第七話 家出少女がやってくる
今日から夏休み。 朝早くに起きなくてもいいし最高だ。と思って寝ていたオレはインターホンの音で目が覚めた。枕元のスマホを起動し時刻を確認するとまだ七時過ぎではないか。
「こんな時間に誰だ。宅配便か」
二階の自室からとぼとぼ階段を下り玄関の扉に手をかける。
「はい、どちら様ですかー」
扉を開けるとそこには麦わら帽子を被り、スーツケースを持った神無月が立っていた。
「……神無月おはよう。琴美と遊ぶ約束でもしてたのか? 悪いがあいつまだ寝てると思うわ」
考え得る中で一番可能性が高い選択肢を採ったが神無月は小さく首を横に振る。
「今日は折り入ってお願いがあって来ました。……私をここに住まわせてください」
「えっ……? 」
いきなりすぎて動揺を隠せないがとりあえず立ち話もなんなので神無月を家に上げ、リビングに通した。
昨今の夏は朝から余裕で二五度を超えてくる。そんな中をスーツケースを引っ張って来た神無月はさぞ暑かっただろう。
普段、紅茶しか飲んでいるところを見たことがない神無月だが、うちにそんな大層なものはない。冷たい麦茶で我慢してもらおう。
ダイニングテーブルに着いている神無月に麦茶を渡し、オレもアイスコーヒーを片手に席に着く。
「それで、住まわせ欲しいって何があったんだよ」
早速本題に入るが神無月は言いずらそうにコップの水滴をなぞる。
しばらくの沈黙が訪れる。オレは卓上のエアコンのリモコンに手を伸ばし、クーラーを二四度で起動する。
「……私、初めてお父様と喧嘩しました」
神無月は部屋が涼しくなりだしたぐらいに重い口を開き話し始めた。
「これは昨日、皆さんと別れた後の話です」
――昨晩――
「ただいま帰りました」
生徒会の打ち上げの後、家に帰ると普段この時間は会社で仕事をしているお父様とお母様が家に帰ってきていた。
「お父様、お母様帰ってらしたんですか」
「ああ、こんな時間まで遊びにでも行っていたのか? 」
「いえ、今日は生徒会の打ち上げがありまして」
「そうか、確か明日から夏休みだったよな」
「はい」
「来週からフランスに行くから宿題は今週中に終わらせておくのだぞ」
「えっ……」
いきなりのことで驚きはもちろん、一つ懸念することができ、思わず声が出た。
「それってどのくらいで帰ってくる予定ですか? 」
「そうだな、仕事が終わり次第だが、夏休みが終わるまでには帰れるよう努力しよう」
夏休みが終わるまで……。
それはつまり夏休み中に生徒会のみんなで行こうと言っていた海や夏祭りに行けないということ。
「あの、私夏休みはお友達と遊ぶ約束がありまして」
「そうか、お友達には申し訳ないが断っておきなさい」
お父様はいつも私の気持ちを分かってくれない。楽しみにしていた約束も断るようにって……。
今までにない感情が湧き上がってくる。ダメだと分かっているのに。言うのが怖い……。けれど抑えることのできないこの気持ち。
「嫌です……」
「ん? 」
「嫌です! 私はフランスには行きません! 」
「何を言っているんだ。一緒に行くんだ」
「嫌だと言ってるんです! このわからず屋! 」
その言葉を言い捨てて私は自室へ走り去った。
――現在――
「と、いうことがありまして……」
「なるほどな」
確かに神無月を家に置いて行くのはお父さんとしても心配なんだろう。けれど神無月には神無月のやりたい事や楽しみがある。それを全部我慢しろというのはあまりにも酷なことだ。
まあ、オレから言わせてみれば海外旅行を行くか行かないかで揉めるなんて贅沢な話だと思うが、神無月にとっては海外旅行よりもオレたちと遊ぶことの方が楽しみだってことだよな。
