第九話 夏×海×フラグ

 今日は待ちに待った生徒会みんなとの海に行く日だ! 

 オレは目が覚めるとベッドから飛び起きた。

 枕元の目覚ましに目をやると時刻は八時少し前。そのことを確認し安堵した。

 昨晩設定したアラームが不発に終わったのかと思ったがどうやらアラームよりも早く目覚めただけだったようだ。

 荷物を持ち、リビングに行くと琴美も既に起きており、テレビを観ていた。

 朝食を食べ、最近買ったばかりの白いTシャツに袖を通し、荷物の最終確認をした。

「琴美! そろそろ出るけど準備できたか? 」

「うん! いつでも行けるよ! 」

 リビングから駆け出してきた琴美はオレ以上の荷物を持っている。

「お前海に行くだけでどんだけ荷物持って行くんだよ」

「……女子には色々事情があるんですよーだ」

 あまりにも荷物を重そう持つ琴美に見兼ねカバンを交換して約束の駅前へと向かった。




1



「おまたせしました! 」

 駅に着くと既にみんな揃っており、慌てて駆け寄る。

「大丈夫よ、まだ約束の五分前だわ」

「そうそう、私たちが楽しみすぎて早く来ちゃっただけだから」

「今日は琴美までありがとうございます。オレたちも楽しみすぎて目覚しよりも早く起きちゃいましたよ」

「あははは、海なんて人が多ければ多いほど楽しいんだから気にしないで」

「ありがとうございます。それと――」

 みんなの姿を見つけてからずっと気になっていたことだが――

「彩乃先輩も来てたんですね」

「私は見張り役としてね」

 見張り役? 

「先日彩乃ちゃんに生徒会で海に行くって行ったら行きたそうにしてたから誘っちゃった」

「か、勘違いしないで。私は別に海に行きたかった訳じゃなくて、海であなたが変なことをしたら学校の印象が悪くなると思って仕方なく見張り役としてついて行くだけよ」

「はいはい」

 この二人、仲が悪いように見えて実はめっちゃ仲良しなのでは? 

「じゃあ行こっか」

 みんなで電車に乗り、海へと向かう。

 みんなで雑談をしながら電車に揺られていると気がつけば海のある駅に着いていた。

 電車を降りると一気に海の匂いが鼻を突き抜ける。

 とりあえずみんなで海を見に行き、それから着替えることにした。

「うおー! 海だー」

 照りつける強烈な日差し。その日差しの反射でキラキラと輝く青く海。これでこそ夏だ! 

「もう人いっぱいいるね! 」

「私たちも早速着替えて海に入りますか」

 みんな海を待ちきれず駆け足気味で更衣室へと向かう。

 男のオレは女子のみんなよりも早く着替えが済んだため、自分たちの拠点となる場所を探しにビーチの方へと向かった。

 朝から大賑わいのビーチはなかなか空いているスペースがなく、自分たちの拠点を築くのはほぼ不可能か。

 だが、こちらもそんな簡単に諦めるわけにはいかない。オレはさらに探索範囲を広げビーチの奥の方へと歩いていく。

 しかしなかなか人混みを抜けることはできずスペースを確保することも出来ない。

 人の間をすり抜け歩いていたが――

 ガン! 

 人の間をすり抜けたタイミングで向こう側から人混みをすり抜け歩いてきていた人にぶつかってしまった。

「すいません! 」

「いえいえ、こちらこそ人混みで前が見えなかったので……って達也! 」

「えっ? って! お前黒百合じゃねぇか」

 こんなところで会うなんてどんな確率だよ! 

