第六・五話 お疲れ様でした!

「「「「「お疲れ様でしたー! 」」」」」

 終業式が終わり、体育館の椅子を全て片付けたオレたち生徒会はこれにて一学期の仕事を全て終えたのだった。

「みんな終業式の後も残って片付けありがとう。時間もちょうどお昼前だし、この後みんなでご飯食べに行かない? 」

「いいですね! ご飯食べ終わった後カラオケとかも行っちゃいます? 」

「おっ! カラオケもいいねー。私最近カラオケ行ってないから歌いたい曲溜まってんだよね」

「カラオケもいいですけど会長はとりあえず職員室に行って先生に終わったと報告してきてください」

「はい! すぐに行ってまいります! 」

 会長のテンションが高いのはいつも通りだけども心なしか先生に報告に行くように言った辻野も声のトーンがいつもよりも高いような気がする。きっと辻野も仕事が終わって少し肩の荷が下りたのだろう。

 会長が先生に報告に行っている間にオレたちは生徒会室に帰って身支度を進める。

「なにを食べに行きましょうか」

「きっと会長はラーメンって言うわよ」

「普通にファミレスでハンバーグとかもいいよね」

「中華もありだな」

 あぁ、こんな話をしていたら今まで気にならなかった空腹感が一気に押し寄せてくる。気を抜いたらお腹の虫が鳴いてしまいそうだ。

 身支度が終わり会長の帰りを待ちながら雑談をしていると生徒会室の扉が勢いよく開かれた。

「おまたせみんな! じゃあ行くわよ……お寿司を食べに! 」

 寿司! その単語が脳内に選択肢として現れた途端オレの舌は異常に寿司を求め始めた。こうなったが最後これを解決する術は寿司を食べる他にない。どうやらみんなも同じようで完全に思考が寿司に持っていかれている顔をしている。

 そうこうしているうちに身支度を終えた会長が「付いて来い」と言わんばかりの立ち振る舞いで生徒会室を出ていく。その後をオレたちはカルガモの子のように並んで付いて行く。



1



 高校生が寿司を食べに行くといったら百円の回転寿司を想像するではないか……。

「か、会長……ここってこの辺で有名な回らない寿司屋ですよね? 」

「うん! お寿司といったらここでしょ」

「あっ! 私もここ家族で来たことあります」

 神無月が家族で来る寿司屋……。

 七月の残りのお小遣いが全てここでなくなってもおかしくない。それは心菜と辻野も同じようで戸惑った表情を浮かべている。

「会長、オレたちそんなにお金持ってきてないですよ」

「大丈夫、大丈夫。今日はお金要らないから」

「それはどういう……」

 お金が要らない? 色んなパターンを想像するがそれは……

「だってここ私の実家だから」

「……実家? 」

 想定していたどのパターンでもない実家という展開にびっくりを通り越してなにも以上言葉が出てこない。

「そ、今日は一学期頑張って働いてくれたみんなに労いの意味を込めてうちのお寿司をご馳走します」

「「「「ありがとうございます! 」」」」

 ここは会長の厚意に甘え、有難くいただくことにする。

「ただいまパパ! 」

「おう、おかえりなぎ! 」

 店内に入るといかにも職人という風格のある会長のお父さん大将が板場から元気な声を上げる。

「パパ、前言ってた生徒会のみんな連れてきたから一番いいコースをお願い」

「おう、生徒会の皆さんいらっしゃい! いつも娘がお世話になってるね。今日はおじさんの奢りだ! いっぱい食べてくれ」

「こちらこそいつも会長にはお世話になってます。ありがとうございます」

 頭をペコりと下げる辻野に続いてオレたちも頭を下げる。

 こういう時にいち早く行動できる辻野はさすがだ。

「堅いのはそこまでにしてみんな座って座って」

 オレたちは会長に勧められるまま奥から順にカウンターに座っていく。

 みんなが座ったのを確認すると大将は目の前のネタケースから一つネタを取り出した。

 既に柵にされているネタを寿司の形に切っていく。

 一番目に出てきたのはタイだった。

「これはなみだをちょっと乗せてむらさきもちょっと付けて食べてくれ。旨いぞ」

 なみだ? むらさき? 聞いたことの無い単語に首を傾げる。

「あぁ、なみだはわさびのことでむらさきは醤油のことだ」

 大将の説明を受け、おすすめの食べ方でタイをいただく。

「えっ! 旨い! 」

 思わず声が出た。

 これまで食べたタイの中で一番歯ごたえがあり、噛む度に旨味が溢れでてくる。それに……

「このわさび辛くない」

「ハッハッハッ。すりたてのわさびは旨いだろ」

 正直わさびは辛くて好きじゃないため普段付けないのだが、このわさびは辛さというより風味のために付けているという感じだ。生まれて初めてわさびを旨いと思った。

 その後あじ、カレイ、カワハギ、イクラ、うにと食べ、中トロや大トロ、茶碗蒸しまで出てきた。

 どれもこれも今まで食べてきた寿司とは一線を画すものだった。こんなものを食べたらもう百円の回転寿司では満足の出来ない身体になってしまう。

「あい、締めのネギトロ巻き」

 最後に出てきたのはネギトロ巻きらしいのだがオレの知っているネギトロ巻きとは明らかに形状が異なってる。

 茶碗に盛られた酢飯と小鉢に入ったキラキラ輝いているネギトロ、もう一つの皿には正方形の海苔が三枚とネギが少し。まだ巻かれていないネギトロ巻きセットがオレたちの目の前に提供される。