普段はクールで大人しい神無月だが可愛いところもあるじゃないか。
年下ながら完璧超人の神無月にも可愛いところがあるんだなと少しホッとする。
「どうしましょう。私お父様にわからず屋なんて言ってしまって……」
「そんなの思春期になったら誰しもが通る道だから安心しろよ。わからず屋なんて可愛いもんだぜ。俺なんてクソジジイとか言ってたから」
それを聞いた神無月は椅子を一歩後ろに下げる。
「おい、露骨に引くなよ! 」
思春期なんてみんなそんなもんだろ。
それはさておいて。
「それで住まわせ欲しいって話だけどそれは無理だな」
「やはりそうですか……」
「だが、お前がお父様にイライラして冷静でないのは今回のいきなりうちに来たことで明らかだ。だから冷静になる時間が欲しいなら一日だけ泊まっていってもいいぞ」
「ほんとですか! 」
「ただし、ちゃんと今日うちに泊まることを自分の口でお父さんに言うんだ。これだけは今日うちに泊まる条件だ」
神無月は少し考えたようだが「分かりました」と渋々電話をし始めた。
五分もすると神無月は電話を切り、オレと向き合う。
「一日だけならと。明日の朝、迎えに来るそうです」
「オッケー。こっちも一応父さんに連絡は入れといた。後は琴美と遊ぶでも好きにしといてくれ」
「ありがとうございます」
さて、神無月のことも片付いたしオレは二度寝でもしますかね。時計を見てみると時間はまだ八時だ。
「じゃあオレは部屋戻って二度寝するから」
「二度寝は生活リズムが崩れてよくありませんよ。夏休みでも生活リズムはちゃんとしないと」
うっ……。正論パンチが痛い。だが、既に遅い。オレの生活リズムは昨晩のうちに崩れている。
「昨晩夜遅くまでゲーム配信を観ていてな。このままだと寝不足になってしまう」
「そうですか……」
神無月も寝不足になると言われれば何も言えまい。
神無月におやすみとだけ言い残しオレは自室へと戻った。
1
目が覚めたのはちょうどお昼前だった。
ベッドから抜け出し、リビングへ行くと琴美も既に起きていたようで神無月と二人で茶を飲みながらだべっている。
「あっ! ちょっとあんたなんで澪が来た時起こしてくれなかったわけ! 澪はあんたじゃなくて私を頼ってきたんですけど」
目が合うなり琴美はギャーギャーと騒ぎ立てる。最近は機嫌が良かったからこんなことも少なかったが今日は少しご機嫌ななめか?
「悪かった、悪かった。お前ら昼飯まだならどっか食いに行くか? 」
「はぁ? なんであんたも一緒なのよ。私たち二人で行くからお金だけ渡しなさいよ」
いくら機嫌が悪いからってここまで言うか! なんだかイライラしてきたな。
「あの……」
険悪な空気の中、神無月がよそよそしいく手を挙げる。
「あの、私行ってみたいお店があって」
「なんの店? 」
「その……ラーメンなんですけど」
「ラーメンか! いいじゃん」
「だからなんであんたも付いてこようとしてるわけ」
「それが……女子だけで入るにはちょっと入りづらいお店なんですよね」
まあ確かに女子高生二人でラーメン屋に入りづらいのは少し分かる気がする。
「そういうことならいいよな? 」
「うーん、仕方ないわね」
神無月の頼みとあらば琴美も無下にはできないようで渋々オレの同行を認め、三人で家を出てラーメン屋に向かう。
「ちょっと、何その真緑のTシャツ。超ダサいんですけど」
「はあ? どう見てもオシャレだろ」
神無月に視線をやると微妙な表情をしている。
えっ? これ女子的にダメ? 結構いい値段したんだけどな……。帰ったらタンスの奥にしまお。
