-16- 食堂の乱

「蒔苗ちゃん、これから食堂に入るけど……この声の主とは目を合わせない方がいいわよ」


「は、はい……」


 一体なにがいるというのだろう……。

 私は育美さんの体の陰に隠れるようにして食堂へと入った。


「どーして! わたくしのDMDが! 回収出来ないんですの!?」


「だから、何度も説明してるじゃないですか。依頼を受けられるDMD操者がいないんですって」


 声の主はすぐに判明した。

 食堂のど真ん中のテーブルで、黒いスーツの男たちを従えた少女が叫んでいる。

 そのヘアースタイルはマンガやアニメでしか見たことがないような金髪の縦ロールで、服装もいわゆるロリータファッション。

 一言で言うなら……『ザ・お嬢様』だ!


「これだけ大きなマシンベースに1人もDMD操者がいないなんて信じられませんわ!」


「いるにはいますよ。でも、企業や国に所属していないDMD操者は個人事業主ですんで、緊急時でもない限り仕事を強制することは出来ないんです」


「薄情な……っ! これだけ報酬をはずんでいるというのに誰も助けてはくれませんの!?」


「それは依頼に不透明な部分が多いからですよ。DMDが7機も破壊されているのに、周囲にモンスターの姿は見えず、そもそもなぜDMDが動かなくなったのかも不明。これでいきなり現場に向かえと言われても、しり込みしますって。DMDが破壊されたら収入を失うのがフリーのDMD操者なんですから」


「キィィィィィィィィィーーーーーーッ!!」


 またあの奇声だ!

 しかも、ハンカチを噛んで引っ張っている!

 すごい! ここまでお嬢様っぽい人初めて見た!


「蒔苗ちゃん、離れた席に座りましょ」


「あ、はい」


 正直ずっと見ていたいけど、致し方なく離れた席に座る。

 まあ、この席からでも彼女の顔は見えるし、声なんて全然聞こえるか。


「なに食べる?」


 テーブルそのものが画面となり、そこにメニューが表示される。

 注文から支払いまでテーブルで完結する最新のシステムを導入しているとは、流石マシンベースだ。


「えっと~、カツカレーにします。戦うためのエネルギーが欲しいので!」


「起きて1食目からカツカレーとはなかなか元気ね。せっかくだし私も同じのにするわ」


 育美さんが私の分も含めて注文と支払いを行おうとする。

 昨日に続き奢ってもらうのは申し訳ない。

 ここはせめて自分の分だけでも払うと言わなければ……。


「あの……」


「キィィィィィィィィィーーーーーーッ!!」


 奇声のせいで言葉が引っ込んでしまった!

 くぅ……喉が強すぎる……!

 距離を取っても耳元で叫ばれている気がする声だ!


「あの……今日も奢ってもらってすいません育美さん」


「気にしなくていいのよ、蒔苗ちゃん。私といる時はね」


「ありがとうございます。それで、その……あのお嬢様は誰なんですか?」


「……黄堂蘭おうどうらんちゃん。最近急速に伸びてきた黄堂重工のご令嬢よ」


「黄堂重工……?」


「元々は建設機械の製造販売を行っていた企業なんだけど、ここ数年は独自に開発したDMDの販売も行っていて、それが大当たりしたのよ。『誰にでも動かせるDMD』をコンセプトにした機体は、今までDMD操者として適性がないとされてきた人間にも動かしやすくて、他の企業では獲得出来ない新たな客層を独占してる……って感じね」


「適性がない人にも動かせる……。つまり、脳波が弱くても動かせるってことですか?」


「そうではなくて、世の中には脳波の強さは十分でも、自分の意識とDMDが上手く一体化しなかったり、拒否反応が出る人もいるの。つまり、黄堂重工のDMDは拒否反応が出にくいことに加えて、単純に操縦もしやすいってことね」


