第三話 真面目な風紀委員長も思春期の女の子です
なぜ、こんなことになった。
オレは今、彩乃先輩の家で彩乃先輩とお母さんの
そもそもの事の発端は今から約一時間前に遡る。
――一時間前。
「よし、これで完成っと」
明日の生徒集会で使う資料の作成で残業していたオレは一人、生徒会室で黙々と作業をしていた。
資料が完成して時計を見ると時刻は既に六時を過ぎている。
部活動の生徒たちも既に帰ってしまったようで、聞こえるのは外で降っている雨の音だけだ。
「さて、俺も帰るか」
生徒会室の戸締りをして昇降口に向かったオレはそこで一人の女子生徒に出会った。
「彩乃先輩? 」
「……達也くん! 」
彩乃先輩はエントランスの前で一人、雨の降っている空を見上げていた。
「何してるんですか? 」
「傘を忘れちゃって、小雨になるのを待ってるの」
先輩の手元には確かに傘はなく、どうやら困っているようだ。
「折りたたみとかないんですか? 」
「いつもは持ってきてるんだけど、今日はいつもと違うカバンを持ってきてて、中を見たら入っていなかったの」
「先輩って偶にドジっ子みたいなミスしますよね」
「なっ! 」
彩乃先輩は基本しっかりしていて、別に普段からドジっ子というわけではない。
ただ、稀に今回のようなポンコツな失敗をすることがある。
この前も食堂で食券を券売機の下に落として、それを拾おうと頑張って券売機の下に手を突っ込んでいるところを見かけた。
「……しょうがないじゃない、私も人間なんだからミスぐらいするわよ。……それじゃあ、私は行くから」
「行くって言ったって、雨まだ全然強いですよ」
「このままずっと待ってても、雨が止むかどうかわからないじゃない。これ以上待ってもなにも変わらないなら時間の無駄になってしまうわ。だったら時間を無駄にしたいために走って帰った方がまだマシよ」
そう言って今にも走り出しそうな彩乃先輩の手首を掴み制止させる。
「先輩がよかったら、俺が先輩を送っていきましょうか? 」
オレの提案に彩乃先輩が一瞬固まる。
「……いいの? 」
「まあ、先輩が雨の中走って帰って熱出すよりはよっぽど」
オレはエントランスを出て傘を開いた。
「さあ、行きましょう」
オレが
オレの傘は一般的な大きさで高校生が二人で入るには少しばかり小さい。二人とも濡れないように傘に入ると必然と肩が当たる程の距離になる。
「先輩、狭くてすいません」
「べ、別になんともないわよ……」
そう言ってはいるが先輩はずっとソワソワしており、心なしか顔が赤くなっている。
「……先輩、もしかして緊張してます? 」
先輩は絵に描いたような図星の反応をしながらも緊張していないと否定してくる。
「そ、そ、そんなわけないじゃない。私だってもう高校生三年生、それぐらい……」
オレはそんな先輩に意地悪をするかのように先輩をじっと見つめる。
「……あー、そうよ。この性格のせいで、今まで男の子とこうやって二人で帰ったりしたことなんてないわよ」
先輩はオレの意地悪な視線に耐えられなくなり、ついに、自ら真実を語り始めた。
「私だって、もう年頃の女の子だし、普段は風紀委員長としてそういう……え、エッチいことを毛嫌いしてるように振る舞ってるけど、私だってエッチいことに興味だってあるし、エッチいビデオだって――」
「ストーップ! 先輩、もうそれ以上何も言わないでください。意地悪した俺が悪かったです、ごめんなさい」
想像以上に暴走し、行くところまで行きそうだった先輩にこれ以上何も言わせないように強制的に制止させる。
「……あっ! あ――」
勢いを止められ、冷静になった先輩は自分のしでかしてしまったことを思い出し、顔がりんごのように赤くなっていく。
その後、先輩は顔を隠すように俯いたまま帰路を歩き、オレもかける言葉が出てこないまま、気まずい時間を過ごした。
1
「……達也くん、私の家ここ」
街灯の光が明るい住宅街。雨の音だけが鼓膜を刺激する時間を過ごし、やっと先輩の家に着いた。
時間にして十分程だったが、オレにとっては学校の授業、一時間よりも長く辛いものに感じた。
「じゃあ先輩、俺は帰ります」
「うん、送ってくれてありがとうね」
先輩を玄関先の濡れないところまで送るとオレは速攻帰宅宣言をした。それに先輩もすぐに別れの言葉を告げる。お互いこの気まずい状況から早く開放されたいという想いが傍から見ても分かるほど溢れ出てしまっている。
「それじゃ」
オレが踵を返し、歩き出そうとした瞬間。
ガチャッ。先輩の家の玄関の扉が開く音がし、オレは脊髄反射で振り向いてしまった。
「彩乃ちゃん、帰ってきてるの……」
そう言って扉から顔を覗かせているジト目の女の子とオレの目がバッチリと合う。身長は百五十センチに達しているかどうかぐらいで全身から見ていて癒されるような穏やかなオーラを発している。
きっと彩乃先輩の小学校高学年か中学一年生ぐらいの妹だろう。
そんなオレの予想は次の瞬間覆された。
「ママ……」
「ママ!!! 」