電車を乗り継ぎ三十分。オレたちは日郎系ラーメンの店に着いた。
「ここです! 」
神無月は目をキラキラさせて看板を眺める。
噂では大盛りで濃口豚骨のスープに極太のわしわし麺を絡めて食べるラーメンで一度ハマると毎日食べたくなるほど美味しいらしい。
確かにここは女子だけで入るには少々勇気がいる店だ。なんならオレも一人では入るのを躊躇してしまいそうだ。琴美なんて口をポカンと開けてしまっているじゃないか。
そんなことを考えているうちに神無月が店に吸い込まれている。オレと琴美も急いで神無月の後を追って入店した。
「いらっしゃい! 」
ラーメン屋に入ると厨房から店主が顔を覗かせる。
店内はサラリーマンの客でいっぱいでみんな一心不乱にラーメンに食らいついている。その姿はまるで戦のようだ。
入ったはいいものの勝手がわからずあたふたしてしまう。
「三人? そこで食券買って奥のテーブルにどうぞ」
横を見ると食券機があり、とりあえずお金を入れてみる。
「ハーフ、並、大盛りってあるけどどうする? 」
「私ハーフでいいわ」
「じゃあ私も」
「うーん、じゃあ俺は並にしようかな」
三人分の食券を買い、案内されたテーブルの席に座ると店員がやってきて食券を集める。
「トッピングはどうしますか? 」
「トッピング? 」
ここは自分でトッピングを選べるのか?
だがメニューがないため何があるのかもわからず注文できない。そんな中、神無月は小さく手を挙げ店員にアピールする。
「麺やわめ野菜マシマシチャーシューマシマシ脂マシマシカラメマシでお願いします」
……魔法かなんか唱えた? 女子中高生に人気のスターマックスコーヒー、通称スタマでもこんな呪文唱えてる人見たことないぞ。
神無月の注文を食券に書き終えた店員はオレと琴美に注文を促す。
「えーと、じゃあ同じで」
「私も」
「かしこまりました! 」
店員は元気に厨房の方へと帰って行った。
神無月は本当にここのラーメンを楽しみにしていたようで注文を終えてから顔がホクホクしている。
普段は鉄仮面を付けているかの如く無表情な神無月がこうも幸せそうにしていると見てるこっちも嬉しい気持ちになってくる。
注文から十分。やっと届いたラーメンにオレは絶句した。並で注文したはずのラーメンはオレがこれまで見たことがないほど山盛りで、野菜がラーメン鉢から溢れている。
「これで並か……」
琴美も思っていたのと違ったようで顔を引きつっている。
「いただきます! 」
未だ笑顔な神無月は早速ラーメンに手をつける。
野菜用の取り皿に山盛りの野菜を移し、そこから麺をすくい上げる。脂の浮いたスープから登場した麺はスープを纏いキラキラ輝いている。
その麺を神無月はツルッと躊躇いなく啜る。
神無月は目を見開きさらにもう一口。そして今日一番の笑顔を見せた。
美味しそうに食べる神無月を見てるとお腹が減ってきてなんだが全部食べれる気がしていた。
「よし、いただきます! 」
意を決して山盛りのラーメンを食べ始めた。
わしわし麺ならではのもちもちとしたボリューミーな麺と肉厚な魚介チャーシュー、それにシャキシャキのいう食感がアクセントになっているたくさんのもやし。
食える、食えるぞ! オレは勢いのままラーメンをどんどん食べていく。
だが、いつからだろう。ラーメンに浮かぶ脂が憎く思えてきて、もちもちの麺は噛んでも噛んでも口の中から居なくならず、魚介チャーシューは一口たべる度に頭を抱え、かなり食べたはずのもやしがまだまだ残っていることに気がついたのは。
食べた量的にはもう残り三分の一といったところだが、これを食べ切れる気がしない。
