第六話 上に立つ者として

 六月も折り返し、期末テストも無事乗り越えた我々生徒会メンバーは今、とあるキャンプ場で絶賛バーベキュー中です。

「晴れてよかったわね」

「ほんとですね」

「お肉も美味しいし」

「会長、野菜も食べてください」

 みんな和気あいあいと楽しい時間を過ごしているが、そもそもなぜオレたちがキャンプ場に来ているかというとそれは期末テストが終わった一週間前に遡る。

 ――一週間前――

「会長、テストが終わったらすぐ生徒会室に来るようにってどうしたんですか? 」

 五日間に及ぶ期末テストが終わり、解放感に包まれていたオレたちの携帯に会長から召集のメッセージが送られてきた。

 これまでも召集の連絡が入ったことはあったが今回は生徒会室にいる会長の雰囲気からいつもとは違う何かを感じ役員にも緊張が走る。

「今回集まってもらったのは生徒会顧問のすーちゃん先生こと檜佐ひさすみれ先生が大切な話があると言うからで私も内容は知らないんだよね」

 すーちゃん先生は国語科の先生でオレたち二年生の受持だ。天真爛漫で元気な性格をしていて、授業も面白いし生徒ともフレンドリーに接しているためみんなに人気な先生だ。

 すーちゃん先生を一言で言うなら――

「みんなテストで疲れてるだろうに集まってもらって悪いね」

 すーちゃん先生の話をしているとどこからかすーちゃん先生の声が! 

 しかし辺りを見渡してみてもすーちゃん先生の姿は見当たらない。

「天国、下だよ下」

 そう言われて視線を下に下げると見覚えのあるアホ毛が視界に入ってきた。

「先生そこにいたんですか」

 そこからさらに視線を下げるとすーちゃん先生がこちらを見上げていた。

 そう、すーちゃん先生は一言でいえば小学生のような先生だ。

 身長が143センチと小学六年生の女子の身長ほどしかなく、顔も童顔で性格も男子小学生のような人で小学生の中に先生の脳みそが入っているという表現をしたらわかりやすいだろうか。

 先生が現れたので我々生徒会メンバーも席に着き今回の召集の件について話を聞く。

「先生がこうやって生徒会室に顔を出すのは今年入って初めてのことなんじゃないですか」

「そうなんだよ。私陸上部とバレー部と図書部も顧問してるから忙しくて生徒会のこと忘れてたんだよね」

 いや掛け持ちし過ぎでしょ! 学生でも部活四つ掛け持ちなんて聞いたことないよ! 

