第四話 甘い時々辛い
「我が眷属よ。今からスイーツバイキングに行かないか? 」
授業終わりにそう話しかけてきたのは同じクラスの八代黒百合だった。
「スイーツバイキング? 」
「そう! 隣駅にあるだろ、あそこさ」
「スイーツバイキングか……」
甘いものは確かに人一倍好きだが、ああいう店は女の子が行く所というイメージがあって男のオレが行くのはなんというか恥ずかしい。それに……
「悪い、今月もう金が無いんだ。また今度でもいいか? 」
最近とある理由でお小遣いを吐き出してしまい、月半ばにして財布の中は既にすっからかんなのだ。
「そ、そうか……」
断られることは想定していなかったのか、黒百合は露骨に落ち込みその場を去ろうとする。
そんな黒百合の行先に立ちはだかったのはクズ男こと清水白夜。
「八代、そんなことで諦めていいのかよ」
白夜は黒百合にそう告げるとオレの元へ寄ってくるなり、ポケットから財布を取り出した。
「これで二人で行ってこいよ」
白夜は二枚のカードを財布から取り出すとそれをオレに手渡してきた。
「スイーツバイキングの無料券! 」
「あぁ、これは俺が
こいつに借りを作るのは癪だが、普通に行ったら二千円ほどするところがタダになるのは高校生にとってはかなり大きい。
しかも二枚あるということは黒百合もタダで食べれるということだ。
くっ、こいつに借りを作るのは本っ当に癪なんだが、背に腹はかえられぬ。
「わかった。借り一つな」
オレは無料券を財布にしまうと黒百合にさっきの経緯を話し、共にスイーツバイキングを目指し、教室を後にした。
1
「ここか……」
スイーツバイキングのお店に着いて、まずオレはまるで洋風のお城のような外観に言葉を失った。
「くっ、くっ、くっ、まるで我が魔王城のようではないか」
どうやら黒百合もテンションが上がっているようだ。
「よし、行くか」
驚きもそこそこにオレたちは店内に入った。
「うわぁ……」
人生初のスイーツバイキングは事ある毎にオレに驚きを与えてくる。
店内は壁一面ピンク色で蛍光灯も淡いピンク色になっている。そこら中にハートマークがあり、スイーツを食べる前から既に甘々だ。
客も女の人ばっかりで本当に男のオレが入っていいのかと不安になってしまう。
今日は平日ということもあって待ち時間はなかったが、席はほぼ満席でその人気ぶりは一目瞭然だ。
「お客様、二名様でよろしいでしょうか? 」
「あ、はい」
「では、食べ放題のコースをお選びください」
オレと黒百合は手渡されたメニュー表に視線をやる。
スタンダード、プレミアム、ゴージャスとコースは三つの別れており、それぞれ食べれる種類と値段が異なっているようだ。
スタンダードコースはバイキング+ドリンクバーで時間は四十分。値段は千円と少しスイーツを食べたいなと思った時に気軽に来れるようなリーズナブルなコースのようだ。
プレミアムコースはスタンダードコースにプラスでアイスやジェラートも食べ放題になるようだ。時間は六十分で値段は千五百円としっかりとスイーツを堪能することができるコースとなっているみたいだ。
そして一番豪華なゴージャスコースはお店にあるもの全て食べ放題。ケーキやアイスはもちろん。チョコフォンデュや新鮮なフルーツまで食べることのできるゴージャスの名前に恥じない豪華なコースだ。
時間も八十分とスイーツを食べるには長すぎるとも思えるほどの時間設定になっている。その分値段は二千円とスタンダードコースの二倍になっているが内容は満足のいくものとなっているのだろう。
一通りコースの詳細に目を通し終え、オレは一度財布から無料券を取り出し、裏に表記されている概要に目をやる。
「これはどのコースでも使えるようだな」
「じゃあ、じゃあ! 僕はこのゴージャスコースがいい! 」
「そうだな。せっかくだし一番いいやつにするか! 」
「かしこまりました。ではお席にご案内します」
オレたちは店員さんについて行き、バイキングコーナーの裏手の席に腰を下ろした。
