-51- ブラッドプラント防衛作戦Ⅶ〈覚醒〉

 槍の穂先は想像していた以上にすんなりと装甲の隙間に突き刺さり、簡単には抜けない状態になった!

 もしかして、このままテコの原理で装甲をひっぺがせるんじゃ……。

 いやいや、ひっぺがしたら槍も抜けてしまうから、アイオロス・ゼロがヤタガラスにくっついていられなくなってしまう!

 この刺さったオーガランスがこの戦いの生命線だ……!


《ガァァァァァァッ!! ガァァァァァァッ!!》


 ヤタガラスは当然アイオロス・ゼロを振り落とそうと暴れる。

 そうはさせまいと槍や装甲の突起に手をかけて踏ん張れば、それだけ機体の関節に負荷がかかる。

 そう長い時間こうしてはいられないかも……。

 ならば、さっさとダメージを与えていくのみ!


『トパーズ・ソード!』


 左腕に装備されたジュエリー・ボックスから黄色いエナジーの刃が伸びる。

 どんな装甲もエナジーの刃で何度も切られればただでは済まないはず……!

 とりあえず、槍が刺さってる部分と関係ない装甲に刃を押し当ててみる!


『刃が……弾かれる! 爪だけじゃなくて体全体にエナジー耐性が……!?』


 なんてデタラメな進化なの……!?

 これじゃあもうアイオロス・ゼロに有効な武器は残されていない……!

 いや、耐性はあくまでも耐性。

 無効化ではないのならば、何度も切りつけているうちにエナジーを弾くコーティングがはがれていくかも……!

 もちろん、完全に希望的観測だけど今やれることを信じてやるしかない!


『トパーズ・ソード滅多切り!』


 何度も何度も漆黒の装甲にエナジーの刃を振り下ろす!

 一見なんの効果もないように見えるけど、きっと繰り返せば……!

 こうしている間にもヤタガラスは暴れるけど、気にしてはいられない!

 ほら、装甲の色が変色してきた……!

 表面に溶けたような跡もつき始めてるし、確実に耐Dエナジーコーティングをはがせている!

 まだまだエナジーが続く限り切ってやるわ!


「蒔苗ちゃん、取り込み中だと思うから返事はしなくていいわ。報告だけ聞いておいて。まず見たと思うけど増援部隊は全滅よ。みんなよく戦ったし相手も無傷ではないけど、撃破にはほど遠いという状態ね。通常兵器も遠距離ホーミングミサイルと監視衛星からのレーザー照射は試したけど、どれも装甲に阻まれて効果は薄かったわ。だから、蒔苗ちゃんには出来る限り装甲を破壊してほしいの。部分的でもあの装甲を排除出来れば、通用する攻撃が増えるはず……! いつもいつも大変なことばかりお願いしてるけど、お願い蒔苗ちゃん!」


『了解しましたよ育美さん! というか、もうすでに今装甲を破壊しにかかってるところです! たくさんひっぺがして、ミサイルでも倒せるようにしときますからね!』


「ええ、ありがとう……!」


 今の世の中にはホーミングミサイルもあるし、衛星からレーザーも撃てるんだ!

 周りに誰もいなくたって、私は1人で戦ってるわけじゃないってことね……!

 体に、機体に、力がみなぎるのを感じる……!

 さあ、そろそろぶった切れろ!


《ガァァァァァァ…………ッ!》


 Dエナジーの刃が漆黒の装甲を切断!

 そのまま刃は深くへと刺さり、ヤタガラスがさらに激しく暴れる!

 流石にこの勢いで暴れられると機体がもたない……!

 一度トパーズ・ソードを引っ込め様子を見る。


 今の攻撃で出来た装甲の切れ目は全体からすれば微々たるもので、ここにミサイルやレーザーを当てろというのは無理難題だと思う。

 しかし、ヤタガラスの装甲はブロックごとに細かく分かれているので、この切れ目に手を突っ込んで力を込めれば、ベリッとこのブロックの装甲すべてをひっぺがせそうだ!

 オーガランスを持っている手を慎重に右手から左手に切り替え、空いた右手を装甲の切れ目に滑り込ませる。

 しっかりと装甲を握り、後は暴れるヤタガラスによって機体にかかる遠心力を右手から装甲に伝える……!

 機体が振り落とされそうになるたびに、右手で掴んでいる装甲に負荷がかかり、徐々に本体から浮かび上がっていく!


 いける! いけるんだ……!

 アイオロス・ゼロの肩や腕や指の関節にも相当な負荷がかかっていることだろう……。

 でも、英雄王の残したDMDはこんなもんじゃないはずだ!

 もっと……もっと力を私に見せて……!