一旦箸を置いて二人を視線をやると神無月はもう食べ終わる直前だが琴美は長い間ラーメンに手をつけていなかったのか、スープの表面に脂の膜ができている。琴美も限界のようだ。
それから三十分。なんとかラーメンを完食したオレと琴美は腹を抱えて店を出た。
「ふぅー。美味しかったですね」
「……そうだな。ウッ……」
確かに美味しかったがもう当分いいかな。
琴美はもう自分の限界を突破しているようで一言も喋らない。
「お腹もいっぱいになったことですし、私もう一箇所行ってみたいところがあるんです」
神無月の『行ってみたいところ』という単語にオレと琴美は身構えたがそれは杞憂に終わった。
ラーメン屋出て向かった先はゲームセンターだった。
「ゲームセンターか」
「はい! 私今までこういうアミューズメント施設に来たことがなくて、憧れだったんです」
神無月は中学の頃、今以上に家からの束縛が強く、色んなことを制限させれいたという話を聞いたことがある。それが幸福なのか不幸なのか。親に大事にされているということではあるがその反面、友達と放課後遊んだりできない寂しさや辛さもあっただろう。
高校生になって少しマシになり、学校帰りにちょっと寄り道をしたりできるようになったみたいだが、普段オレたちが何気なく入っているラーメン屋やゲームセンターでさえ神無月にとっては憧れの場所だったのだ。
神無月には中学までできなかった楽しいことを高校ではめいっぱいしてほしいという気持ちがある。
「二人とも行きましょ! 」
「おう! 」
オレたち三人はゲームセンターに入り、色んなゲームを見て回る。
そんな中で神無月が足を止めたのは巨大ジンベイザメのぬいぐるみのUFOキャッチャーだった。
「可愛いです! 」
神無月はジンベイザメと目を合わさせると迷いなく五百円を筐体に投入する。
一度目の挑戦。アームがジンベイザメをがっしり掴むも持ち上げる途中に落ちてしまい失敗。
二度目もぬいぐるみを持ち上げるも筐体内の開口部に行くまでに落下し失敗。
「むっ……なかなか難しいですね」
神無月は初めてのUFOキャッチャーに苦戦を強いられ少し膨れ顔を見せる。
「あんた取ってあげなさいよ」
「なんで俺が……」
「だってあんた中学生の時UFOキャッチャーハマってたじゃない」
「なっ、なんでお前がそれを知ってるんだよ」
確かに中学生の頃、彼女ができた時にデートで彼女の欲しいぬいぐるみをUFOキャッチャーで取るシチュエーションに憧れ、UFOキャッチャーを極ようと通っていたことはあるが……。あれは割とオレの中で黒歴史なんだよ。
周りが次々彼女を作る中、三年間彼女ができることがなかった。あれはオレの心を深く傷つけた。
「だってあんたが取ってきたぬいぐるみとか私押し付けられてたもん」
「……? そんなことあったっけ? 」
「んっ! もー知らない! 」
なんだあいつ、機嫌の波激しすぎるだろ。今もなんかメンダコだかなんだがぶつぶつ言ってるし。
まあでもあの頃は使うことのなかった特技だがそれで神無月を喜ばせれるなら。
「神無月、一回俺に任せてくれないか」
三度目も取れず頭を悩ましていた神無月はオレに台を譲り後ろで見守る。
あまりじっくり見られると気恥ずかしいが。オレの操作したアームはジンベイザメの掴み持ち運ぶ。
「よし、そのままいけ! 」
慎重に開口部へと向かうジンベイザメにみんなの期待が高まる。だが、絶妙なバランスでアームに乗っかっていたジンベイザメが開口部目前でガタンという衝撃で体勢を崩す。
頼む、あと少し踏ん張ってくれ。