「では只今から食べ放題のタイマーをスタートさせていただきます。ごゆっくりどうぞ」
店員さんはタイマーをスタートさせると入口のカウンターの方へと戻って行った。
「なぁ! 早速取りに行ってもいいか? 」
「ああ。俺は待ってるから行ってこいよ」
心配症過ぎるかもしれないが、オレは席に荷物を置いたまま無人になると荷物を取られるんじゃないかと不安になってしまう。
一人でカラオケに行くことも偶にあるが、そのときもドリンクバーを汲みに行っている間に部屋に置いてある荷物が取られたり、店員さんにお金を払わずに帰ったと思われるのが怖くて、最初に部屋に行く前に入れた一杯しか飲まない。
そんなわけで今回も黒百合と交代でバイキングを取りに行く体制を取りたいと考えている。
そうこう考えているうちにプレートいっぱいにケーキを乗せ、満面の笑みを浮かべた黒百合が帰ってきた。
「どれも美味しそうだったから、とりあえず全種類持ってきた」
「じゃあ、俺も取ってこようかな。俺のことは気にせず先に食べていてくれ」
席を立ち、バイキングコーナーに向かうと、またしてもその種類の多さに呆気にとられた。
ケーキ一つをとっても二十種類を超えており、プリンやゼリーを合わせると三十種類は軽く超えるだろう。
さらに、甘いものだけではなく、パスタやカレーなど、様々な料理まで並んでいる。
「スイーツバイキング恐るべし……」
オレはなにを取ろうかと迷った挙句、最初はスイーツバイキングなんだからスイーツだろ。というわけでプレートをケーキやゼリーで埋めつくし席に戻った。
「おかえり。じゃあ僕は次のを取ってくるよ」
黒百合はオレが取りに行っているほんの少しの間にケーキ全種類をペロリと平らげていた。
「あいつの小さな体のどこにあの量のケーキが入ってるんだ……」
これが女子の言うデザートは別腹ということなんだろうか。
ショートケーキの尖端をゆっくりとフォークで掬い上げ、口に運ぶ。
初めてのスイーツバイキングで驚き疲れた脳がケーキの糖分で回復していくのを感じる。
「スイーツ最高――」
気がつけばプレートいっぱいに取ってきたケーキやゼリーは食べ切っており、オレは思った。
これは無限に食べれるわ。
この考えが後にオレを地獄へと追い込みことになるなんて、この時のオレは微塵も思ってもいなかった。
2
「アイスコーヒーうめぇー」
食べ放題が始まって四十分。開始からケーキやアイスをものすごい勢いで食べていたオレは休憩がてらアイスコーヒーに舌鼓を打っていた。
甘いものをずっと食べていたせいかアイスコーヒーがいつもよりも美味しく感じる。
「それにしても黒百合はよく食うよな」
「ん? まあ、我の体は力を抑えるために大量のエネルギーを必要とするからな。これぐらい普通だよ」
「普通って……」
黒百合はオレの倍ぐらいの早さでずっと食べ続けている。全部合わせたら既に一キロは軽く食べているだろう。全く末恐ろしいものだ。
「俺もなにか取ってこようかな」
バイキングコーナーに並ぶスイーツに目をやるが無意識に目を逸らしてしまった。
どうやら、オレの身体は甘いスイーツをご所望ではないらしい。
スイーツの隣にある料理の方を見ると、ちょうど揚げたてのフライドポテトがお皿に追加されるところだった。
気がつけばオレはお皿にポテトを山盛り盛っていた。どうやらオレの身体はこれを欲していたようだ。
山盛りのポテトを持って席に戻ると黒百合が目を輝かせてポテトを見つめてきた。
「黒百合も食べるか? 山盛り盛ってきたはいいがよくよく考えるとこんなには要らなかったかもしれない」
食べ放題で食べ残すなど言語道断。罰金がないからといえ、やってはいけない暗黙のルールのようなものだ。
食べ放題なのだから黒百合もポテトを取ってこればいいという話ではあるがこれ以上テーブルにポテトが増えるのは見たくない。
黒百合は揚げたてのポテトを口に頬張ると幸せそうな笑みをこぼした。
美味しそうに食べる女の子は可愛いと皆が言うがそれを初めて理解出来た気がする。
