-04- ゼロの起動

「これが……アイオロス・ゼロ?」


 その機体は思っていた以上にシンプルな形状をしていた。

 ゴツゴツでも、ゴテゴテでも、ゴリゴリでもない。

 むしろ極限まで無駄を削ぎ落すことをコンセプトにしているように見える。


 どことなく中世の騎士を思わせるデザインだけど、全体的に曲線は少なくカクカクした幾何学的な装甲をしている。

 色は萌葱色と白色のツートンカラーで、とってもフレッシュだ。

 顔はヒロイックなツインアイではなく、こう……バイザー型って言うのかな?

 人間の目に当たる部分は、淡く発光する2本のラインになっている。

 そして、何よりも驚いたのは……。


「思ってたより小さい……!」


 そもそもDMDのサイズが人間と変わらないことは知っていた。

 人間の脳波で動かす以上、人間の体により近い方が違和感なく動かせるから、あえてサイズを抑えているとどこかで聞いた覚えがある。

 でも、動画とかで見るDMDは割と大きい感じがしていた。

 背景が現実世界ではないダンジョンだから、周りのものと大きさが比較しにくいとか、全体的にDMD動画はカメラがアップ気味とか、原因はいろいろあるだろう。


 それにしても……生で見るとこんなに親しみやすい大きさとは!

 ザッと見た感じアイオロス・ゼロは170cmといったところ。

 私の身長と大差ないし、なんなら育美さんの方が大きいじゃない!


「あはは、DMDを生で初めて見た人って大体そう言いうのよね。まあ、大きければ良いってもんじゃないし、高性能なまま小型化出来るなら、それに越したことはないのよ」


「確かに大きいとそれだけ作るのにお金がかかりそうですし、収容場所にも苦労しそうですね」


「そういうこと! さあ、もっと近くで自分の機体を見てあげて」


 アイオロス・ゼロの周りを歩きながら、そのボディを観察する。

 うーむ、スマートでカッコいいデザインだ。

 ただ……正直に言うと、あまり強そうには見えない。

 武器が見当たらないからかな?


「育美さん、アイオロス・ゼロに武器はないんですか?」


「残念ながらないの。ゼロだけに武器もゼロ……なんちゃって」


「…………」


「あー、えっと、真面目な話をすると、この首都第七マシンベースに収容されていたのはアイオロス・ゼロ本体だけで、他一切のものは遺されていないわ。あと、アイオロス・ゼロには内蔵武器が存在しないから、冗談抜きにゼロだけに武器もゼロなのよ」


「手持ち武器もないし、機体本体にも武器は搭載されていないってことですか?」


「その通り! 頭部にバルカン砲すらついてないわ! 無駄を削ぎ落し、機動力と反応速度に特化した高機動DMD……。それがアイオロスシリーズなの!」


 つまりスピードが最大の武器ってことか。

 なんだか、上級者向けの機体に思えてきた……。

 いや、そもそもアイオロス・ゼロは開発者としてもDMD操者そうじゃとしても一流だったお爺ちゃんの専用機と同じシリーズなんだ。

 そりゃもう間違いなく上級者向けよね。

 うーん、私はこの機体を使いこなせるのかな……。


「でもね、蒔苗ちゃん。アイオロスシリーズにはもう1つ強みがあるの。それは拡張性の高さよ。シンプルな機体ゆえに、あらゆる追加パーツを受け入れられる。だから、武器や装甲をたくさん積んで重装DMDとして運用してもいいし、本来持っている機動力を生かした高機動DMDとして運用したっていい。すべては蒔苗ちゃんの思うがままよ。だって、アイオロス・ゼロはあなたのDMDなんだもの」


 私のDMD……か。そうね、その通りだ。

 理由はわからなくても、この機体は私に与えられた私の機体なんだ。

 どう使ったって文句を言われる筋合いはない!

 機動力を使いこなせなかったら、他の使い方を考えればいい。

 それこそ、私が思い描いていたようにゴツゴツで、ゴテゴテで、ゴリゴリな最強機体にしたっていいんだ!