 先生のアグレッシブさに驚いていると話はどんどん先に進もうとしていた。

「それでみんなまだ今年の生徒会メンバーになってから親睦会とかやってないかなって思って私、今度の土曜日に生徒会で親睦会を開催する許可を学校に取ってきました」

 親睦会? 土曜日? いきなりなことが多すぎて混乱しているオレたちを無視して先生はさらに話を続ける。

「それで何したら楽しいかなって考えたんだけど……みんなでキャンプ場に行ってバーベキューなんてどうかな? っていうかもうキャンプ場予約しちゃいました」

「「「「「えーーーーーーー」」」」」


 ――というわけで我々生徒会はキャンプ場に来てバーベキューをしているのでした。

「達也くんちゃんと食べてる? 」

「はい、食べてますよ」

「男の子なんだからいっぱい食べてね」

 普段はおちゃらけている会長だが、こういう周りに気配りができるところはさすがだなと思うところだな。

「さて……」

 そんな会長を見習ってオレも気配りしますか。

 バーベキューコンロから焼けた肉を数枚新しい紙皿に取り、少し離れたところでチェアに座って自然を眺めている先生のところに持っていく。

「先生、お肉食べてますか? 焼けたやつ持ってきたのでどうぞ」

「あー、ありがとありがと」

 先生は缶ビールを片手に持ってきた肉を早速つまむ。

「先生酔ってますか? 」

「ノンアルで酔ったりしませーん」

 見た目小学生の先生がビールを飲んでいるこの状況だけ見たらなんだか警察に話しかけられそうだが先生は立派な大人なのでそんなことになっても大丈夫だろう。

「それにしても最近のノンアルはよく出来てるわねー」

「へぇー」

 高校生にもなると少しお酒に興味が出てくるのでオレも先生の飲んでいるビールの缶を覗き込んでみる。

 するとノンアルコールだと言っていた缶にはっきりと『お酒』の文字が書いてある。

「先生……これ、本当にノンアルコールなんですよね? 」

 不安になり、一度先生に尋ねてみる。

「そうよ、ここにアルコール0.00って書いてるでしょ。ってあれ? 」

「……先生? 」

 なんだか怪しい空気が流れてくる。

「……一本間違えてアルコール入ってるやつ家から持ってきちゃった。先生うっかりっ」

 てへっと可愛らしいポーズをする先生だが事の重大さ気づいたオレはだんだん汗が出てきた。何せオレたちはここのキャンプ場まで先生の車に乗って来たのだから。



1



 先生がアルコールを飲んでしまったことをみんなに伝えると至急会議が開かれた。

「車があるからみんなで駅まで歩いて帰るっていうのはできないし、かといって先生置いて帰るのは可哀想だし、どうしたものかね」

「一番現実的なのは今日一泊、宿泊施設に泊まって帰ることよね」

「それについては今、先生がどこか空いているところがないか確認に行ってくれているわ」

「それに泊まるとしたら着替えとかも必要になってきますよね」

「その問題についても今検討中よ」

 議論を重ね、最善策を模索するが問題や不確定な要素が多すぎてなかなか良い案が出ないまま時間だけが過ぎてゆく。

「みんなー、施設に人に聞いたらコテージが一つだけ予約キャンセルになって空いてるってさ」

 宿泊施設の空きを聞きに行っていた先生が叫びながら帰ってきた。先生の報告で会長は今後の方針を決めたようでオレたちに指示した。

「今日はそのコテージに泊まることにしよう。みんな親御さんに連絡をしてそのことを伝えてくれ」

 みんなが親に連絡を入れ、一段落すると会長はさらに次の指示をする。

「ここから二班に別れて行動する。一班はキャンプ場の受付に行って宿泊の手続きを、もう一班はコンビニに行って今日の晩と明日の朝の食料の調達と下着などの実用品の買い出しをしてくること」

