-05- 才能の片鱗

 当然、ハッチの外はさっき行ったばかりの場所だ。

 でも、アイオロス・ゼロのカメラアイを通して見る景色は、なんだかさっきと違って見えた。

 ……いや、なんだかどころじゃない!

 普段より自分の視野が広い気がする!

 それに視界の端っこには『Mainメイン Energyエナジー』と描かれたゲージや、謎の数値が表示されている。


『本当に……DMDを操ってるんだ私!』


 手のひらを見る。

 そこにあったのは普段の柔らかな手ではなく、金属で構成された頑丈な手だ。

 でも、自分の思うように動く。

 自分の体のように……動かせる!


『すごい……! すごいっ!』


 語彙力がゼロになるほどの感動……!

 すごい……。ここまでDMDがしっくりくるとは思わなかった!

 これは……すごいぞ!


「ふふっ、感動してくれてるようでなによりよ」


『はい! すごい感動してます! ありがとうございます! 育美さん!』


「お礼なんていいのよ。その機体は蒔苗ちゃんのもので、その能力も蒔苗ちゃんのものなんだから」


『はい! それで……なにをすればいいんでしょうか!?』


「まずは訓練場に移動しましょ。そこならいくら暴れても構わないし、ちょっとしたテストも出来るから」


『了解です!』


 出撃ハッチのすぐ近くに訓練場はあった。

 円形のフィールドの中には武器が入ったコンテナや、まととなるバルーンが置かれていた。


「まずは軽く準備運動ね。体を自由に動かしたり、走ったり、ジャンプしたりしてみて」


 私は体育の授業でやるようなストレッチを実際にやってみた。

 なんというか……体が軽い!

 関節も滑らかに動くし、本当にこれは機械の体なのか疑問に思うレベルだ。


 今度は軽く走ってみる。

 は、速い! しかも疲れない!

 人生で走ることをここまで楽しいと思ったことはないわ!


 最後はジャンプ!

 た、高い! 人間ではありえないレベルまで跳べる!

 着地の衝撃を感じないのもすごい……!

 それだけ関節のクッション性能が高いんだ!


「よし、基本動作に問題はないようね。じゃあ、コンテナの中の剣を持ってみて」


『剣は……これか!』


 金属をそのまま剣の形に加工しましたって感じのそれは、全体が銀一色だった。

 でも、その割にはとっても軽く感じる不思議な剣だ。


「それはネオアイアンソード。加工がしやすくそこそこ頑丈でとっても軽い便利なダンジョン産金属のネオアイアンで作られた剣よ。ネオアイアンはそこらじゅうのダンジョンで採掘されてるから安価なのも魅力ね」


 武器を持つと、なんだか気が引き締まる……!

 その場で数回剣を振って、その使い勝手を確かめる。

 うん、とっても扱いやすい武器だ。


「それじゃあ、その剣を使って赤いバルーンを全部割ってみて」


 赤いバルーンは4つある。

 ひもでつながれているわけでもないのに、一定の高さで滞空している不思議なバルーンだ。

 それぞれ滞空する高さは違って、1つはジャンプしないと届かないだろう。

 でも、それを考慮してもテストとしては簡単すぎのような……。


『はあっ!』


 1つ、2つ、3つ……4つ!

 剣を4回振り、4つのバルーンをすべて斬った!

 特に種も仕掛けもないみたいだけど、これで良かったのかな?


「うん! すごいね蒔苗ちゃん! 初めてDMDを操縦する人の中には、距離感がなかなか掴めない人もいるんだよ。でも、蒔苗ちゃんはバッチリね! ジャンプの高さもピッタリあってたし、ここまで出来る子はそういないわ!」


『あ、ありがとうございます!』


「この調子で次は銃を使ってみよっか。あ、剣はアイオロス・ゼロの腰にくっつけておいて。腰の左右の装甲には特殊な装置が入ってて、武器を認識するとそれをくっつけるための磁力が発生するようになってるのよ」


 あ、ほんとだ!

 ネオアイアンソードを左の腰の装甲に触れさせると、ピタッとくっついた!

 これは武器の持ち運びにとっても便利そうだ!


 両手が空いたところで、私はその手に銃を持った。

 おっ、これはネオアイアンソードより重く感じる。


「訓練用のゴム弾が入った低反動ライフルよ。蒔苗ちゃんは銃を撃ったことある?」


『もちろん、ないです!』


「そりゃそうよね! まあ、物は試しと思って、青いバルーンを好きに撃ってみて」


 青いバルーンもこれまた4つ、間隔をあけて浮かんでいる。

 とりあえず、左端のバルーンから狙ってみるか。

 引き金を引き、パァン、パァン、パァンと弾丸を撃ちまくる。


 ……剣の時ほどしっくりこないし、あんまり当たらない!

 なんとか3つ目のバルーンを割ったところで、弾が切れてしまった。


「なかなかやるわね蒔苗ちゃん! 初めて銃を扱ったのに、3つ目のバルーンを割る頃にはかなり狙った位置に弾が飛んでいたわ。実際に戦うモンスターは動かない的ではないけど、その分大きさもあるから、もっと練習すれば十分に当てていけると思うわ」


『そ、そうですか? なら良かったです』


 育美さんはすっごく私を褒めてくれるなぁ。

 こんなに褒められたのは何年ぶりだろう……。


「では最後に……回避力テストを行うわよ」


 訓練場に空飛ぶ無人機、ドローンが現れた!

