-17- 黄堂の蘭

「失礼、あなたもDMD操者ですの?」


 お嬢様……黄堂蘭おうどうらんは私に話しかけてきた!

 青い瞳の目力がすごい……!

 名前は日本人っぽいけど、外国の人なのかな……?


「ええ、まあ……はい」


「あら、そう。お名前と年齢と職業は?」


「名前は萌葱蒔苗です。年齢は15で、職業は……メインは高校生ですかね」


「ふむふむ、萌葱蒔苗ねぇ……って、モエギ!? あの萌葱一族!?」


「はい、そうなんです」


「つまり、本物のお嬢様……ってこと!?」


「あ、まあ、そう……なるのかな?」


「ヒィィィィィィィィィーーーーーーッ!!」


 蘭は白目をむいてのけぞる。

 そうか、本物の萌葱一族となれば、世間的にはかなりのお嬢様になってしまうのか!

 こりゃ、学校では絶対にバラせないな……。


「……ハッ! わたくしとしたことが、取り乱してしまいましたわ。これではまるで、わたくしが偽物のお嬢様のようではないですか。そんなことはありませんのよ……」


 蘭は頭を振ってふーっと息を吐く。

 金髪の縦ロールが動きに合わせて揺れる。


「ふふっ、なにはともあれ、これで解決ではありませんか。突如として萌葱一族の中に現れ、アイオロスをかっさらった『ゼロの継承者』ともなれば、わたくしのDMDの1機や2機……回収出来て当然ですわよね?」


「ぜ、ゼロの継承者?」


 なにそのカッコいい異名!

 世間では私ってそう呼ばれているのか!

 というか、私のウワサって普通に広まってるの!?


「萌葱蒔苗さん! 今ここでダンジョンで破壊されたわたくしのDMDの回収を依頼しますわ!」


「ちょっと待ってください! アイオロス・ゼロに大きな物を運搬する能力はありません! 戦うことは出来ても、DMDの回収なんて無理です!」


「それもそうですわね。他社のDMDは非力で困りますわ。うーん……なら、こういうのはどうでしょう? これから蒔苗さんには問題のダンジョンに向かってもらい、DMDが破壊された原因を探ってもらう。そして、原因を突き止め、解決出来次第、わたくしたちが回収用DMDを送り込む。これなら、あなたにも出来るのではなくて?」


 確かに機動力に優れるアイオロス・ゼロは調査に向いている気がする。

 危なくなったら素早く逃げればいいからだ。

 そして、逃げ帰ってきたアイオロス・ゼロが持っている映像や音声の記録を確認すれば、原因を突き止められるかもしれない。


 とはいえ、DMDが破壊された原因がまったく不明なのだから、逃げ足が速いからといって必ずしも安全とは言い難い。

 受けるとなると、かなりリスキーな依頼だ。

 ただ、どうしてこんなことになったのか、すっごく気になる!

 自分の目で真実を解き明かしたいという欲求がすごくある!


「報酬ははずみますわ! 私の愛機グラドランナちゃんさえ回収出来れば、それこそDMDがもう1機買えるほどのマネーをお約束しますわ!」


「DMDがもう1機買えるほど……!?」


 DMDって安くても数千万、高ければ億っていう世界じゃないっけ……?

 いや、でも彼女の会社のDMDは価格を抑えてそうだし、貰えても一千万前後くらい……?

 それでも全然大金じゃん!


「育美さん、どうしましょう……」


「蒔苗ちゃんの仕事を決めるのは当然蒔苗ちゃんよ。私はどちらを選んでも文句は言わないし、蒔苗ちゃんの選んだ道を全力でサポートするわ」


「……わかりました。その依頼、受けさせてもらいます」


 蘭の顔が、ぱあっと明るくなる。

 この笑顔からは子どもっぽい無邪気さを感じた。


「まあ! ありがとうございます! ……じゃなかった、まあ、お手並み拝見といきましょうか。せいぜい頑張ることですわね! オーホッホッホッホッ!!」


 お嬢様の代名詞たる高笑いが響き渡る。

 流石の喉だ……。あれだけ叫んでも枯れる気配がない。

 蘭は笑いながら食堂を後にした。

 その後もしばらくは廊下からずっと笑い声が響いていた。


「この依頼、受けたくなるのもわかるよ。謎が多すぎて自分の手で解き明かしたいと思ったでしょ?」


「育美さんはお見通しですね。もちろん報酬も魅力的だったんですけど、どうしてこんなことになったのかが、気になって気になって。それを自分の目で確かめられるなら、こんな面白い依頼はないなって思っちゃいました。仕事を受ける理由としては不純ですよね……」


「ううん、そんなことないわ。DMD操者はいわばダンジョンという名の未開の地を突き進む冒険家だからね。好奇心だって、戦う原動力になるわ。まあでも、仕事として受けたからには、全力をもってこれにあたる必要があるわね。アイオロス・ゼロを破壊させるわけにもいかないし」


「はい! 早速、準備に取り掛かりましょう!」


「その前に……カレーを食べないとね!」


「あっ! いけない、すっかり忘れてました! 冷めちゃって……ないですね。結構長話だった気もするんですが……」


「話してた時間はそんなに長くないわ。でも、体感時間はすっごく長いって、あそこでぐったりしてる私の先輩も言ってたわ」


 育美さんがテーブルに突っ伏している赤いツナギのメカニックさんをチラッと見る。

 あの人が育美さんの先輩……先輩!?


「かなりお若そうですけど、先輩なんですか……?」


「うん、天井苺あまいいちご先輩。あれでも30手前のお姉さまよ。実力は確かだし、明るくていい人だから、仲良くしてあげてね」


「わ、わかりました」


 苺先輩は疲れからかピクリとも動かない。

 ……あっ、頭だけ動いた!

 その目が育美さんの背中を凝視している!


 なんというか、面白い人ばっかだなぁ……このマシンベース。

 育美さんが職場に入り浸る理由が少しわかった気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る