-33- サプライズパーティー

 愛莉たちが家にやってくる前――。


「ただいまー」


 誰もいない家に帰宅を報告しつつ、スーパーで買ってきた品物をリビングへ運ぶ。

 育美さんが食べ物や飲み物を買ってきてくれるとはいえ、お招きする側の私がなんの準備もしないわけにはいかない。

 料理用の食材の他にちょっとだけお菓子やジュースも買っておいた。

 これで第1段階はクリアと言っていいわ。


「ちょっときゅうけ~い」


 ソファーにぐでーっと寝転び、少しだけ休んだ後、第2段階……料理に取りかかる。

 私は1人暮らしがそれなりに長いけど、そんな複雑な料理は作れない。

 一番自信がある料理は、お母さんも得意にしていた鳥の唐揚げ……。


 ということで、まずは鳥の唐揚げを作る準備を始めよう!

 エプロンを着け、油を準備し、朝からタレに漬けておいた鶏肉を冷蔵庫から取り出す。

 後は衣をつけて揚げるだけ……ということろで、私はハッとした。


「今から揚げたら冷めちゃうじゃん!」


 育美さんからの連絡はまだないし……って、あ!

 料理の準備をしている間に育美さんから『今から行くよ!』って連絡が来てる!

 少し前のことだから、この調子だとそろそろ……。


《ピーンポーン!》


 予想通りインターホンが鳴った。

 応答する私の耳に聞こえて来たのは、紛れもない育美さんの声だった。

 すぐにロックを開け、マンションの中へと招き入れる。

 そして私は玄関の前で待機だ!

 2回目のインターホンが鳴ると同時に、私は玄関を開け放った。


「ようこそ! 育美さん!」


「おおっ!? もしかして玄関の前で待っててくれたの? ありがとう、蒔苗ちゃん」


「いえいえ! ささっ、どうぞどうぞ!」


「お邪魔しまーす!」


 育美さんをリビングへ案内し、その両手に持った袋をテーブルに置いてもらう。

 かなりずっしりしてるけど、まさかこれ全部パーティー用……?

 まあ、残ったら2人で分けてまた後日食べればいいか!


「準備は私がしますから、育美さんはくつろいでてくださいね」


「いやいや、買ってきたものをテーブルに並べるくらいはするわ。ただ、料理に関してはてんでダメだから……蒔苗ちゃんにお任せします!」


「はい! 頑張りますね!」


 早速、準備万端の鶏肉を油へ投入していく。

 ん~、やっぱり揚げ物の音ってたまらないなぁ!

 この音を聞くだけでお腹が空いてくる!


「蒔苗ちゃんって揚げ物作れるんだ……」


 育美さんがキッチンにやってきて、恐る恐る油の入った鍋を覗き込む。

 そして、小さな声で『すごい』とか『美味しそう』とかつぶやく。


「後片付けが少し面倒ですけど、揚げ物自体はそんなに難しい料理じゃないと思いますよ」


「へぇ~、そうなんだぁ……」


「あんまり近づくと跳ねた油でやけどしますよ」


「あっ、危ない危ない……! ついついこの音に引き寄せられちゃうのよね~」


「ふふっ、気持ちはわかりますけどね」


 天才と呼ばれる育美さんにこんな一面があるなんてなぁ~。

 油の中でじゅわじゅわしてる鶏肉を食い入るように見つめる姿は、小っちゃい子どものようでとってもかわいい。


「揚げたての奴……味見していい?」


「いいですよ。熱いから気をつけてくださいね」


「じゃあ、いただきまーす! ……熱っ! でも美味しい!」


 その後も育美さんは唐揚げを何個かつまみつつ、私が料理する姿をずっと見ていた。 

 お弁当に入れるような簡単な料理しか作れないけど、こんなに反応してくれるのはなんだか嬉しい。

 特に卵焼きを巻いてる時なんかは反応がすごくて、『上手い!』とか『そんなに巻けるもんなのね……』とか『私ならぐちゃぐちゃにして済ませちゃう』とか耳元でつぶやいていた。


 実は私の卵焼き成功率は70%くらいで、たまに失敗しちゃったり、ぐちゃぐちゃのスクランブルエッグ風にして済ませちゃったりするんだけど、今日はかなりの出来栄え!