「幸せだなー。清水には感謝しないと」
「そうだな、あいつも偶には良い事するなと感心したよ。この無料券の借りは高くつくかもな」
オレがそんな風に笑い混じりに話すと黒百合も笑顔でウンウンと頷く。
「そもそも、このスイーツバイキングを教えてくれたのも清水だったしね」
黒百合のその一言でオレの表情が笑顔のままフリーズした。
「えっ? このスイーツバイキングを黒百合に教えたのが白夜のやつだって、そう言ったのか? 」
「うん、そうだよ。達也を誘って放課後にでも行ってみればって。達也は甘いものが好きだから絶対行くって言うって」
全て白夜が仕組んだことだと分かり、オレの中で白夜の目論見がうっすらと見えてきた。
今回、白夜は何らかの理由でオレに貸しを一つ作りたかった。そのため、白夜はここの無料券を手に入れて黒百合を使いオレがここに来るように仕向けた。
今回はたまたまオレが金欠だったため何不自由なく無料券を渡すことができたがきっと他にも色々策を考えいたのだろう。
そうして白夜は計画通りオレに一つ貸しを作ることに成功したとこんな感じだろう。
クソっ、まんまとあいつの思い通りにされちまってるじゃねぇか。あいつが親切心でなにかするなんてありえないに決まってるのに。さっきまでの白夜にも良心があるんだなと感心していたオレをぶん殴ってやりたいぜ。
だが、白夜が無料券を二人分用意してまでオレに貸しを作りたかった理由って……。
図々しいあいつがここまでするということは普通だったら絶対に断られるような面倒事ということだろう。
「はぁー。これはやっちまったな」
さっきの会話からどんどん表情が曇っていくオレを黒百合は申し訳なさそうに見ている。
「もしかして、僕のせい? 」
「えっ? いやいや、黒百合は何も悪くないんだ。」
そう、黒百合は何も悪くない。悪いのは全部あいつ(白夜)だ。
「こうなったら、あいつの貸しに見合うぐらい食ってやるぞ」
報酬以上の仕事をさせられるなんて真っ平御免だ。残り二十分、食べて、食べて元をとってやる!
無限に食べれると思ったオレはケーキもアイスもフルーツも。食べて、食べて、食べまくって、結果――
腹を壊した。
「イテテテテテッ」
ドカ食いを始めて十分でオレの意志とは無関係に腹が悲鳴を上げた。そう、食べ過ぎだ。
あまりの腹痛に急いでトイレへ向かったがトイレの前には先に三人並んでいた。
ここのトイレは女性用と男女両用の二つしかなく、しかも並んでいる三人のうち二人は男だ。
なんで店全体では男の客の方が圧倒的に少ないのに、トイレの前は男が大半を占めているんだ!
そんな理不尽な状況に苛立ちを覚えたが、あまり力みすぎると今にも溢れ出てしまいそうなので、一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせる。
男なら割と早く回ってくることだって考えられる。あと少しだ、頑張れオレ。
心の中で自己暗示をかけ、意識を腹痛から逸らそうと他のことを考える。
最高潮にやばかった時より少し落ち着き、余裕も出てくると男女両用のトイレの扉が開いた。
やっと一つ進む。そう思った時だった。
次に男女両用のトイレに入ったのは列の先頭の
法律的にもモラル的にも何も問題の無い、列の先頭の人が順番通りにトイレに入っただけのことだ。
だが、その行為はオレに今世紀最大の絶望を与えた。
女性が男女両用のトイレに入ってすぐに女性用のトイレが空いたが誰も中に入る者はいなかった。
その絶望はオレに腹痛の痛みを思い出した。
限界の一歩手前、もう腹痛以外のことを考えることができないほどの痛みだった。
絶対にあと二人分の時間、耐えることはできない。
そう悟った時、めまいがして、オレの中でなにかがプツンと切れたような音がした。
死んだ。そう思った時だった。
誰かがトイレを待つ列で真っ青な顔をしているオレの手を引き、空いている女性用トイレに入ると鍵を閉め、オレに言った。