「うちのネギトロ巻きはね自分で作るスタイルなの」

 手慣れた様子でネギトロ巻きを作る会長を真似てオレたちもネギトロ巻きを作る。

 海苔の上に適当な量の酢飯、ネギトロ、ネギを乗せるだけ。全部乗せれたら正方形の海苔の対角線上の角を持って丸めて口に運ぶ。

「なにこれ……美味しい! 」

 これまで黙々と食べていた辻野が思わず声を上げる。

 でも確かにさっきまでの寿司は食べたことのある寿司のレベルMAXという感じだったがこのネギトロ巻きに関してはまるで別次元だ。

「そうだろ、旨いだろ! うち自慢のネギトロ巻きは来た客みんなそう言うよ」

 大将も自慢のネギトロ巻きが好評でご機嫌だ。

「良かったらこれも食べてよ」

 そう言ってご機嫌な大将が出してくれたのは何の変哲もないだし巻き玉子だった。

「これもうちで作ってる自慢の逸品なんだ」

 正直もうお腹がいっぱいだが厚意に無下にするのは申し訳ない。一口には少し大きいだし巻き玉子を半ば無理やり口に詰め、噛み締める。

 ……旨い。甘い! 

 だし巻き玉子なのにまるでスイーツのようだ。

 満腹度的にきついと思っていただし巻き玉子は口から消えるようにスっと胃袋に入っていった。

「全部、美味しかったです」

「そうか、それは良かった」

 大将は今日一番の笑顔を見せる。

 こんな美味しい寿司を食べさせてくれた大将と会長には本当に感謝の気持ちしかない。

「本当にありがとうございました」

 食べ終わり、みんなでもう一度お礼を言って寿司屋を後にする。

「さて、カラオケ行くわよ! 」

 腹が満たされ元気満タンな会長に続き、オレたちも駅前のカラオケを目指し歩き出した。



2



「着いたー! 」

 カラオケに着いたオレたちはとりあえず何時間歌うかの小会議を行う。

 時刻は二時。六人でみんなある程度歌えて帰りが遅くなりすぎない時間。

「四時間? 」

「いや、六時間はいけるっしょ」

「八時まではさすがに無理です。間を取って五時間にしましょう」

「ちぇーっ」

 たくさん歌いたい会長は口を尖らせあからさまに拗ねてみせるが辻野はそれを気にも留めず、速やかに受付を終わらせる。

 みんなにドリンクバーのグラスを渡し、それぞれ飲み物を入れてルームの方へ向かった。

「早速歌うわよ! 」

 会長は我先に部屋に入ると一目散にデンモクを手に取る。

 手早く入力された曲はすぐにモニターに送信されイントロが流れ始める。

 会長はマイクを手に取り、なぜかオレの方を向き歌い出した。

 そして四分程で歌が終わった。

 全てを歌い終わった会長の表情はやりきったという清々しい表情をしていた。額にはうっすら汗が滲んでいる。それに対しオレは顔を覆い隠したくなるほど真っ赤になってしまっているだろう。

 この四分間、何が起きたかというと会長が歌った曲はゴリゴリのラブソングで投げキッスやらなんやらのファンサービスを全てオレに向けてやってきたのだ。どうやら会長はこれがやりたかったらしい。

 そして何故だろう。みんなの視線が痛い。オレは悪くないよね? 

 そんな会長に負けじと心菜も青春系のラブソングをファンサービス込みで歌って見せた。

 続いてマイクを握ったのは辻野だ。曲名は……あっ、これ知ってるやつだ。

 辻野が入れた曲は今ドラマの主題歌として大ヒットしてる曲でドラマを見ていないオレですらサビは歌えるぐらいだ。

 そして辻野はその曲を圧倒的な歌唱力で歌いきった。

 パチパチパチ……。自然と拍手が部屋内に起こる。それに辻野はドヤ顔を見せる。

 辻野がこんなに歌が上手いのは意外だったな……。そしてドヤ顔可愛いな! 

 その後はみんな好き勝手に歌い、退出時間の七時はあっという間に来てしまった。

「さて、みんな帰りますか」

 オレたちは退出時間五分前に荷物をまとめて外に出た。

 カラオケを出るとちょうど太陽が地平線に沈んでいるところだった。

「夏休みもみんなで色々行きたいね」

「そうですね、海とか夏祭りとか! 」

「オレはいつでも空いてるんでぜひ誘ってください」

 みんな明日から始まる夏休みの計画に心を踊らせる。

「それじゃあまた」

「うん。また夏休みのどこかで」

 みんな自分の帰路へと別れていき、オレと心菜は一緒に家へ帰る。

「夏休み楽しみだね」

「そうだな」

 ふと、携帯のグループチャットを確認するとクラスの数人からやいつの間にか入れられていた白夜を落とし隊からのメッセージが入っている。

 パッと内容を確認したところ夏休みの予定についてのことだった。

 夏休み、楽しみだけど大変な夏休みにもなりそうだな。

 オレはこれからの夏休みに期待と若干の不安を感じながら太陽の沈みきった空を見上げた。

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