 育美さんの前で良いところを見せられた。

 そんなこんなで、すべての料理がテーブルに並び、コップにジュースがなみなみと注がれ、乾杯の準備は整った!


「では、蒔苗ちゃんの大活躍を祝うと共に、これからもさらなる活躍を願って……乾杯!」


「かんぱーい!」


 ジュースをグイッと飲み、パーティが始まった。

 最初はお互いお腹が空いていたので出来立ての料理を食べることに集中し、会話が少なくなるという不思議な流れになったけど、徐々に落ち着いてくると話もはずんできた。

 そんな中、私は育美さんがお酒ではなくジュースを飲んでいることに気づいた。

 テーブルの上には育美さんが買ってきたお酒が手つかずのまま放置されている。


「育美さん、お酒は飲まないんですか?」


「ああ……飲もうかなと思って買ってきたんだけどね。蒔苗ちゃんに酔っぱらってるところを見られるのが恥ずかしくて、ちょっと怖気づいてるのよ」


「そんな! 別に私は気にしませんよ!」


「……そう? じゃあ少し飲んじゃおうかな?」


「遠慮せずにどうぞどうぞ! あ、そうだ! 確かお母さんが使ってたタンブラーがどこかに……」


 食器棚を漁り、奥にしまわれていたタンブラーを取り出す。

 うん、綺麗に洗ってあるから、目立った汚れはない。

 これをもう1回しっかり洗って、水を拭き取れば……よし!


「そうぞ、使ってください!」


 育美さんはタンブラーを受け取り、ジーッとそれを見つめる。

 その瞳からは複雑な感情がうかがえた。


「ご、ごめんなさい……。別のにしますね……」


 思わず謝ってしまった私に、育美さんが慌てて声をかける。


「あっ、いやっ、このタンブラーが気に入らないってわけじゃないのよ!? ただ、七菜さん……蒔苗ちゃんのお母さんが大事にしてたものを、私なんかが使っていいのかなって……」


「お母さんは見た目に似合わず豪快な人ですから、細かいことは気にしないと思います。むしろ自分のお気に入りのタンブラーが使われないまま放置されてる方が気に入らないかも」


「……うん、大事に使わせてもらうわ」


「どーぞどーぞ! 私が注ぎますね!」


 缶を開けてお酒をタンブラーにそそぐ。

 お母さんはタンブラーに入れるとお酒がより美味しくなるとか言ってた気がするけど、本当なのかな?


「おっとっと……ありがとう。いただきます」


 育美さんはお酒をグイッと一気に飲み干した。

 口をつける前はまた複雑な瞳の色をしていたけど、飲み干した後はいつもの育美さんのほがらかな笑顔に戻っていた。


「ささ、もっとどうぞ!」


「うふふっ、蒔苗ちゃんにそう言われると、いくらでも飲めちゃいそうよ。でも、普段は少ししか飲まないタイプだから、酔いすぎるとどうなるかわからないのよねぇ」


「お酒、弱いんですか?」


「うーん、それもよくわからないのよねぇ。仕事中は当然飲まないし、明日の仕事に響きそうな時も飲まないから、そもそも酷く酔った経験がないのよ。ただ、苺先輩に誘われて飲みに行く時はそこそこ酔ってるかな? でも、苺先輩は早い段階で悪酔いするタイプだから、面倒を見るために私は酔いすぎないように気をつけてるし……」


「自分でもよくわからないから、酔ってるところを見られるのが恥ずかしかったんですね」


「そうそう、そういうことねぇ。まあ、体は大きいから許容量も大きい気がするけどねぇ」


 そうは言うものの、育美さんはすでに結構酔っている気がする。

 タンブラーが空になった瞬間、次をそそいでる私が悪い気がするけど、なんだかお母さんにお酒をそそいでた時を思い出して調子に乗ってしまった。

 お母さんはかなりお酒に強かったけど、育美さんは……。


「ちょっとお手洗いに行ってくるねぇ……」


「だ、大丈夫ですか? 場所は……」


「家に来た時に見てるから大丈夫よぉ~」 


 足取りはしっかりしているからまだ大丈夫そうだけど、これ以上はダメね。

 後は料理を食べてもらおう……と思ってたら、料理もかなり減ってるんだけど!