 縦横無尽に空を駆けるそのボディには、物騒な銃が2つも付いている……。


「今から3分間そのドローンの銃撃から逃れられたら……すごいわよ蒔苗ちゃん。天才かもしれないわ」


 その言い方だと、このテストはかなり難しそうだな……。


「銃弾は当然実弾じゃなくてペイント弾になってるわ。あとルールとしてはドローンを撃墜しないこと。アイオロス・ゼロ本体にペイント弾を浴びないようにすること……ぐらいかな。カスッた程度なら全然問題ないから、最後まで諦めないように!」


『了解です!』


 ペイント弾とはいえ銃を向けられてちょっとビビってる自分がいる。

 でも、ダンジョンに潜ったら、もっと恐ろしい敵が待ち受けているに違いない。

 ならば、こんなところで怖気づいてはいられない!


「では、訓練開始!」


 合図とともにドローンがペイント弾を連射してきた!

 思ってたより速いんですけど!

 でも、ドローンの周囲を全力で走り回れば、まず当たることはなさそうだ。

 流石アイオロス・ゼロは機動力が違うわ!


「うーん、やるわね。じゃあ、少しドローンを賢くしようかな」


 育美さんがそう言うと、ドローンの攻撃パターンが私の動きに合わせるように変化した。

 こうなると、ただ走り回っているだけでは回避出来ない!

 ドローンの動きをよく見ないと!


 ……そうだ。ドローンは常に弾を撃っているわけじゃない。

 時折リロードのために射撃が止まることがある。

 その瞬間はチャンス。次の回避パターンを考える余裕が出来る。

 それにドローンは撃ち始めの時、銃をカシャカシャと上下させる謎のモーションが入る。

 攻撃を止めるタイミングと始めるタイミングがわかれば、回避することが出来る!


『……ああっ!?』


 ドローンの動きに注目しすぎて気づかなかった……!

 私、いつの間にか壁際に追い込まれている!

 というか、壁に向かって全力で走っている!


 私の背後に回り込んだドローンの銃がカシャカシャと上下する音が聞こえる。

 マズイ……撃たれる……!

 何とか左右に避けるか……?

 いや、ドローンもかなり賢い。

 右か、左か、どちらか予測して撃ってくる可能性がある。

 50%の確率で私は弾に当たる……!


『ええい、こうなったら! 第3の選択肢よ!』


 私はそのまま壁に向かって走り、直前でジャンプ!

 そして、壁を蹴って三角跳び!

 ドローンの真上を跳び越えて、華麗に着地した!


『まさか、ここまで動けるなんて……!』


 こう見えて運動神経は悪い方ではないけど、自分の肉体でこんなアクロバティックな動きは出来ない。

 なぜアイオロス・ゼロが最強の機体なのか、少しずつわかってきた気がする。

 もはや壁際に追い込まれようと問題はない。

 訓練場を縦横無尽に跳び回り、残り時間は30秒を切った。


「ラストスパート……本気出しちゃおっかな!」


 ドローンの動きがまた変わった。

 変態的なアクロバット飛行で、もはや動きを観察出来る状態ではなくなった!

 育美さん……大人げない!


 でも、ここまで来て負けるわけにはいかない。

 残り数十秒……反応速度だけで回避して見せる!

 アイオロスの操者そうじゃとして!


 気持ちはたかぶる。

 でも思考は静まり返り、感覚は冷たく鋭くなる。

 見える……! 私にも敵の動きが見える……!


 しかし、残り数秒のところでその感覚は途切れてしまった!

 今の私には敵の動きなんて見えない……!

 くっ、それでも負けない……!


「そこまで!」


 育美さんの指示でドローンがぴたりと停止する。

 私の方も燃え尽きたように動けなくなった。


『すいません育美さん。最後は剣で弾を受け止めちゃいました』


 感覚が途切れ焦ったあの時、ふと腰にくっついているネオアイアンソードを思い出した。

 そして、とっさにそれを構え、ペイント弾に対する盾として使った。

 おかげで刃の外側はインクでべったりだが、内側の方は鏡のようにピカピカの状態を保っている。

 そこに映るアイオロス・ゼロは、わずかにインクが付着しているものの、大部分は萌葱色と白色のツートンカラーを維持していた。


「ルールはドローンを撃破しないこと。そして、アイオロス・ゼロの本体にペイント弾を浴びないようにすること……。つまり、蒔苗ちゃんは天才女子高生ってことよ!」


 私が天才かどうかは置いといて、とりあえずテストは無事クリア出来たようだ。

 それにしても、あの感覚はなんだったんだろう……?


「これで運用テストは終了よ。次はいよいよお待ちかねのダンジョン探査ってことになるけど……どうする? もういきなり行ってみちゃう?」


『……少し休憩してから考えます!』


 流石に疲れた!

 でも、この疲れ方は気持ちのいい疲れ方だ。

 

『ありがとう、アイオロス・ゼロ。これからもよろしくね』


 アイオロス・ゼロが私を待っているという言葉の意味も、今ならなんとなくわかる気がした。

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