-53- 逃げない
「ふふっ、とはいえいざ話すとなるとちょっと恥ずかしいな。でも、長々と前置きを入れるのもなんだし……単刀直入に言おうか。私は小さい頃、ダンジョンからあふれ出してきたモンスターに家族を殺されてるんだ」
「えっ……!?」
「そ、そこは驚くところじゃないって! ダンジョンが現れてからの30年間、こういう話はありふれてるんだからさ」
「それは……その……」
確かによく聞く話である……。
ダンジョンによる被害は学校の授業でも習うし、テレビでも過去の事件をまとめた特集が頻繁に放送されている。
特にダンジョン出現から最初の3年間は酷いもので、ロクに抵抗することも出来ないまま多くの人が亡くなったと言われている。
怒りと悲しみを背負った人々は、モンスターを生み出す根源であるダンジョンに生身のまま戦いを挑んだ。
でも、当時はまだコアの存在も知られていない。
本当に排除出来るのかわからない未知の空間の中にわずかな可能性を求めて……人々は戦った。
そんな勇ましい行動もまた被害者を増やす原因となった。
DMDなら気にするほどでもない攻撃も、人間が食らったら死ぬ。
即死でなくても、腕や足が使えなくなったら死と同じ意味だ。
なぜならダンジョンはモンスターたちの世界であり、そこから負傷者を連れて逃げることも容易ではなかったからだ。
傷ついた仲間を捨て、奥へ奥へと進んでも……人々がコアに辿り着くことはなかった。
ダンジョンを消滅させることが出来るコアが発見されたのは、ダンジョン出現から3年後。
それを成し遂げたのは、自らが開発したDMDを駆る萌葱大樹郎だったという。
迷宮王の伝説はそこから始まったんだ。
「まあ、最近はモンスターがダンジョンの外に出てくることも減ったよね。フリーのDMD操者が増えて、みんなお金稼ぎのためにモンスターを狩りまくるから、外に出てくるほど個体数が増えないのさ。人間の欲望もこういう時は役に立つ。でも、
「戦う……理由?」
「私の住む街がモンスターに襲われた時、近くのマシンベースから複数のDMD部隊が救援に来た。でも、当時はDMD開発にいろんな企業が参入し始めている時期で、モエギみたいな大企業に比べて値段は安いけど品質が低かったり、挑戦的な構造をした実験機みたいなものが出回っていたりと、とにかく戦力として計算しにくい不安定なDMDが平然と使われていたんだ。そして、操者にも未熟な人が多くて、救援部隊は現場に来たはいいけど上手く機能しない状態だったんだ」
DMD発明されて最初の10年は力のある一部の大企業だけがDMDを作っていた。
でも、その次の10年はいろんな思惑が絡み合い、複数の企業がお金稼ぎのためにDMD開発に手を出して……失敗した。
そして、今に至る10年で技術力のない企業は淘汰され、安定期に入ったと教わっている。
「もっと熟練の部隊が来てくれていたら……と考えない日はなかったけど、今は仕方ないことだったと思ってる。そもそもあの時期に熟練の部隊なんて、片手で数えられるくらいしかいなかったからね。それに未熟でも誰かのために頑張って戦う人を私はカッコいいと思っていた……。でも、私の前に現れたDMDは『パパに買ってもらったばかりのDMDに傷がつく』という理由で私の家族を見捨てて逃げたのよ……!」
葵さんはを絞り出すような声で言った。
震える体からは今でも悲しみと怒りが色あせていないことが伝わってくる。
DMDが……生身の人間を見捨てて逃げるなんて……!
これが自分も生身の体なら、命惜しさに逃げ出す気持ちもわからないでもない。
でも、DMDを破壊されたって操者は死なない! 痛くもない!
それにDMDは戦うために存在するんだ。
傷つくこともあるし、汚れることだってある。
それが嫌なら自宅にでも飾っておけばいい!
「そのDMDがどこの所属だとか、どこの企業のものだとかは当時わからなかった。でも、そのDMDにひっついていた取り巻きのDMDたちの媚びるような、ごまをするような態度は今でも覚えている。おぼっちゃまと召使いみたいなそいつらは、一緒にぞろぞろと撤退していった……」
「それって何かの罪に問えないんですか!? 酷すぎる……!」
「一応、私が少し大きくなってから事件の情報を集めて、そのDMDの操者がとある会社の社長の息子だってことは掴んだんだ。でも、肝心の会社が派手に潰れてて経営者一族は離散。まったく足取りが掴めなくなってたのさ。まあ、そんなクソ野郎を育てた会社が潰れてたことにはちょっとスッとしたけどね」
「それでも足りないですよ! やったことに比べれば……!」
「私のために怒ってくれてありがとう。フリーのDMD操者でも人命に関わるような重大な作戦に参加する時は、積極的に人命の保護を行う義務がある。義務を果たさなければ当然罰則もあるけど、『積極的に人命を保護していなかった』と証明するのはなかなか難しいんだよね。私の場合は一時期ショックで記憶が曖昧だったし、ただただ家族を失ったことが悲しくて告発するという考えには至らなかった。あと、さっきも言ったように当時の現場はロクに連携が取れていなかったから、各部隊が孤立していて見捨てるところを目撃していた人もDMDもいなかったんだよね」
「そんな……悲しすぎます……」
止めることが出来ない涙が私の頬を伝う。
葵さんは泣いていないのに、私がこんなに泣いていては……!