 焼き肉とかマシンベースの食堂では私より少し食べる量が多いくらいだったのに、今日はすごい食べてるなぁ育美さん!

 もしかして、これが育美さんにとっての普通……?


《ピーンポーン!》


 その時、インターホンが鳴った。

 誰だろう? ここ最近はネットで買い物もしていないし、宅配ではないはず。

 とりあえず、出てみないとね。


「はい、萌葱です」


『蒔苗ちゃん、愛莉だけど……』


「愛莉……!? ど、どどど、どうしたの? あっ、なにか用事かな?」


 まさかの愛莉……!

 彼女が連絡もなしに尋ねてくることは珍しい!

 一体どうして……。


『そのぉ……私だけじゃなくて芳香ちゃんも芽衣ちゃんもいるんだけど……。みんな蒔苗ちゃんに会いたくなって来ちゃったんだ』


「……そうなのね。ありがとう、嬉しいわ。今開けるから上がってきて」


 訪ねて来た理由は……1つ。

 みんな私の変化を察知したんだ。

 だから、その変化の理由を知りたくてここまで来た。


 正直に話さなかった私が悪い。

 こうなったら、ここですべてを伝えるまでよ!

 大丈夫、きっと愛莉たちは真実を知っても変わらない。

 でも、やっぱり緊張しちゃう……!


 ちょうど育美さんもいるし、私の話が悪い冗談と思われる可能性は低いと思うけど……って、そうだ育美さんがいるんだ!

 酔っぱらって服も乱れてる育美さんを見られたら、変な誤解をされるかも……!

 ここはまず私が玄関で話をして、その後育美さんに会ってもらうってことに……。


《ピーンポーン!》


 二度目のチャイム、愛莉たちが玄関の前まで来た証拠!

 いざ、玄関へ……!


「はいはーい! 今開けまーす!」


 ……!? 育美さんの声!?

 まさか、酔って自分の家と勘違いしてる!?

 まずい! リビングよりトイレの方が玄関に近い……!


「育美さん、ちょっと待って……! あ……!」


 時すでに遅し。

 育美さんは玄関を開け、愛莉たちの目の前に立っていた。

 芳香と芽衣は育美さんに目を奪われているけど、愛莉だけは私を真っすぐ見つめていた。

 もはや嘘もごまかしも不要……!


「みんな、来てくれてありがとう。なんでこうなってるのかを順を追ってすべて話すわ」


「……わかったよ、蒔苗ちゃん」


 愛莉たちを連れ立ってリビングへ向かう。

 椅子は4つしかないので、私はテーブルのそばに立ち、背筋をピンと伸ばす。

 不思議な空気の中、最初に声を上げたのは……芽衣だった。


「姫、単刀直入に聞くわ。どうやったらこんなグラマラスな美女を自宅に連れ込めるんだ!?」


「聞くところそこかい!」


 芳香の素早いツッコミが入る。


「でもさあ芳香よ! この状況で一番気になるのそこじゃない!?」


「確かにこのいろいろおっきいお姉さんのことは気になるけど、それはお姉さんの正体が気になるのであって、連れ込み方を聞くのは後で良くない?」


「いーや! 私はどうやってボインボインの美女と知り合ったのかをまず知りたい!」


「その情熱には恐れ入るわ~。でも、正体が明かされれば、おのずと出会い方も見えてくるものよね~?」


 芳香が意味深な目で私を見る。

 愛莉はまっすぐに私を見つめ、言葉を待っている。

 芽衣は育美さんの胸を見ている。

 ……真実を話す時が来た。


「みんな、実は私……モエギ・コンツェルンの創始者、萌葱大樹郎の孫だったの」

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