「おーい、たっちゃん! 」

 まさかの出会いに驚き固まっていると後ろからみんながやってきた。

「あれ? 八代さんじゃない。どうしてここに? 」

「今日は家族みんなで海に遊びに来てます……」

 小さな声でモジモジしながら黒百合がそう答える。

 オレと話している時の黒百合は厨二病全開だが、他の人にはこんな感じなんだな。

 普段見れない黒百合の一面に思わず笑みがこぼれてしまう。

「わ、笑うなよ……」

「すまん、すまん。そうだ、良かったら黒百合も一緒に遊ばないか? 」

「えっ! でもうちなんかが混ざったらみんな迷惑なんじゃ……」

「そんなことないって」

「そうよ。海は大人数の方が楽しいんだから」

「そ、それじゃあお言葉に甘えて……」

 黒百合は一度家族の元に戻り、その間にオレたちは再び拠点になりそうな所を探してビーチを歩く。

「そういえば、まだ達也くんに水着の感想を聞いてなかったなー」

「ぎくっ! 」

「ぎくっ、ってそれはちょっと失礼なんじゃないかな? 」

「皆さんとてもお似合いですよ」

「もー、つまらないなー。そうだ! またこの前みたいにファッションショーで誰が一番か決めちゃう? 」

「えーと、あっ! ここちょうどいい感じに空いてますよ! ここにしましょう」

 オレはカバンからレジャーシートを取り出し、設営に取り掛かる。

 もう前みたいなのはごめんだ。あんなの心臓がいくつあっても足りない。

 みんなで協力し、設営を終えるとちょうど黒百合も戻ってき、メンバー全員が揃った。

「よし、彩乃ちゃん。早速海に入りますかー」

「海に入る前は準備運動をしなきゃだよ」

「澪! 私浮き輪持ってきたから膨らませるの手伝って」

「くっ、くっ、くっ。さて、海底に潜む神殿でも探しに行きますかー」

 各々拠点から散り、残ったのはオレと心菜と辻野の三人。

「さて、俺もいっちょ海で泳いでくるかな」

「あっ、その前にたっちゃんにお願いしたいことがあるんだけど」

「ん? なんだ? 」

「サンオイル。塗ってもらってもいいかな? 」

 心菜は水着の肩紐も少しズラし、サンオイルを手渡してくる。

「え……俺じゃなくて辻野に塗ってもらえよ」

「そうね、肌に触るわけだしこういうのは同性同士方が良さそうね」

 そう言ってオレの手からサンオイルを受け取ろう辻野が腕をこちらに伸ばす。

「私のあとに玲奈も塗ってもらえばいいじゃん」

 その一言でサンオイルを受け取ろうとしていた辻野の腕が止まる。

「……辻野さん? 」

 辻野は苦虫を噛み潰したようななんとも言えない顔をなっている。

「……肌に触られるのは恥ずかしいけど、天国くんにサンオイルを塗ってもらえる……」

 えー、辻野さんもそっち側にいくのですか……。

「天国くん、大橋さんにサンオイルを塗ってあげたらどうかしら……。もし、嫌じゃなかったらその後に私も……」

 完全に二対一の構図が出来上がりオレは全てを諦める。

「分かったよ」

 ただサンオイルを塗るだけだ。変なことをする訳じゃないのだから緊張なんてするはずがない……。

 レジャーシートにうつ伏せに寝転んだ心菜を横に座り、サンオイルを手に出す。

「あっ、水着の紐解くの忘れてた。たっちゃん解いてー」

「いや、オレもう手サンオイルでベタベタだけど」

「どうせ海に入るから紐がオイルまみれになるぐらい気にしないよ。早くー」

「まじか……」

 ただでさえこれから肌に触るのでそっちのことでいっぱいいっぱいなのに、水着の紐を解けだなんて……。だが、やるしかない。

 ぷるぷる震える手で紐を掴むと指先が心菜の背中にちょんと触れた。

「うんっ――」

「おい、変な声出すなよ」

「ごめん、でもたっちゃんの指が冷た気持ちくて」

 確かにサンオイルは冷たくて気持ちいいが触る度に毎回そんな声を出されたらオレも変な気分になってしまうじゃないか。

「じゃあ、塗るぞ」

「お願いします」

 再び心菜の背中に触れると体はびくんと跳ね上がったが、声が出ないように口を押させて耐えている。

「はい、終わり」

「はぁー。たっちゃんありがと。次玲奈どうぞ」

「え、えぇ……」

