-39- 自分の力

 ハッチまで戻れば、後は自動でドックに機体を運んでくれる。

 ブレイブ・リンクを終了し、アイオロス・ゼロから生身の肉体へ意識を戻す。

 待機と言われたので、カプセルから出た後は椅子に座って待つ。

 育美さんたちはすぐにやってきた。


「お疲れ様! 5人で話すのにここは手狭だし、談話室に行こうか」


 案内された談話室は土曜日ということでそれなりに人がいたが、元々広い空間が確保されているだけあって、ごちゃごちゃした感じはしなかった。

 私たちは大きめのテーブルを選び、ふかふかの椅子に腰を下ろした。

 育美さんが人数分の飲み物を買ってくる間、話題は当然さっきのテストの話になった。


「いやぁ、すごかったなぁ姫。私たち面食らっちゃって、あんまり話しかけられなかったわ」


「わたしもいっぱいいっぱいだったから、話しかけられても答えられなかったと思うし、お互い様よ」


「蒔苗はいつからあんな動きが出来るようになったの? DMDを操縦すること自体、お葬式の後から始めたことなんでしょ?」


「うん、みんなに話した通り、お葬式の後にアイオロス・ゼロを受け取ってそれからって感じ。いつからあんな動きが出来るようになったかって聞かれると……今日からかな? 先週の土曜日のテストでは今回ほど動けてなかった気がするし、特に銃に関しては素人だったと思う」


「でも、DMDに触れて1週間であんなに上手く操縦出来るようになるものなのかな? 私、DMDに関してちょっと調べて見たんだけど、自分の体のように動かせるようになるまで最低でも1か月、3か月や半年かかってもおかしくないみたいなことが、いろんな企業のページで書かれてたけど……」


「うむむむ……。そう言われても、これは本当のことだし……。みんなに黙って萌葱家の英才教育とか受けてないし……」


「まあ、確かに姫は自分があの萌葱一族だとも知らされずに生きてきたわけだしなぁ」


「でも、アイオロス・ゼロが遺贈された以上、萌葱一族側は蒔苗の存在を把握していたってことよね~。もしかしたら、あっちは蒔苗のDMDを操る才能にも気づいていたのかも」


「ただ、もしなんらかの方法で蒔苗ちゃんの才能を把握していたのなら、もっと自然な方法で事情を話して、しっかりとした教育を受けさせている気もする……。なのに現実はまったくの逆で、お葬式まで萌葱家との関わりは完全に断たれていた……」


「というか、今も私と萌葱家の関わりってあんまりないのよねぇ。親戚から電話がかかってくるわけでも、手紙が送られてくるでも、訪ねてくるわけでもなし。本当に日常生活の中にアイオロス・ゼロが入って来ただけで、それ以外はまったく変化がないっていうか」


 考えれば考えるほど、謎が多いなぁ私って!

 萌葱家も萌葱家で、なにを考えているのかまったくわからない。


「……まっ、今気にすることでもないか! 確かなのは我らの萌葱蒔苗姫が才能あふれるDMD操者だってことだけ! アイオロス・ゼロには謎が多すぎるけど、あの機体は姫のために用意された機体だって、見てるだけの私も思ったくらいだし、なにも気にせず存分に使わせもらえばいいってことよ!」


 芽衣が良い感じに話を締めくくったところで、育美さんが5本のジュースを抱えて戻ってきた。

 それを飲みつつ、今度は私が燐光風穴と潮騒砂宮を探査した時の映像を見ることになった。


「モンスターと戦うシーンが多めだから苦手な人は言ってね。一応これは編集版だから、極端に危ないシーンはカットしてあるけど」


 愛莉たちは『あ、大丈夫です』と返事をした。

 ……実は私が一番そういう系の映像が苦手なんだけど、戦ってる最中は夢中でまったく気にならないから不思議だ。


「じゃ、再生するよ」


 最初は燐光風穴の映像だ。

 アイオロス・ゼロが録画した映像なので、視点は完全な1人称だ。

 私が探査した時と同じ目線を愛莉たちも体感している。


 ……これ、ちょっと恥ずかしいな。

 幼い頃の姿を映したホームビデオを見られているようなむずがゆさがある。

 ただ、そういった感覚もオーガたちとの戦いのシーンになると消えた。

 目まぐるしいほどの動き……私がやったのに私の目で追えない!


 でも、そんなことはみんなに言えない。

 隣で小さく『すごい……』とか『カッコいい……』とか小さくつぶやいて、私のことを尊敬のまなざし見てくれる友達の前では、自分でもなんだかわからないとは言えない……!


 映像が潮騒砂宮のものに切り替わる。

 黄堂重工のDMDたちが映ったところで芽衣が『おっ』と声を上げた。


「あれ、グラドランナじゃない!? 黄堂重工社長令嬢専用機の! でも、あの機体ってあんまり黄堂重工製って感じがしないんだよねぇ」


 ……やはり見る人が見ればわかるか。

 蘭のお父様も隠し通すのにそれはそれは苦労したんだろうなぁ。

 でも、もうその必要もない。

 今頃、蘭はどうしてるかな~。


 なんて思っているうちに、映像は透明化するイカ……『トウカイカ』との戦闘に差しかかった。

 ちなみに『トウカイカ』という名前は発見者である私が休養中につけた。

 モンスターの特徴を捉え、短く、他の操者にも使いやすい、私にしては良いネーミングだと思う。

 攻撃に使う電気に関することも盛り込みたかったが、あえて断念した。


 あと、燐光風穴で発見した黒いオーガは『ブラックオーガ』と名付けた。

 まあこっちは灰色のグレイオーガの上位種だし、自然とこういう名前になった。


 さて、その『トウカイカ』だけど……やっぱり倒し方がわけわからん!

 映像ではダンジョン内部の空気感が伝わらないとはいえ、見えない触手に剣を投げて攻撃する様は奇怪の一言。

 いやぁ、自分を客観視するって大事だなぁ。

 確かにこんな戦闘見せられたら『萌葱蒔苗はすごい奴』って思ってしまう。

 育美さんや蘭が私を特別扱いする理由がわかった気がした。

 そして、愛莉たちも……。


「姫……いや、姫様! 有事の際は何卒なにとぞ我らをお守りください!」

「頼りにしてるよ~。蒔苗なら世界も救えるって」

「なんか……嬉しいな……。蒔苗ちゃんがこんなにイキイキしてるなんて……。本当にやりたいことが見つかったんだね……」


 芽衣と芳香の反応はおおむね予想通りだけど、愛莉はなぜか少し涙ぐんでいる。

 それだけ長い間心配かけたってことかな……。


「大丈夫、みんな私とアイオロス・ゼロが守るよ」


 その後もマシンベース見学は楽しく進んだ。

 施設内をぐるっと見て回ったり、食堂でご飯を食べたり、DMDシミュレーターで愛莉たちが操縦を体験する様子を見守ったり……。

 本来休養明けの土曜日はダンジョンの探査に出かける予定だったけど、いろいろあってこういう日になった。

 私はそうなって良かったと思う。

 これもまたアイオロス・ゼロが私に与えてくれた大切な時間だ。


 でも、毎日楽しんでばかりもいられない。

 アイオロス・ゼロは……戦うための機体だから。

 日が沈んで、日が昇って、長い戦いの日曜日が始まる。

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