 班は会長が人選を即座に見極め、受付に行く班が先生、心菜、辻野の三人。買い出しがオレと会長と神無月と決まった。

「それじゃあ、各班行動開始」

 先生達と別れ、オレたちはここから片道三十分かかるコンビニを目指して歩き出した。

 どんどんと前を歩く会長の後ろをオレと神無月がついて行く。

「会長、さすがですね。緊急事態でも動揺せずみんなをまとめて」

「ほんと、うちの生徒会長様はすごい人だよ」

 神無月と話しているとずっと前を歩いていた会長がペースを落とし、オレたちの近くに寄ってきた。

「なになに、私のこと褒めてくれてるのかなぁ? そういうのは直接言って欲しいなぁ。なんちゃって」

 いつもにも増して上機嫌な会長はそのまま鼻歌交じりに坂道をルンルンと下っていく。その後をオレたちも小走りで追いかけた。

 コンビニに着き、とりあえず三人で店内を見て回る。

「最近のコンビニは出来合いのものだけじゃなくて野菜とか生のお肉とかも置いてるんですね」

「ほんとだ。普段気にもしないから気づかなかったけどこれって都会にもあるのかしら」

 店内を全部見て回り、三人で献立を考えた結果。

「野菜やお肉があって、キャンプ場に来ているということは――作るしかないでしょ」

「「「カレー! 」」」

 献立も決まったため、オレたちはカレーに必要な食材とレンチンご飯。それとお風呂上がりに着る下着と明日の朝のパンを人数分買ってコンビニを出た。

 重さ五キロ程のレジ袋を両手に山道を三十分歩き、ヘトヘトでキャンプ場の受付に行くとオレたちを待っていた心菜と合流し、一緒にコテージを目指した。


2



「立派なコテージだな」

 受付から徒歩五分。オレたちはコテージ今日の宿に到着した。

 中に入り、とりあえず両手に持っていたレジ袋を置いてひと休みする。

 たった五キロ程の荷物だったが山道を三十分も持ったまま歩くのはさすがに疲れた。そう考えると買い出しに荷物持ちとして男手を用意した会長の判断は聡明な判断だったと思う。

 ソファーに座り疲れた手足を休ませていると隣から寝息がスースー聞こえてくる。その音の方へ視線を向けてみるとオレの座っている真横で先生がソファー一人分のスペースで器用に丸まって寝ていた。その姿はまるで猫のようだ。

 …………。

 隣で丸まって寝ている先生を見ているとなんだか抑えられない衝動が……。

 (ぷにっ)

 気がついたらオレの指が先生の頬をぷにぷにしていた。まるでお餅のようなに柔らかく、それでいてグミのような反発力もあって……最高! 

 それーぷにっ、ぷにっ、ぷにっ、ぷにっ! 

「みーちゃった、みーちゃった」

 ぷにっ、ぷ……。

 振り返ってみると会長がオレを満面の笑みで見ていた。

「こ、こっ、これは違うくて、えっとー」

 必死に言い訳を考えるが何も出てこない。

 隣で寝ている女性の頬をつついている男なんてただの変態じゃないか。しかも相手は見た目はロリだが先生だ。これはアウトなやつなのでは……。

 あたふたするオレに会長がゆっくり近づいてくる。

 引導を渡させるのか……。

 目の前で立ち止まった会長は人差し指を立て、こちらを指さす。生徒会クビを言い渡されるかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。

 だが、こちらをさしていた人差し指はオレの前を通り過ぎ隣で寝ている先生の頬に着地した。

「すーちゃん先生のほっぺた柔らかくて気持ちいいよね」

 思わぬ展開に驚いた反面、ホッとした自分がいる。この光景はいつもの会長から想像できないことではないのだが、こうも堂々とやって見せるとは……。

 ひとしきり先生の頬を堪能した会長は思い出したというジェスチャーと共にこちらを振り向いた。

「夕食までまだ時間あるし、みんなで近くの川まで行こうって話になってるんだけど達也くんも来る? 」

 時刻はまだ四時少し前。確かに夕食までまだまだ時間がある。

「いいですね。俺も行きます」

 一番近くの部屋から布団を一つ持ってきて、それを先生にかけてオレと会長はみんなの待つ玄関へと向かった。



3



 コテージの裏手の森の方へ十分弱歩くと広場のようなところに出た。広場の中央には足首程の深さの川が流れており、たくさんの子供が遊んでいる。

「川沿いはやっぱり涼しいですね」

「ねぇねぇ、ちょっとだけ入っちゃおうか」

「いいですね! 」

「あなたたち着替えがないことだけちゃんと頭に入れておきなさいよ」

「だいじょーぶ! 」

 そういうと会長は躊躇なく服を脱ぎ出した。

「ちょっと、会長何してるんですか! 」

 すかさず辻野が止めに入るがすでに上半身は脱ぎ終わり、下半身も半分脱いでしまっている。

 完全に脱ぎ終えると会長はオレたちに見せびらかすようにポーズをとってみせる。

「じゃじゃーん! 実は水着を来ていたのだ」

 大胆にさらけ出した水着は白を基調としたビキニで、ところどころにワンポイントのフリルが付いており大人な感じの中にも可愛さもあるそんな水着だ。

 会長が自慢げに見せびらかすだけあってオレの頭の中は可愛いとエロいの二つのことしか考えれないほどバグってしまっている。

 同年代の女子の水着を目の前で見せつけられる経験なんてこれまでなかったため気の利いた褒め言葉や落ち着いた反応ができず、オレはただただ水着姿の会長をぼーっと眺めることしかできない。