「僕がついてるから早くトイレしなよ」
オレは言われるがままトイレに座り、用を足した。
腹痛が治まるとさっきまでの辛さが嘘だったかのように楽になっていった。
視界も良好になり、俯いていた顔を上げるとオレを助けてくれた恩人の姿があった。
「ありがとな、おかけで助かったわ、黒百合」
「まあ、我の使い魔だからな、世話するのは当然だろ」
「いや、使い魔じゃないけどな」
そこまで話してオレはこの異常な状況に物申したい。
「なんでお前ずっと中に居るの? 」
確かに助けられはしたがこの状況はおかしいだろ。
「だって、女の僕がここから出て行ったら達也は一人で女性用トイレにいる変態さんだよ」
「それはお前が居てもなにも解決しないんだが」
「けど、僕がここに押し込まなかったら達也やばかったでしょ」
まあ確かにかなりやばかったし、同じ社会的に死ぬのなら漏らして死ぬより漏らさないで死ぬ方がマシだけどさ……。
「俺を押し込んで外から言うことだってできただろ。この状況結構恥ずかしいだが」
「僕だって嫌だよ。臭いし」
そう言うと黒百合はこれみよがしに鼻をつまんで見せる。
「だったら出て行けよ! 」
「わかったよ」
黒百合が出て行くとやっと一息つくことができた。
「はあー。なんとかなってよかった……」
オレがトイレを出て席に戻った頃には食べ放題の時間は終わっており、席には黒百合はおろかオレのカバンもなくなっていた。
オレが手ぶらで外に出ると黒百合がオレのカバンを持って待っていた。
「悪いな、色々と」
「まあ、偶にはそんなこともあるよ」
「お会計、オレの財布から無料券出してくれたか? 」
「あー、勝手に人のカバン開けて、財布出すのはなんか悪いなって思ったから僕が払っといた」
「えっ、オレ、今金ないから返せないんだけど、それに無料券あるからって話だったのに……」
「それなんだけどさ、お金は別にまた今度でいいよ。それと今回使わなかった無料券は――また一緒に行って使おうよ」
「いいのか? 」
「いいよ、また一緒に行ってくれるならね」
「ありがとう。黒百合」
そうしてオレたちはまた一緒スイーツバイキングに行く約束をし、家に帰った。
次、行く時は食べすぎないようにしよう。
今日のこの教訓を胸に焼き付け、次回まで忘れないようにしよう。オレはそう思ったと同時に当分甘いものは要らないと思った。
3
我が城に帰ると我を真っ先に出迎えに来たのは、我が城の最強の番犬だった。名前は――
「ただいま。出迎えに来てくれたのかチビ」
「もふもふ~」
名前はそう、チビ。最強の番犬だが名前はチビだ。
チビは僕が小さい時にママによって召喚された犬で、産まれてすぐで小さかったからチビと名付けられた。
そんなチビも長い年月をかけて成長し、今ではゴールデンレトリバーのように立派になって――いるわけではなく、普通に品種通り、ポメラニアンらしいちょうど手に収まる程のサイズへと成長した。
まったく、お前は名前負けしてないチビだな。
僕がチビを抱え、リビングに行くと小学生の弟たちがお風呂上がりに素っ裸で走り回っていた。
「こらっ! 服を着なさい! 」
弟たちを叱っている時、ふと弟たちの下半身に目がいった。
「っ――」
弟たちの下半身を見た瞬間、僕の脳内で先のトイレでの出来事がフラッシュバックされた。
「姉ちゃん顔赤いけど、どうかしたの? 」
「もふもふ~」
「な、なんでもない! 僕、お風呂入るから! 」
僕は着替えを持って脱衣場へと逃げるように向かった。
さっさと服を脱ぎ、お風呂に入ると真っ先に湯船に浸かった。
「はあー。あいつらってばまったく。……でも――」
フラッシュバックした映像は今も目に焼き付いていて忘れることができない。
「――達也のはあいつらのより大きかったな……」
正面にある鏡に映る僕の顔は早くものぼせてしまったのか真っ赤だった。
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