 その時、『バキィ!』という音を立てて装甲がひっぺがされた……!

 やった……! ついに攻撃を通せる場所を作ることが出来た!

 この調子でもっと広範囲の装甲を……!


《カァァァァァァァァァーーーーーーッ!!》


 ヤタガラスは行動を変えた。

 背面飛行で地面スレスレを飛び始めたんだ……!

 このままもっと地面が近づけば、背中にしがみついているアイオロス・ゼロが地面に接触してしまう……!

 険しい自然のじゃりじゃりした地面にこすりつけられたら、アイオロス・ゼロでもただでは済まないはず……!

 しかし、逃れる手段はない。

 地面にこすりつけられながらでも、装甲を破壊し続ける……!


『トパーズ・ソ……うわああああああ……ッ!!』


 ガリガリとすさまじい音がする……!

 機体も異常事態と各部の損傷を伝えてくる……!

 これは思った以上に長く持たないかもしれない!

 装甲のない部分にDエナジーの刃を押し当て、ダメージでヤタガラスの体を浮かせにかかる!


 ある意味これは我慢比べ……!

 先に音を上げたのは……ヤタガラスの方だった!

 徐々に高度を上げ、地面にこすりつけられることはなくなった!


 でも、こんな攻撃繰り返されたら機体はすぐにダメになってしまう……。

 ヤタガラスの巨体に対してDエナジーの刃は短すぎるから、装甲のない部分を切りつけたとしても大したダメージにはならない。

 今はただ脆い部分を切られた痛みに驚いて低空飛行が乱れただけで、痛みに慣れ始めたらどんな攻撃をしても構わずに機体を地面に擦り付け続けるだろう……。

 だから、機体が完全に破壊されてしまう前に少しでも装甲をはがす!


 幸い、頼みの綱であるオーガランスはさっきの擦り付け攻撃でより深く刺さった。

 槍は上から下へ、つまり頭から尻尾の方に向かって刺さっているから、擦り付けると槍が食い込む方向に力が加わってしまうんだ。

 まあ、それだけ機体本体にも強い力が加わっているってことなんだけどね……!


『少しでも……! 少しでも……!』


 さっきと同じ要領でトパーズ・ソードを何度も振り下ろす。

 耐Dエナジーコーティングがはげ、色が変色してきたあたりでヤタガラスがまたもや行動を変えた。

 最初はその行動を理解することが出来なかった。

 あまりにも現実離れしている……。

 地上では決して見ることが出来ない光景……!

 鳥が……バックで飛行しているっ!!

 通常の飛行と変わらないスピードで、尻尾を先頭にして飛んでいるんだ!


 でも、こんな謎の行動でも今はその意味がハッキリわかる……!

 オーガランスを抜くつもりなんだ!

 アイオロス・ゼロは再び地面に擦り付けられる!

 今度はさっきと逆だから、足の方から頭へと地面が流れていく!

 油断してると足が変な方向に折れ曲がっちゃう……!


 さらに問題なのはヤタガラスの思惑通りオーガランスがぐらついていることだ!

 このままでは抜けるのも時間の問題……!

 ただ抜けるだけならば、いっそのことこっちからテコの原理で装甲をひっぺがしながら抜いてやるっ!


『どりゃあああああああああっ!!』


 べキィィィ…………ッ!!

 金属がひしゃげる音と共に漆黒の装甲がまた1枚はがれ落ちた!

 それと同時にヤタガラスから離れたアイオロス・ゼロが地面を転がる!

 結局はがせた装甲は2枚だけだけど、1枚1枚が大きいから範囲で考えると結構な面積を無防備な状態に出来たと思う!

 後はホーミングミサイルとか衛星レーザーとかの命中精度にかかってる!


『育美さん、アイオロス・ゼロ離脱しました! はがせた装甲は2枚だけですけど、それでなんとか……!』


「ええ、よくやってくれたわ蒔苗ちゃん! 監視ドローンを通してずっと見てたわ! 後はミサイルで足止めして、レーザーで背中から胴体を貫く! 胸にあるコアのような物体に溜まっているエネルギーを抜いてしまえば、活動を停止出来るはずよ!」


『お願いします……!』


 機体のアラートが鳴り止まない。

 それだけ損傷が激しいということだ。

 今までで一番アイオロス・ゼロには無理させちゃったな……。

 全部終わったら、育美さんが綺麗に直してくれるからね。


 ただ、今はまだ戦いの行く末を見届けないといけない。

 アイオロス・ゼロは立ち上がり、ヤタガラスの方を見る。

 奴もまた一度地面に足をつけ、翼をバサバサと動かして自分の状態を確認するような動きを見せていた。


 その後、カァと小さく鳴き再び空へと飛び立った。

 もはやアイオロス・ゼロに追撃の手段はない。

 オーガランスを持つ右手の肩も上手く上がらない。

 見守ることしか出来ない……!