「あれあれー、もしかして達也くん、私の水着に悩殺されちゃった感じー? 顔赤いぞ」

「いっ、えっとー……よ、よく似合ってますね……」

「えっ……あ、ありがとう……」

 会長は水着を見て照れているオレをからかったつもりだったみたいだが予想外の返しに面食らった様子でさっきまでとは一転、頬を赤らめ、体をモジモジしだした。

 しばらく無言の時間が続き、なんだか良いムードが流れる。しかしその中に心菜が割って入ってきた。

「なんだかイチャイチャしてるとこ悪いんですけど会長ほんとにそれで入るつもりですか? 」

「え? 入ろうと思ってたけどなにか問題あったかな? 」

「いえ、会長がいいならそれでいいんです」

 会長はおかしなところがないかと自分の体を見て確認しているがオレから見てもおかしなところはないと思う。

 ふと心菜の方へ視線を向けるとちょっと怒ったようなそれでいて羨ましそうな表情で会長を眺めていた。

 もしかしたら心菜も水着で川を満喫したかったのかな? 

 数秒確認して問題がないと判断した会長はもーいいやと川へ駆け出した。

「うわっ! 冷たい、けど気持ちいい」

 一人、隣で遊んでいる子供たちにも負けないテンションで遊ぶ会長を見ていたらオレも川に入りたくなってきた。どうやらその気持ちは心菜も同じようでオレがズボンの裾を捲り上げると心菜も靴と靴下を脱ぎ始めた。

「みんなもおいでよー」

 会長に呼ばれオレと心菜は裸足で川へと向かった。辻野と神無月は川に入る気はないようで広場の川の見えるベンチに腰かけてこちらを眺めている。

 服を着たままのオレと心菜は濡れないように控えめに遊ぶのに対して会長は水着だから怖いもの無しと言わんばかりに寝転がったり大胆に遊んでいる。

「二人とも全然楽しそうじゃないじゃん。川はこうやって遊ぶんだよ」

 そういうと会長は両手いっぱいに水を掬いオレら目掛けてそれを掛けてきた。

「キャッ! ちょっと会長やめてくださいよ。私着替え持ってきてないんですから」

 心菜は服を守るように身を縮こませて会長から一歩距離をとる。それに対しオレはテンションが上がってしまっているのか会長の肩あたりに申し訳程度の水を掛け返した。

「おっ、やったな」

 そこからオレの服がびしょびしょになるのは三分とかからなかった。最初は会長も遠慮して捲っている足に掛けていたが最後の方は顔や服など関係なしにバシャバシャ水を掛け合った。

 楽しい時間はあっという間で一時間も遊ぶと空は完全に茜色に染まっていた。

 そろそろ帰ろうかと川を出た時にオレは重大なことに気がついた。

「オレたちタオルとか持ってきてませんよね? 」

「……私水着、中に来てきたから下着も持ってきてないわ……」

 幸い心菜は持参していたハンカチで拭ける程度しか濡れていなかったので良かったがオレたちは川岸で立ち尽くす。

「だから言ったじゃないですか『ほんとにそれで入るつもりですか』って」

「こうなること気づいてたなら先に言えよ! 」

「だって……たっちゃんと会長がイチャイチャしてたから嫉妬しちゃって、つい……」

 心菜は口を尖らせ顔をぷいとこちらから逸らした。

 まったく、どうしようかな。

 六月とはいえ、夕方に濡れた服のままずっといると体温を奪われ寒いし、風邪を引いてしまう。もう覚悟を決めてコテージまで走るかと思っていると川に入っていなかった二人が広場の方からではなくコテージの方から小走りでこちらに向かってくる。