 起き上がった心菜と交代で今度は辻野がレジャーシートの上にうつ伏せになる。

「……紐お願いしてもいいかしら」

「ああ……」

 辻野のは長い黒髪を背中から降ろし、紐を顕にさせる。

 不覚にも黒髪を背中から降ろす仕草にドキッとしながらもそれを悟られぬよう淡々と水着の紐を解く。

「よし、じゃあ塗るぞ」

 今度はサンオイルを手に出すやり方ではなく、サンオイルを背中に出してそれを伸ばすやり方でやってみることにする。

 ボトルの蓋を開け、逆さにすると白くトロトロした液体が辻野の背中に垂れていく。

「きゃん! 」

 聞いたことのない辻野の小さな悲鳴にオレだけでなく心菜までもが驚く。

 辻野自身も自分の出した声に驚き、恥ずかしかったようで両手で顔を覆い隠している。

「えーと、じゃあ伸ばすぞ」

 何事も無かったかのようにサンオイルを塗ったが辻野は終始顔を覆い隠したままだった。



2



「達也くんいくよ。それー」

「うわっ、会長やってくれましたね。お返しです」

「ひやー」

 海で女の子と水の掛け合い。あぁ、これこそ夏の青春だな。

 そんな甘い時間を過ごしていると――

「しょっぺぇ! 」

 勢いよく飛んできた海水がオレの口の中にゴールインする。

「おい、琴美何すんだ! 」

「ふんっ! 」

 琴美はオレを打った水鉄砲を抱え、そっぽ向く。

 全く何がしたいんだか。

「おーい、そろそろお昼にしなーい? 」

「おっ! いいねー」

 心菜の提案に全員が賛同し、海から出て、一旦拠点に戻ってくる。

「さて、なにを食べるかだけど――」

「はいはい! 私海の家で焼きそば食べたい! 」

「俺は焼きとうもろこし! 」

「向こうにたこ焼きもあったわね」

「あー、もう食べたいもの多すぎて決められないよ! 」

「ちょっとみんな落ち着いて! 」

 興奮気味に盛り上がるオレたちと会長がなだめる。

「みんな色々食べたいのはわかったわ。だからこうしましょう」

 会長の提案、それはオレたち八人を三・三・二の三グループに分けて、各海の家の偵察。その後、集まって情報交換をし、みんなの食べたいメニューがあって、一番良さげな店に入ろうというものだ。

 グループ分けは三年生グループと二年生三人グループ、そして一年生二人+オレグループとなった。

「では、早速調査開始! 」

 各グループバラバラの海の家へ向かう中、オレたちが向かったのは海の家でも人の賑わいのない方の海の家だ。

 他のグループが真っ先に賑わっている海の家に行ってしまったのもあるが、意外とこういうところの飯は美味いというのがオレの見解だ。

 さて、外観は他の店に比べて少しボロいけど中は――

 店内を覗いてみると席はガラガラで埃をかぶっており、店内にいるのは店員らしきヨボヨボのおじいちゃんただ一人。しかも服もお世辞にも清潔とは言い難いものを身にまとっている。

 オレは、うわっ……と言う言葉がこぼれそうになるのをギリギリ飲み込んだ。

 それはいくらなんでも店の人に失礼だからだ。

 だから後ろの一年生組二人! そのウジの湧いたゴミ箱を見るような目をやめない!

 だが、確かにこれだけ見るとこの店の料理を食べたいとは思わない。

 ここは見なかったことにしよう。踵を返し、他の店の調査に出ようとした瞬間。店から距離をとっていた琴美と神無月がムキムキの外国人二人に話しかけられていた。

 これはもしかしてナンパ! ここは男としてビシッと二人を助けないと!

「あの! 」

「What? 」

 近づいてしっかり見ると日本人とは明らかに作りの違う大きな体。正直怖すぎてチビりそうだが……。

 二人が見ている前でそんなかっこ悪いことできないよな!

「その二人は俺の、俺の彼女なので! その、やめてもらっていいですか――」

 オレの言葉に外国人二人は顔を見合わせ、そして笑う。

「ハッハッハ! スマナイネ、ボーイフレンド。コイツガ、オトシタ、ペンダントヲ、ヒロッテモラッタンダヨ」

「ソーリー。キミノガールフレンドヲ、ウバッタリシナイヨ」

「えっ? 」

「あ、あんた――彼女って! 」

「達也さん、大体ですね」

 もしかして、これってオレの勘違い?

