-34- 秘密の話を

「モエギ・コンツェルン……?」

「萌葱大樹郎……?」

「孫……?」


 3人とも目を見開いている。

 流石の芽衣も視線がこちらを向いている。

 そりゃ驚くよね……。

 私だって初めて聞かされた時は、なかなか受け入れられなかった。


 頭をよぎるのは、蘭の言葉……。

 本物のお嬢様になった途端、周囲の人たちの態度が変わる……。

 でも次の瞬間、3人は思わぬ言葉を発した。


「よ、よかった~」

「ギリギリ想像の範囲内だったわ!」

「もっと深刻なことじゃないかって、私心配で心配で……」


 ホッとしたような表情の3人は体の力を抜き、ぐでーっとしている。

 予想外の反応にどうしたらいいのかわからない。


「そのぉ……あんまりビックリしない感じ?」


 思わず質問してしまう。

 それに素早く反応したのは芽衣だった。


「そりゃビックリだって! 想像してたと言ってもその根拠は名字が一緒だからとか、お葬式の時期が被ってるなとか、そんなレベルだったから本当に当たってるとは思わなかったよ! でも、この想像は当たってたら嬉しい想像だから、まずはそれを喜んでるの! いくらでもネガティブな想像は出来たからね!」


 芳香と愛莉が芽衣の言葉に同意するようにうんうんとうなずく。

 そして、次に芳香が口を開く。


「蒔苗が良い方に変化してるのはすぐにわかったんだけど、その理由がハッキリしなくてみんな心配してたんだ。いろいろあったし、空元気からげんきで良く見えてるだけかもしれないしね。でも、蒔苗があの迷宮王・萌葱大樹郎の孫とはなぁ~。まあ、まったくイメージできないわけじゃないよね。蒔苗には昔から独特のオーラがあったから、只者ただものではないと思ってたよ」


 芽衣が合いの手のように『姫は本当に姫だったわけだ!』と言っている。

 確かに迷宮王の孫なら、姫を名乗る資格がないわけじゃないか。

 つまり、私は迷宮姫? それとも迷宮王女?

 ……うーん、やっぱり迷宮王が一番カッコいいな。


「蒔苗ちゃん」


「は、はい!」


 愛莉が真剣なまなざしで私を見ている。

 思わず背筋がピンとする。


「まずは……その、いきなり押しかけてごめんね。悪いとは思ったんだけど、蒔苗ちゃんのことが気になって仕方なくて……」


「ううん、いいのよ。元はと言えば私が本当のことを言わなかったのが悪いし。それにまだ決心がついていなかったとはいえ、ごまかすためにみんなに嘘もついちゃった。ごめんなさい」


「うん……。私、本当のことが聞けてとっても嬉しい。それに蒔苗ちゃんは1人じゃないんだって、わかったことも嬉しい。中学生の頃から蒔苗ちゃんは1人暮らしで、授業参観だって誰も来なくて、私には家族がいるのにどうして蒔苗ちゃんだけこんなに寂しい想いをしないといけないのって、ずっと……ずっと思ってたから……」


「いつも心配してくれてありがとう、愛莉。私もずっと1人だと思ってた。愛莉がいて、芽衣も芳香もいるのに、空っぽでなにもない人生だと思ってた。でも、それは違うって今ならわかるよ」


「そう言ってくれるとすごく嬉しい……。でも、私たちは家族じゃないし、大人でもないから、蒔苗ちゃんにもしものことがあった時、出来ることにも限界がある……。だから、蒔苗ちゃんのことを支えてくれる大人、それも血縁者の人がいれば安心だなって思ってたの」


 愛莉は育美さんを見る。

 育美さんは少し酔いがめて状況を理解したのか、目立たないように縮こまっていた。

 ばつが悪そうな顔をしているのは、ここを自分の家と勘違いして玄関を開けてしまったことを気にしているのかも。


 なにはともあれ、育美さんは支えてくれる大人ではあるけど、血縁者ではない。

 それをみんなに話せば、話題はDMDへと移っていくことになるだろう。

 私の変化とDMDは切っても切れない関係にある。

 ごまかすことなく、真実を話そう。


「みんな、私の隣にいるこの人は親戚ではないの」


 3人がより一層目を見開く。

 なんか、私が萌葱大樹郎の孫って言った時より驚いてない……?


「じゃあ……!?」

「誰……!?」

「なの……!?」


「名前は若草育美さん。首都第七マシンベースで主にDMDの整備を行っているメカニックさんで、私とは……」


「若草育美さん!? 東桜とうおう工業大学の新工業学部を主席で卒業したあの若草育美さん!?」


 芽衣が変な食いつき方をした……!

 バンッと机を叩いて立ち上がり、前のめりになって育美さんに顔を近づける。

 育美さんはおろおろしながら問いに答える。


「そ、そうね……。私で間違いないと思うわ」


「うわぁ! こんなところで会えるなんて光栄です! 私も桜工大おうこうだいの新工業学部志望なんです! まだ高1ですけど!」


「えっ!? 芽衣の志望校とか、志望学部とか、初耳なんだけど……!」


「えへへ……。だって、桜工大は偏差値高いし、なかなか人前で行きたいと言える自信がなかったからなぁ。でも、桜工大新工学部きっての天才である育美さんの前で言えば、ご利益りやくがあるかなぁ~なんて!」


 芽衣にこんな一面があったとは……。

 確かに理系科目は得意にしているし、普段から機械とかDMD関係に興味がありそうな感じはしてたけど、志望校の卒業生に会っただけでこんなに喜ぶなんて驚きだ。

 まあ、育美さんのことだからただの卒業生ではないんだろうけどね。


「でもさぁ姫。このグラマラスなお姉様が育美さんとわかったところで、姫との関係は全然見えてこないんだけど。だって今の育美さんはマシンベースで働いてるわけだから、モエギ・コンツェルンとのかかわりは薄いわけじゃん? 学生時代はインターン生として活躍した逸話が残ってるけどさ」


「私と育美さんの関係は……DMD操者とその担当メカニックよ。私はお爺ちゃんの葬儀の後に行われた遺言書の読み上げで、アイオロス・ゼロというDMDを相続……じゃなくて遺贈だったかな? まあ、とにかくDMDを受け継いだの。それを使って今はダンジョンを探査してモンスターと戦ったり、人から受けた依頼をこなしたりしてる感じね」


 まあ、依頼をこなしたのは1回だけだけど、嘘は言っていない。

 これからも依頼をガンガンこなしていく予定だしね。

 なんて、自分に言い訳している間に、愛莉たちの表情はどんどん変化していった。


「アイオロス・ゼロって……あの萌葱大樹郎専用機と言われた最強のDMDアイオロスの兄弟機かなにかなのか!?」

「遺産を相続……! くっ、不謹慎だけど凡人にとっては妙に高揚感を覚える言葉……! しかも迷宮王の遺産って響きがもう……!」

「ま、蒔苗ちゃんが私の知らないところでモンスターと戦ってたなんて……」


 目を輝かせたり、うっとりしたり、泣き出しそうだったり……。

 愛莉たちは三者三様のリアクションを私に見せてくれる。

 本当のことを話したら、よそよそしくなるどころか、もっとみんなとの距離が縮まったような……そんな気がした。

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