰?」


 今更ながらベッドの側に誰かいることに気づいた!

 椅子に座ったままベッドに突っ伏す形で寝ているところを見るに、私が起きるのをずっと待っていたんだと思う。

 でも、その顔にまったく見覚えがない!

 ふんわりとパーマをかけた短めの茶髪は、とっても若々しくてイケてるお姉さんって感じだけど、残念ながら私にそんな知り合いはいない。


 服装的にお医者さんや看護師さんでもないし、マシンベースの関係者と考えるのが自然かな?

 となると、育美さんの知り合いで私を見守るように言いつけられてるとか……?

 まあ、それも含めて育美さんに連絡を取ればわかることか。

 起こさないように小さい声で電話をしよう……。

 って、私はその電話をするためのDphoneディーフォンを探してるんだった!


「うぅん……。あ……ああ、起きたんだね……」


 起こさないようにと意識すると、起こしちゃうんだよね……。

 でも、話しかけられた瞬間ビビッとくるものがあった。

 この甘い声には覚えがある……!


「もしかして、葵さんですか?」


「お、覚えててくれたんだ。そう、私が陽川葵ようかわあおいさ。こうやって顔を突き合わせて話すのは初めてだね。よろしく」


 葵さんと初めて会ったのはDMDを運ぶ輸送ドローンの中。

 当然お互いDMDしか見えていない状況だった。

 そうか……彼女が葵さんか!

 声から想像してたのは年齢よりも見た目がずっと若い苺先輩タイプだったけど、目の前の葵さんはまさに20歳くらいの女性って感じだ。

 何をもって『まさに20歳』と判断したのかと問われると答えに困ってしまうけど、なんとなく総合的に判断して葵さんは私の思い描く20歳なのだ!


「よ、よろしくお願いします。そのぉ、ずっと病室に?」


「うん。やっぱり面と向かって無礼を詫びないと気が済まないというか、筋が通らないでしょう? だからすぐに話そうとしたんだけど、気持ちよさそうに寝てたから起きるまで待つことにしたんだ。そしたら私もドッと疲れが出てここで寝ちゃったみたい」


「そうだったですね。でも、お詫びの言葉ならすでに十分いただいて……」


「いや、やっぱりちゃんと顔を見て言いたいよ。あの時の私は生意気だった。いざ戦闘になると特に役に立たなかったし……」


「そんなことないですよ。葵さんの狙撃には何度も助けられましたし」


「私が狙撃……? 不思議なこと言うね。私は中距離戦闘担当だよ」


「え……? でも確かに……」


 葵さんは本当に不思議そうな顔をしている。

 まさか、私たちが戦っているところは覚えていても、自分の攻撃は覚えていない?

 というより、あの狙撃は無意識にやっていたってこと……!?

 思い返してみれば、あの時の葵さんは錯乱状態っぽかったし、落ち着いたのはヤタガラスが地上に向かってからだった。

 その後は機体に限界がきてたし、狙撃の機会はなかっただろう。

 そして、作戦終了後すぐに私のところに来たとしたら、自分の戦闘映像を見返している時間もない。


 本当に自分の才能……完全体をもひるませる狙撃の力を知らないんだ……。

 これこそ人類の損失だろう。

 後で誰かやんわり教えてあげてほしい。


「ふふっ、気を遣ってくれてるんだね。優しい子だ。自分のみみっちさを思い知らされるよ」


「そんなこと……。葵さんには私のような立場の人間を好きになれない理由もありますし、私はただ世の中をまだ何もしらないだけで、優しいかどうかは……」


「私の昔の話……聞いたんだね? きっと、しゃべったのは隊長ってところかな?」


「は、はい、昔の話をしておられました。小さい頃からよくマシンベースに来ていたと」


「あ、そっちの話か。なーんだ隊長も気を遣ってくれたんだね。あの人も優しいよなぁ。確かに小さい頃からDMD操者を夢見てこの歳でやっとなれたっていうのに、金持ちは簡単にDMDを乗り回せてずるいなーって理由でボンボン共を嫌っているところはあるよ。嫉妬さ、間違いなくね。でも、そういう奴らを憎みだした本当の原因は小さい頃に起きた事件にあるんだ。ほとんどショックで記憶が飛んじゃってるけど、ずっと忘れられない言葉がある……」


 葵さんの顔は青ざめている。

 かなり無理して話しているような気がする。


「葵さん、話しにくいことなら無理は……」


「いや、私は話したいんだと思う……。むしろあんたが朝から不快な思いをするかもしれないから、嫌ならやめておくよ」


 葵さんのことを思うならやめておくのが正解なのかもしれない。

 でも、この時の私は話を聞くことこそが葵さんにとって正しい選択だと思った。


「聞かせてください。葵さんのこと」


 葵さんは青ざめた顔で嬉しそうに笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る