「フタリヲ、ダイジニ、スルンダゾ。バーイ」

 こうして二人の外国人は去っていた。

 その後、なんとも言えない空気のままオレたちは調査を続け、十分程で拠点に戻った。

「戻りました」

「おかえり、これで全員ね」

 オレたちが戻ると既に全員帰ってきており、すぐに情報交換が行われた。そしてその話し合いの結果。

 会長たちが見つけた店が一番良さげだったため、みんなでその店に向かう。

「ここよ! 」

 到着した店は一番最初にオレたちが訪れたあのボロボロの海の家だった。

「えっ、会長ここですか? 」

「そう、ここよ! 」

 みんなもそのボロい外観から心配の声を漏らす。

「さぁ、行くわよ」

 だが、会長はそんなのお構い無しに店へと入っていく。

「すいません、八人なんですけどいけますか」

 ……。

 会長の声は確実におじいちゃんに届いているはずだが、反応がない。

「あのー」

 もう一度店内に響き渡るほどの大声で叫ぶと店の奥から二人の大柄な男が姿を見せた。

「あなたは――」

「オウ、サッキノ、ボーイフレンド、ジャナイカ」

「ナンカ、ガールフレンド、フエテナイカ」

「どうしてお二人が……」

 店の奥から現れた大柄な男二人はさっきオレがナンパと間違って嘘をついた外国人たちだった。

「オレタチ、ココデ、バイトシテル」

「オジイサン、ミミ、トオクナッテ、タイヘンダカラ」

 確かに、よく見れば机の上の埃がなくなっていてさっきよりも幾分か綺麗になっている。

「キッチンモ、キレイ二シタカラ、リョウリ、ダセルヨ」

「ハチニンネ、ココ、スワリナ」

 オレたちは二人に案内されるまま席に着き、渡されたメニューを開く。

 メニューは見たものの、みんな食べたいものは決まっていたのでそのまますぐに注文を済ませ、料理が届くのを待つ。

「会長、なんでここにしたんですか」

 小さな声で黒百合が疑問を問いかける。

 会長はそれにニヤリと笑って答えた。

「だって、みんなの食べたいメニューがあるのはここだけだったし、それにこういうところは見た目に反して美味しいご飯が出てくるって相場が決まってるのよ」

 まさかの最初にオレが考えていたことと全く同じこと会長は自信満々に答えた。

 黒百合はえー、と不満げな声を漏らすものの、もうここまできたら仕方ないという諦め混じりの表情を浮かべる。

「ハイ、オマタセ」

 注文から五分もしないうちに次々と料理が運ばれてき、どれも美味しそうな見た目と匂いを漂わせている。

「コレデ、ゼンブネ。ゴユックリ、ドゾ」

 全ての料理が届き、オレたちようやく昼食を食べた。



 3



「美味しかったわね」

「だから言ったでしょ。こういう店は見た目に反して美味しいんだって」

 みんな、店に入る前の不満はどこへやら。食べ終わってみればとてもいい店だったと絶賛ばかりだ。

「大橋さん、そこのティッシュを取ってもらえるかしら」

「はい」

「ありがとう」

 心菜に取ってもらったティッシュで口周りを拭いている辻野を見ていると一つ不思議に思ったことがあった。

「辻野、海でがっつり遊んでたのに口紅塗ってたんだな」

「ええ、朝からずっと塗ってたわよ」

「玲奈、メイクのこととか結構詳しいから濡れても簡単に落ちない口紅の塗り方とか知ってるんだよ」

「へー、意外だな」

「あー、たっちゃん。女の子は毎日どうやってメイクしたらより可愛くなれるか自己啓発している生き物なんだよ。意外なんて言ったら玲奈に失礼でしょ」

「そうなのか……辻野、意外とか言って悪かったって」

「いえ、私はそんなに気にしてないから……」

 女の子は毎日、自己啓発しているなんて大変で偉大な生き物なんだろう。オレも何かした方がいいのかな?