「はい、タオル持ってきてあげたわよ」

 二人は派手に遊ぶオレたちを見てタオルと会長の下着をわざわざコテージまで取りに行ってくれていたらしい。

「ありがとう、まじで助かったわ」

「いえ、達也さん達が風邪を引いてしまっては大変ですからね」

 なんて気が利く同級生と後輩なんだろう。二人に感謝を伝え、有難くタオルを使わせてもらった。

 ある程度水分を拭き取って、会長が近くの公衆トイレで服を着替えて終えるとみんなで急いでコテージへと帰った。



4



 コテージに帰宅後みんなに勧められてオレはお風呂に入った。濡れた服は心菜が近くのコインランドリーまで乾燥させに行ってくれてる。

 さっきまで濡れた冷たい服を着ていたため、風呂のお湯が体に染み渡る。突然の泊まりで着替えも持ってきてないため今風呂を上がっても着替えがない。

 乾いた服を心菜が持ってきてくれてるまでオレはこの風呂を満喫しますかね。

 普段家では入れない足を伸ばせる湯船に極楽を感じていると風呂場の扉が勢いよく開きオレの服を持った心菜と目が合う。

「服乾かしたやつここ置いとくからね」

「おう、ありがとう……っておかしくないか! 」

 あまりにも自然すぎてついつい流しそうになったけど明らかにおかしいよな。

「なんで普通に風呂覗いてんだよ」

「いや、別にたっちゃんの裸とか見慣れてるというか昔は一緒にお風呂入ってたじゃん」

「それ幼稚園とかの話だよな! 今オレら高校生だぞ。思春期の中高生にとってそういうのは一番センシティブなところなんだよ! 」

 まるで母親に風呂を覗かれた時にするような説明を同級生の女子にすることになるなんて思いもしなかった。

 オレの必死に説明を聞き、「はいはい」と心菜は母親のような対応をして風呂の扉を閉めた。

 それからしばらくして完全に外から気配を感じないことを確認してからオレは風呂を出た。

 風呂を出ると辻野と心菜は夕食のカレーを作っており、神無月と会長と先生はテーブルを囲んで会議をしていた。

「なんか手伝えることある? 」

「いえ、あと煮込んでカレールーを入れるだけだから大丈夫よ」

 料理組はそろそろ完成のようで手伝えることがなかったためオレも先生たちの会議の方に加わることにした。

「これ……戦争に発展する可能性があるわね」

 近づいてみると女子高生の話とは思えないほど物騒な内容が聞こえてきた。

「あの……なんの話してるんですか? 」

「今日寝る部屋割りのことなんだけど」

 なんだ平和な内容じゃないか。そう思ったのもつかの間、仮の部屋割りが書かれた紙を見て息を呑んだ。

「会長……このコテージってもしかしてツインベッドの部屋が三つっていう感じですか? 」

「そうなのよね……。達也くん先生と同室でもいい? 」

「いやいや! それはまずいでしょ! 」

 いくら見た目が小学生の先生とはいえ年頃の男子高校生と女性が一晩同じ部屋で寝るなんて何も無くても倫理的にまずい。

「そうだ! 俺はここで寝るので先生は一人で部屋を使ってください。うん、それがいい」

「まあ天国が良いならそれでいいんだけど」

「全然大丈夫です! むしろソファーで寝るのが夢だったというか、はい! 」

 もちろんそんな夢はない。だが今はこれが最善手だ。

 そんなこんなあって結局部屋割りは先生が一部屋。心菜と辻野の二年生女子組で一部屋。会長と神無月で一部屋。そしてオレがリビングと決まった。



5




「みんなー。カレー出来たよー」

 時刻は七時過ぎ。みんながお風呂を入り終え、夕食を食べることになった。

 食べ盛りの高校生はこの時間すでにお腹ペコペコである。そこにカレーのいい匂いがキッチンからやってきてさらに食欲を掻き立てられる。

「おかわりもあるからいっぱい食べてね。それじゃあ……」

「「「「「「いただきまーす」」」」」」