しかし、オレたちの祈りは虚しくジンベイザメはアームからこぼれ落ちる。
「あぁ……」
みんなが思わず落胆の声をあげてしまった。さすがにそんなうまくはいかないか。そう思ったのも束の間、ジンベイザメはアームから落下したものの運良くアームの爪にジンベイザメのタグが引っかかっており、ジンベイザメが吊り下げられた格好のまま開口部へと運ばれていく。
そのままジンベイザメは開口部へダイブ。取り出し口にジンベイザメが降ってきた。
「やった! 」
興奮する神無月が取り出し口からジンベイザメを取り出し、抱きしめる。
「ありがとうございます! 」
「お、おう、これぐらい朝飯前よ」
内心ヒヤヒヤしていたし、取れた喜びを身体全体で表したいほど嬉しいがここはクールに振舞ってみる。
「なーにカッコつけてんのよ。手ぶるぶるしてますけど」
おっと完全には隠しきれませんでした。
その後オレたちは太鼓のリズムゲームをやったり少しメダルゲームで遊んだり、思うがまま遊び尽くした。
「そろそろいい時間だな」
「それじゃあ私最後にしたいことが」
今日三度目の神無月の希望。それは……
「プリクラを三人で撮りましょう! 」
プラクラ……。正直今まで加工写真を撮って顔にお絵描きするだけで何も面白くないのにそれに五百円も使うやつはバカのすることなんじゃないかと思っていた。けど今違う。プリクラは加工写真を撮ってお絵描きするだけじゃない。今日こうして三人でラーメンを限界になりながらも完食してゲームセンターで遊んで。そんな今日をプリクラという形あるもので思い出に残す。これほど有意義な五百円の使い道はないだろう。
プリ機に入り、三人で色んなポーズ、顔をして何枚も写真を撮っていく。正直男がやるには恥ずかしいポーズもあったが気にしたら負けだ。どうせなら思いっきりやってやる。
そして撮り終わったプリを琴美と神無月の二人でお絵描きをし、印刷をする。
出来上がったプリを取り出し確認する。
すると二人が出てきたプリを見ながら大爆笑し始めた。
「もー無理、さすがに耐えられないって」
何が起こったのか、オレも出ていたプリを見に行く。すると……
「なっ! 」
琴美と神無月はしっかりと撮れているがオレだけ服の部分がない。簡単にいうと服が透過されているせいでオレの頭や腕だけ不自然に宙に浮いているようになっている。
「あんた、真緑の服着てるから後ろのカーテンと一緒で背景扱いされてるじゃない。妖怪みたいね」
そんなことってあるのか……。まあこれも笑い話にできるいい思い出か。そんなことを考えて思わず気持ち悪い笑い声が出てしまう。
「なに、今の笑い方」
「うっせ、もう帰るぞ」
家に着いたのは日が暮れた後だった。
「二人とも今日はありがとうございました」
「なによ、改まって」
「そうだぞ。また遊びに行こうな」
「はい。私今日はとても楽しかったです。そして夏休みに皆さんと遊びに行くのがもっと楽しみになりました。私明日、お父様にもう一度お願いしてみようと思います」
「ああ、頑張れ」
そう言う神無月の目は今朝来た時の目とは違い覚悟を決めた目をしていた。
2
翌朝、寝起きのコーヒーを飲み、だらだらとテレビを三人で見ているとインターホンが鳴った。
「迎えが来たようだな」
玄関を開けるとスーツでピシッと決めた男性が立っていた。
「神無月澪の父です。昨日は大変ご迷惑をお掛けしました」
「同じ生徒会の天国達也です。昨日のことは気になさらないでください」
まずはお互い社交的に挨拶を交わす。
そしてリビングからひょっこりと顔を覗かせる神無月にお父さんが気がついた。
「みおたま! 」
みおたま……?