「そういえば、さっき海の家を調査してる時に聞いたんだけど、海で泳いでいた時に見えた沖のあの島にフェリーに乗って行けるらしいよ」

「へー、それは楽しそうだな」

「みんなでそれに乗らない? 」

 心菜の提案にみんなが賛同し、店を出て、そのフェリーに乗れる場所に向かうことにした。

「フェリーの乗れるところってここかな? 」

「ここで待ってればいいんじゃない? 」

 搭乗時間を待つ間、オレは乾いて塩でベトベトの体をボディーシートで拭き、朝着てきた白いTシャツを着た。

「まもなく搭乗時間となります。乗船なされる方はどうぞお乗り下さい」

 しばらくして乗船できるようになり、オレたちは船に乗り込んだ。

「うわー、意外と広いですね」

 このフェリーは観光客を楽しませるために甲鈑が広く設計されており、二十人は余裕で入るであろう広さだ。

 そしてこのフェリーも人気でオレたちのような団体から家族やカップルで来ている客も大勢いる。

「まもなく出航します」

 出航したフェリーは速度こそゆっくりなものの甲鈑では沖から気持ちのいい潮風が吹いておりとても気持ちがいい。

「向こうでめっちゃソフトクリーム食べられるらしいよ」

「へー、それは楽しみだな」

 ここから島までは十分。その間オレはのんびり潮風にでも当たりながら海でも眺めますかね。

 オレは船内の椅子から立ち上がり、デッキの方へ出た。

 船内のクーラーが効いた部屋も、もちろん良いが、この自然の風というのも乙なものだ。

「あれ、達也くんも出てきたの? 」

「彩乃先輩」

 向かう先、立っていたのは船内で姿を見かけないなと思っていた彩乃先輩だった。

「彩乃先輩も潮風に当たりに? 」

「あー、私はちょっと船に酔っちゃって」

「船酔いですか! 水貰って来ましょうか? 」

「そんな大したのじゃないから大丈夫」

 確かに彩乃先輩の顔は心做しか青い気がする。けれど大丈夫と言われた以上オレは何も出来ない。

 海を眺める彩乃先輩の隣で一緒に海を眺めてぼーっと過ごす。

「あれ、二人ともここにいたのね。あと三分ぐらいで着くって」

 二人で海を眺めていると会長を先頭にみんなが船内からデッキに出てきた。

 彩乃先輩と顔を合わし、島の方を向くと島のすぐそこまで近づいていた。それに彩乃先輩の顔色もだいぶ良くなっていた。

 (よし、彩乃先輩も元気そうだし、島を楽しむかー! )

 そう思ってオレがフェリーのフェンスから身を乗り出し、島を見た瞬間――お尻に軽い衝撃が。地面が無くなり、世界が逆さになった。目の前に映るのは白い船の外装だけ。

 バシャン!

 体が水面に叩き付けられた痛みと呼吸ができないことに気づき、オレはようやく理解する。オレは船から落ちたのだと。

 水面に上がらなくては。その意識はあるが、落ちた時に飲み込んだ海水で半分パニック状態。その上、水を吸った服が重くて思い通りに動けない。

 だんだん呼吸が苦しくなり、視界も狭まってきた。その時、オレはついに気づいた。

 ――俺、ここで死ぬんだ。

 なにもできず、感じるのは自分の体がどんどん沈んでいくことだけ。最期の一瞬。目を開けると七人みんながこっちに泳いで助けに来る幻覚が見えた。

 これも走馬灯ってやつになるのかな――。

 オレの意識はここで完全に消えた。



 4



「ねぇ、お願い起きて! ねぇってば! 」

 ぺちぺちと頬を叩かれる痛みがオレの意識を覚醒させた。

 ゆっくり目を開けるとそこは天国――ではなくどこかの砂浜だった。

 周りには涙を浮かべた七人みんなが座り込んでおり、オレは今の状況を冷静に考える。

「そうだ! 俺、海に落ちて死んだはずじゃ! 」

「もう、死んでないよ……」

 心菜がオレに抱きつき、隠すように胸に顔を埋める。

 オレは濡れた顔を服の肩の部分で拭き、みんなを見渡す。

「みんな、ありがとう」

 みんなは小さく頷き、笑顔と安堵の表情を見せる。

「おーい、大丈夫ですかー! 」

 しばらくすると砂浜の向こうから数人のレスキュー隊がタンカーを持って走ってき、オレたちはそのまま近くの病院へ。みんなは病院で軽く検査をしてもらいその後、家に帰った。