 やっぱりキャンプ場で泊まりの夕食といえばカレーだよな。普段家で使っているカレールーと同じはずなのにひと味もふた味も違う気がする。

 野菜がゴロゴロ入った絶品カレーを六人で全て平らげ、食後は泊まりならではの雑談に花を咲かせ、楽しい夜を過ごした。

「そろそろいい時間だしみんな部屋に戻って寝なさい」

 自室で一人休んでいた先生がリビングで騒ぐオレたちにそう指示する。柱にかかっている時計を見ると時刻は十一時を過ぎていた。

「それじゃあみんな解散にしましょうか。明日は八時には起きてきてね」

 そうして解散後オレはリビングのソファーで一人寝れずに暗い中、天井を眺めていた。

「なんだか今日は楽しかったけど怒涛の一日だったな……」

 最初はキャンプ場でバーベキューをして、ちょっと遊んだら帰るだけのはずが先生の飲酒事件でまさかの泊まりになって、片道三十分のコンビニに買い物に行ったり、川に遊びに行ってびしょびしょになったり、みんなでカレー食べてくだらない話をしたり。でもこういうのが青春で大人になっても良い思い出として残るんだろうな。

 こんなことを考え、思い耽ながらふと窓から空を見てみると綺麗な星が見えた。

 オレは星空に吸い寄せられるように外に出た。

 山の中腹に位置するここから見る星はプラネタリウムそのもので言葉を失った。普段の都会では特に気にしたことのなかったが星空がこんなに綺麗だったなんて知らなかった。

「達也くん……」

 声のするコテージの方へ振り返ると会長がこちらに歩いて来ていた。

「会長も眠れないんですか? 」

「ええ。だからちょっと外の空気でも吸おうかなって思って」

「そうですか」

 会長はオレの隣まで歩いてくるとそこに腰を下ろした。

「達也くんも座らない? 」

「はい」

 会長に言われオレも会長の隣に座った。

 …………。

 無言の時間が流れる。

「星、綺麗ね……」

「そうですね……」

 お互いぎこちない会話をしながらそれとなく星空を眺める。

「……実はさ、私次の生徒会長は達也くんになって欲しいなって思ってるんだ」

「えっ……」

 唐突な話でつい大きな声が出てしまった。

「私、この学校をみんなが『楽しかった』、『この高校に来て良かった』って思えるような学校にしたくて生徒会長に立候補したんだ」

 会長がそんなことを思っていたなんて知らなかった。

「けど私は二学期が終われば誰かに次の選挙までの生徒会長の代理お願いしてそれで終わり。私に出来ることも、時間も、もうそんなに残されてない」

 会長は三年生で大学受験も控えている。二学期からは生徒会室に顔を出すことも減るがもしれない。分かってはいたことだけど……。寂しい気持ちが押し寄せてくる。

「私は次の会長候補に達也くんを推すよ」

「それはどうして……」

「まず、神無月はまだ生徒会に入ったばっかりで分からないことが多い。神無月には達也くん達二年生の背中を見てから経験を積んでから生徒会長になってもらいたいと思っている。そして辻野と大橋についてはもちろん優秀だとは思う。けど二人には野望がない」

「野望ですか……」

「そう、学校を良くしようとは思っていると思うけど具体的な目標がない。その点達也くんは一年生の頃から正式な役員でもないのに誰よりも生徒会に尽力してくれたし、難しい選抜の条件も満たしてくれた。そのなんとしてでも生徒会に入りたいという貪欲さが私は好きだ」

 一瞬心臓を掴まれたかのように身体が跳ねた。語りながら星空を眺める会長の横顔は美しくもあり、かっこよくも見えた。その姿は星空と相まってまるで芸術作品のようだった。

「ちょっと喋りすぎたかな……私は部屋に戻るとするよ。じゃあおやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 コテージに去っていく会長を見送るとオレはもう一度星空を眺める。