「育美さんの話を聞いて、少しこの機体に親近感が湧いてきました」


「それは良かった! じゃあ、早速操縦してみよっか! そのために蒔苗ちゃんはここに来たんだもんね」


「……はい!」


 私たちはDMDを操縦するコックピットがあるマシンベースの地下に向かった。

 DMD最大の特徴は脳波による遠隔操作だ。

 だから、コックピットがDMDから離れた位置にあっても、何の問題もない。

 とはいえ、自分の脳波で本当にDMDが動かせるのかという不安はある。

 あれだけ周りを騒がせておいて、動かすことすら出来なかったらいい笑い話だ。


「さあ、入って」


 案内された場所は白を基調とした正方形の部屋だった。

 中にはカプセル型のコックピットと情報端末が置かれたデスク、あとは服や荷物を入れられそうなロッカーがある。


「個室になってるんですね。大きな部屋にズラッとカプセルが並んでいるイメージでした」


「昔はそうだったんだけど、無数のカプセルの中に人が入れられてる光景って……なんかディストピア感あるじゃない?」


「ああ、確かに……」


「だから、個室に切り替えられたのよ。実際、個室の方がリラックス出来て、脳波が安定するって研究結果もあるしね。さあ、カプセルの中に入ってみて」


 パシュッと音を立ててカプセルが開く。

 私は恐る恐るその中に入り、コックピットシートに体を預けた。


「ふあ……っ!」


 なんて心地良い感覚……!

 シートの材質は低反発で、ゆっくりと体が沈み込み、包まれているような感覚がある!

 それにカプセルのふた・・は透明な素材で出来ているから、閉じても圧迫感がない。

 私、ここで全然寝れるわ!


「頭の上にあるヘッドデバイスを着けてみて」


「ヘッドデバイス……あった!」


 脳波を使うわけだから、そりゃ頭に何か着けないとね。

 私は言われるがままヘッドデバイスをかぽっと頭に装着した。

 少し大きめのヘッドホンという感じだけど、重さはあまり感じない。

 これだけで脳波を増幅できるのかな?


「脳波の増幅はこのカプセル全体で行うのよ」


「は、はい!」


 こ、心を読まれた!?

 まさか脳波を増幅すると、思考がだだ漏れになるんじゃ……。


「脳波を増幅しても自分の考えがバラまかれたりはしないから安心してね」


「ほっ、ほんとですか!? 今も心読まれてるんですけど!?」


「初めてDMDを操縦する子は大体同じことを考えるのよ。さあ、ブレイブ・リンクの準備は完了したわ。あとは目を閉じて、ゆっくり息を吸って……吐いて……」


 言われた通りに目を閉じて、ゆっくりと呼吸する。

 そして、次に目を開けた時、私は暗闇の中にいた。


『え……ええっ!?』


 私の声が暗闇にこだまする。

 でもなんだか、機械的な音声だ。

 まるでスピーカーから音が出ているような……。


「落ち着いて蒔苗ちゃん。今はブレイブ・リンクに成功して、意識をアイオロス・ゼロに送っている状態なの」


『でも、アイオロス・ゼロって地上に置いてあるはずじゃ……。ここは真っ暗ですよ?』


「いやぁ、発進シークエンスって……大事じゃない? 特に最初はないがしろにしちゃいけないと思うのよ。だから、もう1回地下に戻しちゃった! さあ、リフトオフよ!」


 暗闇の中に緑色の光が灯る。

 それは列をなして地上へと伸びている。

 足元が少し揺れ、リフトが上昇し始めたのがわかった。


「アイオロス・ゼロ、異常なし。ブレイブ・リンク、異常なし。発進準備完了」


 リフトの上昇が止まる。

 さっき外側から見たハッチを、今は内側から見ている。


「蒔苗ちゃん、ここで決め台詞よ!」


『えっ!? あっ、アイオロス・ゼロは、萌葱蒔苗で行きます!』


 私……アイオロス・ゼロは開かれたハッチから外へ飛び出した。

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