「昔は私も泣いてばかりだったよ。でもね、人間ってどんなことでも続けてりゃ飽きるのさ。泣くのに飽きた私はDMD操者になろうと思った。どんな強敵が相手でも『逃げないDMD操者』にね。そうすれば、いつか私みたいにモンスターに襲われた女の子がいても、家族ごとみんな救ってあげられるからさ。まあ、今の私にそこまでの腕前があるかはわかんないけど!」
逃げないDMD操者……。
だから、錯乱してた時も『私は逃げない』と言っていたのか……!
あんな精神状態でも逃げないのはすごいと思う反面、極限まで追い詰められた時に出てくる行動が『逃げないこと』になってしまうほど、葵さんの心の傷は深いんだ……。
「あはは、入院してる恩人のところに押しかけて泣かせるなんて私ダメな人間だね」
「いいえ、そんなことありません……! 葵さんのお話、聞けてよかったです。聞かなかったらきっと葵さんのこと誤解したままだった思います」
「そう? でもね、あんたにキツく当たった私も間違いなく私だよ。あの時の悲しみが完全に消えることはないし、行き場のない憎しみもないわけじゃない。全員が全員悪い奴じゃないと頭で理解しつつも、金持ちのご子息ご令嬢は全員大嫌いだった。だから、ストレスを発散するためにやつ当たりさせてもらってた。つまり過去がどうあれ、私は褒められた人間じゃないんだ。でも、あんた……蒔苗と出会って少しはマシな人間になれそうだよ。金持ちのご令嬢の中にも素晴らしい人間がいるって、頭じゃなくて経験で分かったからさ。もうすべてを恨むのはやめるよ。ちゃんと個人を見極めて……恨む!」
「そうですね、それがいいと思います」
「あれ? そもそも人を恨むのがダメとか言わないの?」
「それは無理だと思いますから。人間は機械のようにキッパリと割り切れません。ムカつく人がいたらイライラすることぐらい普通だと思います。恨まなきゃむしろ人間じゃないです。まあでも、それを安易に口に出すことはやめた方がいいと思います。ほら、ケンカになっちゃいますから」
「蒔苗は大人だねぇ……。高校1年生だとは思えないよ」
「むしろ私は子どもすぎるんだと思います。私は今まで生きてきた中で、あまり強い怒りを感じたこともなければ、そこまで深い悲しみに襲われたこともありません。ただ少し人より寂しさを感じていただけで、平穏で平和な生活を送ってきました。ゆえにただ純粋なんだと思います。純粋だから何か物事の本質を捉えたっぽいことを言いますが、それが本当に本質かはわかりませんよ」
「……私、少し前まで蒔苗のことを突然アイオロス・ゼロを手に入れた棚ぼたラッキー女子高生くらいにしか思ってなかったけど、なんだか色々ありそうだね。平穏で平和だった人生にも、何か特別な意味があるような気がしてならないよ。そこんところの話も詳しく聞いてみたいけど、それはまたの機会にしよう。私ばっかり蒔苗の時間を独占するわけにはいかないからね」
葵さんはそう言って椅子から立ち上がった。
「起きたことを育美さんや友達に連絡してあげて。きっとみんな喜ぶと思うから。それと一応、私の連絡先も伝えておこうかなぁ……なんて。い、嫌ならいいよ?」
「いえいえ、ぜひ教えてください連絡先!」
葵さんの連絡先を
……あ! あったじゃん私のDphone!
いつの間にか掴んでたし、体の横にでも置いてあったのかな?
このDphoneはダンジョン由来の技術を使っている次世代スマートフォンだから、体の下に敷いて体重をかけたり、少々高いところから落としたりしても傷はつかない。
画面がすごい綺麗で動作も超サクサク。
バッテリーの駆動時間はとっても長くて、通信も常に安定している。
昔のスマホは1日から2日程度使っただけで充電が切れたし、アプリを起動するとみるみる本体が熱くなった……みたいな話を聞いたことがある。
あと結構
今を生きる私たちからすれば、それはとっても不便だと思う。
ダンジョンは悲劇を生むこともあるけど、もたらす恵みも大きい。
それに新しいダンジョンが出現し続ける限り、危険だからといって今存在するすべてのダンジョンを抹消してその恵みを断つわけにはいかない。
ダンジョンから得る力がなければ、ダンジョンとは戦えないからだ。
人類はこの危険な隣人とうまく付き合わないといけない。
それを実現するのが私たちDMD操者なんだと思う。
「……ほい、登録完了! メッセージはいつでも送ってくれて構わないからね。流石に出撃中は返事出来ないけど」
「はい、わかりました!」
「じゃ、今日はこの辺でバイバイ。お大事に」
葵さんが病室を出ようと扉に手をかける。
その背中に私はこう言った。
「また、一緒に戦いましょう! 私には葵さんの力が必要です!」
葵さんは振り返らず、背中をこちらに向けたまま手を振り、病室から出ていった。
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