 ほどなくして、無数のミサイルがヤタガラスを襲った。

 思わず後ずさりたくなるほどの数のミサイルだった。

 その後、すぐに数発のレーザーが放たれた。

 こんな攻撃が出来る衛星が空高くから私たちを見下ろしていると思うと少し怖いなぁ……なんて呑気なことを考えてしまうのは、きっと私の集中力が限界を超えたからだ。

 機体も、頭も、使いすぎた。

 でも、これでやっと終わる……はずだったのに。


《カァ…………………》


 その漆黒の機械体は健在だった。

 驚き半分、納得半分の複雑な感情。

 私はなんとなく、奴がまだ存在していることを感じ取っていた。

 自分でも理解出来ないけど、そんな気がしたんだ。


 ヤタガラスの胸のコアのような物の輝きは少し衰えている。

 多少は効いている……!

 あのコアが奴の強みであると同時に、隠せない弱点でもあるんだ。

 あと少し、あと少しなんだ……!


 あいつがここから高速飛行の態勢に入ったら、ミサイルやレーザーを当てるのは困難になる。

 さらに市街地まで到達したら、もうあんなにたくさんのミサイルもレーザーも撃てなくなる。

 ここが人気のない自然の中だからこそ、あれだけの攻撃がで来たんだ。


 あいつを移動させてはいけない……!

 あんなボロボロの体でも、生身の人間を数千人殺すくらいわけない。

 5分……いや、場合によっては5秒でそれを出来る火力がある。

 そんなことをさせては、今までのみんなの頑張りが無駄になる……!


『動け……! アイオロス・ゼロ!』


 オーガランスをぶん投げて胸のコアを貫けば終わる!

 それが不可能であることは十分わかっているけど、何もせずにはいられない!

 上がれ右肩……! 尽きるなエナジー……!

 あと一撃くらい、迷宮王の遺志を継ぐ機体ならやってみせろ!


 ……無情にも機体は動かない。

 それも当然の話だ。

 機械は気合いで動くものじゃない。

 積み重ねてきた技術と確固たる理屈で動いているんだ。


 でも、今だけはそれを超えてほしい……!

 なにか隠された秘密兵器でもないの……!?

 システムの中を探しても、そんな都合の良いものは見つからな……ん?

 なんだろう? 見慣れないデータが入っている。

 こんなデータ、今までシステム内には存在しなかったはず……。

 データの名前は『お父さんから蒔苗へ』!?


『お父さん……!?』


 6年も前に亡くなっているお父さんがなぜここに出てくるの!?

 まさかアイオロス・ゼロの存在となにか関係が……!

 いや、今はそんなこと気にしている場合ではない!

 問題はこのデータが人を救う力になるかどうかだ!


『……ダメだ! これはただの音声データ! 秘密兵器なんかじゃない!』


 お爺ちゃんとかお父さんとか、死んだ人たちの力に頼ろうとしてはいけないんだ。

 生きている私の力で戦わなければ!

 とりあえず、右肩上がれええええええっ!!


『あっ、うそっ! 上がった……!』


 肩も腕もほとんど動いている感覚がないけど、カメラアイは高々と掲げられたオーガランスを捉えている!

 後はこの槍をヤタガラスの胸のコア目がけて力一杯投げつけるだけだ!

 やったことないけど槍投げの要領だよ! アイオロス・ゼロ!


 機体は驚くほど滑らかに動き、陸上選手のような美しい槍投げの姿勢を作る。

 そして、十分に助走をつけた後……オーガランスは投擲とうてきされた!

 その槍の軌道の美しさたるや……!

 美しすぎて槍が光の尾を引いているようにすら見える!

 しかも、とんでもなく速い! 狙いもドンピシャ!


 オーガランスは見事にヤタガラスのコアを貫き、その漆黒のボディを四散させ光に帰すことに成功した!

 なんか最後の方は現実感がなくてふわふわした感覚だったけど、これは夢じゃない!

 ヤタガラスは確かに倒したんだ!

 これで多くの人が今日も普通の生活を送れる!


 ああ、安心したら急に眠くなってきちゃった……。

 まだ機体をマシンベースに戻してないし、倒したヤタガラスが落としたアイテムも回収してないけど、逆らえないほどの眠気だ……。

 脅威は去ったし、アイオロス・ゼロはきっと他のDMD部隊の人が回収してくれるはず……。

 無責任なことしてごめんなさい……。

 でも、今日だけはおやすみなさい……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る