 さっき見た会長の背中はとても遠く、そして去っていく会長の背中は会長がもうすぐ居なくなってしまうことを彷彿とさせた。



6



「玲奈、起きてる? 」

 ……。

 隣のベッドで寝ている玲奈から返事が帰ってこない。もう寝てしまったのだろうか。

「なに? 眠れないの」

 ワンテンポ遅れて玲奈から返事が返ってきた。

「玲奈さ、いつ、たっちゃんのこと好きになったの」

「いきなりね、泊まりで修学旅行気分にでもなっちゃった? 」

「前々から気になってたんだ」

 そう。あのゴールデンウィーク前日の七人同時告白の日から私はずっと気になっていた。みんながいつ、どうしてたっちゃんを好きになったのか。昔は絶対私しか好きじゃなかったのにいつの間にこんなことになってしまっていたのか。

「……そうね、正直言うと私、一年生の頃はあまり天国くんのこと好きじゃなかったのよ」

「それはどうして? 」

「彼の行動に意味を感じなかったからかしらね。正式な生徒会役員でもないのに誰よりも働いて、人のために貴重な時間使って、自分の経歴にも別に書けるわけでもないのに馬鹿なんじゃないかって思ってたの」

 確かに私たちは生徒会に所属していたという点で大学受験に有利になったりするかもしれない。けどあの時のたっちゃんはなんにも得のないただのお手伝いさんだった。

「けど、彼は努力で私が無駄だと思っていた一年間を意味のあるものにしたのよ」

 うちの生徒会は本当にレベルが高い。ただ成績が良いだけじゃ生徒会には入れない。それこそ会長や澪ちゃんのように学年一位の秀才でさらに役に立つ人じゃなければいけない。

「天国くんは最初は成績こそ条件を満たしていなかったけど二年生ではその条件を満たせるほど成長したし、私が無駄だと思っていた一年間で役に立つ人間だと証明していた」

 たっちゃんは昔から努力家で最初は出来なくても最後には絶対出来るようになっている。そんな子だったな。

「私正直、昔から大抵の事は最初から出来たからそんなことに努力するなんてかっこ悪いなって思ってたのね。けど、努力で成長してこれまでの功績で生徒会の席を手に入れた彼を私はかっこいいと思ったのよね。それが私が天国くんを好きになった理由かな」

 全てを語り終えると玲奈はいつになく照れくさそうにしていた。部屋が暗くて顔は見えないがきっと今真っ赤な顔をしているんだろうということは容易に想像がつく。

「なんか思ったより、まともな理由でびっくりした。正直、顔が好みとか言い出したら一発叩いてやろうかと思ってたもん」

「いや、別に顔は好みじゃないわ」

「いや、顔もかっこいいでしょ! 」

「「ふふっ」」

 お互い吹き出してしまう。

「ほら、明日八時に起きないといけないんだからもう寝るわよ」

「はーい。おやすみ」

「おやすみなさい」

 今確信した。玲奈は私の最高の親友でたっちゃん同じ人を好きになった恋のライバルだ。



7



 翌朝、昨日コンビニで買ってきたパンを食べ終えた私たちはすーちゃん先生の車に乗り込み各家に向かって出発した。

「では先生、会長。今回は楽しかったです。ありがとうございました」

「おう、天国も大橋も疲れてるだろうからゆっくり休むんだぞ」

「はい、では」

「ありがとうございました」

 最後の大橋と達也くんが家に入るのを見届け、すーちゃん先生は再びアクセルを踏み込んだ。

「七星の家はこっちだったか? 」

「はい。……先生」

「どうした? 」

「前々から相談してた件。私、受けようと思います」

「そうか……七星が決めたなら先生陣は誰も反対はしない。生徒会役員みんなには言ったのか? 」

「いえ、この事は時期が来たら生徒会役員みんなに伝えようと思っているのでもうしばらく黙っていてもらえないですか」

「分かったよ」

「ありがとうございます」

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