「ちょっとお父様! その呼び方、外でしないでって言っているでしょ! 」
神無月がこれまで聞いたことないほどの大声で叫ぶ。既にオレの頭の中は混乱状態だ。
「えーと、とりあえず中入ります? お茶ぐらいしか出せませんが」
「……よろしく頼む」
神無月のお父さんをリビングに案内し、オレ、琴美、神無月、そして神無月のお父さんの四人でテーブルを囲む。
「さっきは取り乱して悪かった。昨日から色々考えていてな」
「お父様、フランスのことなんですけど」
「ああ、ママにも言われたよ。澪はもう高校生なんだから留守番ぐらいできますって」
「お母様が……」
「私もそろそろ子離れする時期なのかもな」
「それじゃあ」
「ああ、フランスには私とママの二人で行くよ。その間の澪のお世話はメイドさん達に日替わりでお願いしておく」
「あ、ありがとうございますお父様。……それと……一昨日はわからず屋なんて酷いこと言ってごめんなさい。お父様は私を心配してくれていたのに……」
「いいんだよそんなこと。私こそ澪の気持ちをそっちのけにして悪かったな」
これで一件落着か。神無月は無事夏休みに遊びに行けそうだし、お父さんとも仲直りできたし。
「達也くんだったかな? 」
「は、はい! 」
「君にみおたまは渡さないよ」
「……はい、重々承知しています」
お父さん、目が怖いです。
「なら良かった。これからもみおたまと
「はい、もちろん」
「あら、お父様に達也さん。何勝手に話を進めていらっしゃるのかしら。もしかして達也さんが婿として家族になるかもしれませんのに」
神無月さん、やめてください。
完全に空気が凍った。琴美は顔を真っ赤にし、お父さんは目玉が飛び出そうなほど見開き、血走っている。
「なーんてね。さぁ、帰りますわよお父様」
こうして神無月は去っていった。最後に大きな爆弾を投下して。
「全くあいつは……」
緊張と恐怖から解放され安心したのかオレのお腹が鳴った。そういえばまだ朝ごはんも食べてなかったっけ。時計を見ると時刻はもうお昼前だ。
さて、今日は何を食べるかな。そう考えた途端オレの身体が無性に昨日食べた日朗系ラーメンを欲し始めた。
「……ラーメン食い行こ」
こうしてオレは日朗系ラーメンの沼にハマってしまったのだった。
3
私は小さい時からわがままで欲しがりだった。隣の芝は青く見えるとはよくできた言葉で人の持っている物ほど良く見えてしまうのだ。
中学から高校に上がり、周りは知らない人ばかりの環境で私は孤立した。そんな中、私に声をかけてくれたのは隣の席の天国琴美さんだった。彼女はよく一つ上の兄の話をする。内容は兄の愚痴ばかりだったが、話している姿はまるで兄を自慢するかのようにキラキラしていた。
高校にも慣れてきた頃、私の前に生徒会長が現れ、私を生徒会に勧誘してきた。
最初は見学だけでもいいということで訪れた生徒会室に彼はいた。琴美の兄、天国達也さん。彼は生徒会のみんなから頼られていて立派に見えた。
この人のことをもっと知りたい。そんな理由から私は生徒会入りを決意した。
生徒会に入った私に色々教えてくれたのも達也さんだった。
そんな時、私はとある噂を耳にした。どうやらゴールデンウィークに入る前日、達也さんが誰かに告白されるらしい。
それを知った私の
気がつけば私は達也さんを中庭に呼び出し、告白をしていた。
その日の晩はなぜあんなことをしてしまったのか分からず頭を抱え、それから数日は達也さんのことしか考えられないようになっていた。
相手を好きになるパターンとして多いのは相手が自分のことを意識していると知った時らしい。私は告白から数日の間、達也さんはあの時どう思ったのだろうってことばかり考えていた。そして中間テストが終わった後に真剣に考えると言われ達也さんが私を好きになるかもしれないと思った。
そこで私は達也さんの事を好きになってしまったことに気づいた。
あの日達也さんに告白したのは達也さんを好きになるかもしれないと本能的に思ったからかもしれない。もしあの時告白しなかったら私は七人の彼女候補にすらなれなかった。そうしたら私はどうしただろう。
あの時本能的に達也さんを取られたくないと思ったのは私が欲しがりだからなのかこれとも恋の予感を感じていたからなのか。それは私自身も分からない。けれどこうなった以上私は後悔しないようにするだけ。だって私は欲しがりでわがままなお嬢様なのだから。
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