 オレは割としっかり目に検査をしてもらうことになり、一晩入院し、翌日家に帰った。

 病院に居た間にオレの部屋にとある親子が菓子折を持ってやってきて、謝罪をしてきた。どうやらオレがフェンスから身を乗り出したタイミングでデッキで走り回っていた男の子がオレのお尻にぶつかり、その衝撃でオレは海に落ちたらしい。

 全く、不運というか情けないというか。

 この件に関してはデッキから身を乗り出していたオレにも原因はあるため、慰謝料などの面倒なのはなしにして菓子折で手打ちにした。

 帰宅後、オレはとりあえず海に行ってそのままだった海パンや服を洗濯することにした。

「あれ、これ海に落ちた時に着ていた服だよな。肩のところに血みたいな赤いの付いてるじゃん。俺どっか怪我したかな? 」

 自分の体を見てみるが傷一つない。

「まあ、いっか」

 怪我がないことに越したことはない。

 でも、オレのせいで楽しい海があんなことになっちゃったし、みんなには謝らないとな。

 それとみんながいなかったらオレは今頃。今オレが生きているのはみんなのおかげだ。

「よし、みんなに何かご馳走するか」

 みんなにメールを一斉送信すると疲れが一気にやってき、オレはそのままベッドに横になり、眠りについたのだった。




 5



「こら! 止まりなさい! 」

 後ろから聞こえた女性の声に振り返ると私の視線の下を小さな男の子が走り抜けて行った。すると次の瞬間――男の子がデッキから身を乗り出している彼に激突。彼が船から落っこちた。

 最初は本当に何が起きたか分からなかった。ただ、目の前から彼が消えたようにも見えた。

 事態に気づいたのは水面に何かが落ちた音が聞こえた時だった。

 私は事態に気づくと同時に海に飛び込んだ。この行動に理性があったわけじゃなく、気が付けば体が勝手に動いていた。

 海に飛び込んだ私はとにかく必死に彼目掛けて泳いだ。彼は意識がないようでなんの抵抗もせずただ沈んでいた。

 何とか彼を掴み、そのまま島の砂浜を目指し泳いだ。

 砂浜に上がり、意識のない彼を仰向けに寝かせ、呼吸を確認すると息をしていない。

 私は学校で習った心肺蘇生法を思い出した。

 胸骨圧迫をし、一度彼の呼吸を確認するがそれでも彼は息をしていない。

 胸骨圧迫の次にすることは……。

 私は自分の唇を触り、一度考える。

 まだ誰にも触らせたことのない私の唇。キスと人工呼吸は違う。それはわかっている。けれど……

 どうしても恥ずかしさが出てしまう。

 けれど一度、彼の顔を見て覚悟を決める。

 今は恥ずかしいとか言っている場合じゃない!

 覚悟を決め、私は人工呼吸をし、彼の心肺蘇生を試みる。胸骨圧迫と人工呼吸を何度か繰り返すと

「ぶあ! 」

 彼の呼吸が帰ってきた。一安心し、その場に尻もちを着くと。

「おーい! 」

 みんながこっちに走ってやってきた。

 みんなは一目散に彼の周りに座り込み、彼を覗き込む。

 しばらくすると彼が目覚めた。起き上がった彼を見た途端、涙が溢れ出てきた。これは安心からきたものだろう。

 ああ、本当に良かった。彼が生きているだけで私は――

 その後レスキュー隊の人たちが来て、そのまま私たちは病院へ搬送。異常なしだった私たちはそのまま家に帰り、彼は細密な検査のため一晩入院した。

 翌日、メールで彼になんの異常もなかったことと今回のお詫びにみんなでご飯に行くことになった。

 これで明日からいつも通り。

 全てが終わり、頭が空っぽになった途端。私はあの時のことを思い出した。

「人工呼吸はキスにならないよね。うん、私のファーストキスはまだ残ってる」

 私はそう自分に言い聞かせることにした。

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