「なるほど……。敷居を下げて、新規ユーザーを上手く呼び込んだってことですね」


「その通り! ただ、敷居を下げた分、性能が下がってる部分もあるのよ。そういう意味では、この会社のDMDはアイオロスシリーズと真逆のコンセプトで作られてると言えるわね」


「アイオロスの逆……ですか?」


「うん。アイオロスシリーズはあのスピードを生かすために操者との一体感が大事になる。DMDが自分の体だと自然に思える必要があるの。それに対して黄堂重工のDMDは、脳波を使ってラジコンを動かしている程度の感覚でも動かすことは出来るし、戦うことも出来る」


「それは確かにお手軽ですね……!」


「その代償として反応速度は鈍く、近接戦闘はまったく出来ないと言ってもいいわ。重機の技術を転用したことから生まれる重量と頑丈さ、積載量を生かし、たくさんの射撃武器を積み込んで、敵に対して遠距離攻撃を仕掛けることが基本戦術になる感じね」


「それは……金銭的にはお手軽じゃないですね」


「確かにそう! とはいえ、そもそもDMDは出撃するたびにある程度はお金がかかるものだし、1体の敵に対してすべての弾薬を使うわけではないから、よほど下手な使い方しない限り赤字にはならないわ。それに欠点である反応速度の鈍さを補うために装甲は厚くしてあるし、機体構造が非常にシンプルだから整備性も良好なの」


「壊れにくく、直しやすい機体ってことですね」


「そゆこと! 明確な欠点はあるけれど、明確な強みもある。なにより自社のDMDにしか実現出来ない手軽さがある! 商品としてこれほど優れた機体はないかもね。逆にアイオロスはとにかく高性能を求めた機体だからコストは度外視しているし、使いこなせる人もそう多くない。だから、売り物としては微妙だけど、選ばれし人間が使えばその力は計り知れないわ」


「本当になにもかも真逆って感じなんですね……! でも、真逆ということはお互いの足りないところを補えるということですから、一緒に戦ったら結構仲良く出来るかもしれません」


「ふふっ、その考え方……素敵よ。大事にしてね」


「えへへ……はい!」


 会話に一区切りついたところで、注文したカレーが運ばれてきた。

 黒っぽいルーの上に乗っかったカツの存在感がすごい……!


「じゃ、いただきますか!」


「はい、いただきます!」


 実は私、カレーは全部混ぜてから食べたい派だけど、外ではやらない。

 育美さんもやってないみたいだし……。

 ぎこちない手つきでちょこちょと少し混ぜた後、スプーンを口に運ぶ。


「ん……! 美味しいです! ちょっと辛いんですけど、なんか高級感があるというか……。今まで高級なカレーを食べたことがないからフワッとした感想なんですけど!」


「わかるわ。私も高級カレーを食べたことないけど、これが高級なんだって感覚を味わえるのよ。職場の食堂がこのクオリティなんて恵まれてるわ。量も多いしね」


「カツもサクサクです!」


「キィィィィィィィィィーーーーーーッ!!」


 ……向こうはまだ会話に区切りがつかないようだ。

 そろそろこの奇声にも慣れてきて、うるさいとは感じないが、相手をしている赤いツナギを着た若いメカニックさんがかわいそうだ。

 でも、自分のDMDがダンジョンに放置されて、回収のめどすら立たないと考えると、焦る気持ちはよくわかる。

 私もアイオロス・ゼロが同じ目にあったら、奇声こそ発しないけど気が気ではないだろう。


 同情の余地は大いにある。

 私にパパッとDMDを回収するだけの能力があるなら、依頼を受けてあげたいんだけどなぁ。

 でも話を聞く限り、私の手に負える依頼じゃないし……。


「……あ」


 やってしまった。

 あまりにもジロジロ見すぎたせいで、ついにお嬢様と目が合ってしまった。

 それだけならまだしも、お嬢様は席を立ち、私の方に向かってくるではないか!

 目は口程に物を言うって、こういうことなのね……。

 波乱の予感がする!

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