衝撃の事実にオレは目を見開いた。
彩乃先輩がお母さんのことをママと読んでいることもそうだが、何よりも驚いたのは彩乃先輩のお母さんだ。
どっからどう見てもオレと二十個も歳が離れているようには見えない。なんなら、年上にも見えない。
「どうも、彩乃ちゃんのママの結菜でーす」
「あっ、どうも、天国達也です。いつも彩乃先輩にはお世話になってます……」
「へー、彩乃ちゃんは彩乃先輩って呼ばれてるんだ……じゃあ私は結菜ママって呼んでね」
「ちょっと、ママ! 」
「冗談よ、冗談。結菜さんとか達也くんの呼びやすい呼び方でいいからね。もし、結菜ママがよかったらそれでも――」
「いや、それはちょっと恥ずかしいので結菜さんと呼ばせてもらいます」
オレは結菜さんの勢いに若干圧倒されながらもなんとか話を合わせる。
「それで、今日は彩乃ちゃんとデートの帰りとかそういう感じ? 」
そんな結菜さんの質問に真っ先に飛びついたのは彩乃先輩だった。
「私が傘を忘れたから達也くんが家まで傘に入れて送ってくれただけだよ! 」
「えー、それって相合傘ってやつ! はー、青春だねぇー」
結菜さんは女子高生よりも高いテンションで、終始彩乃先輩が為す術もなく気圧されている。
「あの……これじゃあ僕はそろそろ帰りますね」
オレはなんとかこの場を離れようと行動を起こしたがそれに結菜さんが待ったをかけた。
「せっかく来たんだし、夕食、食べていかない? 」
「いや、さすがにそんなお世話になるわけには……」
なんとか気まずいこの場からいち早く立ち去りたいオレは結菜さんからの夕食のお誘いを断ることにした。
したんだが……。
「彩乃ちゃんを送ってくれたお礼の意味も込めて食べていってよ」
「いや、今日は……家で妹のご飯も作らないといけないですし」
オレが妹という最終手段を使って帰ろうとした時。
チリチリチリーン。オレの携帯が音を立てて着信を知らせる。
「どうぞ、出ても大丈夫よ」
オレは結菜さんに一礼して電話に出る。
『あ、もしもし。琴美だけど』
「ん? どうした? 」
『今日、澪の家でご飯食べて帰るから夜ご飯いらないわー。それじゃ』
要件を伝えた終えた琴美はオレになにも喋らせることなく通話を切った。
「妹さん、今日は夕食、外で済ましてくるみたいですね」
「そうみたいですね……」
なぜ、スピーカーにもしていない電話の内容がわかるのかはわからないが、とりあえずオレは逃げ場を失い、西宮家の晩餐に参加することとなった。――
そして冒頭のオレと彩乃先輩と結菜さんの三人で食卓を囲んでいる現在に至る。
「達也くん、見てよこの派手な下着」
そう言って結菜さんがオレに見せてきたのはピンク色のフリフリが付いた確かに派手なブラジャーだった。
「あー、それ私の下着! 」
「――ブッ! 」
あまりの衝撃にオレは口に含んでいた水を盛大に吹き出してしまった。
「あらあら、彩乃ちゃん、ティッシュ取ってあげて」
「ママその前にそれ隠して! 」
彩乃先輩は顔を真っ赤にしながらもブラジャーを奪い取り、オレが見えないところへ放り投げた。
オレは吹き出してしまった水の処理をしながら、平然を装う。
危ない! あと少しで水だけじゃなく、鼻血も吹き出すところだったぜ。
自分の中で若干ネタも交えつつ心拍数の上がった心臓を正常に落ち着かせていく。
「達也くん、今彼女とかいないの? 」
「いや、今はそういう人は……」
さっきまでのセンシティブな内容から一転。今度は恋バナが始まった。
「えー、せっかくの高校生なのにもったいない。ちゃんと青春しなよ。そうじゃないとうちの彩乃ちゃんみたいに三年間恋もせずに終わっちゃうわよ」
結菜さんは子供のような見た目だが、お酒をものすごいハイペースで飲んでいる。
この姿を警察の人が見たら未成年飲酒と間違えられそうだ。
そして既に缶ビールを六本、チューハイを三本飲んで完全に出来上がっている結菜さんは新しいチューハイを片手にオレと彩乃先輩が一番したくなかった恋バナについてさらに掘り下げる。
「もー、達也くんが彩乃ちゃんをもらってくれたら私も安心できるのにー」
「ち、ちょっと! ママ! 」
結菜さんの酔っ払いの冗談の一言一言がオレと彩乃先輩の心拍数を再び速くする。本当に心臓に悪い。
だが、もし結菜さんがオレが彩乃先輩を含めた七人の女の子に同時に告白されて、体よく言えば真剣に考えているということだが、傍から見れば全員をキープしている状態に見えるようなことをしていると知れば、どんな反応をすることか。
きっと、自分の可愛い娘を都合よくキープされていることに怒りをあらわにするだろう。
「彩乃ちゃーん、チューハイもう一本持ってきてー」
「もー、これ以上はやめときなよ」
「らいじょうぶ、らいじょうぶ」
ドテッ。結菜さんは食事こそ、そんなに食べてはいなかったがビール六本とチューハイ四本を飲み、ついに酔いつぶれしまった。
「結菜さん寝ちゃいましたね」
「普段はあんまり飲まないんだけどね。私、小さい時から友達少なくて家に誰かが来ることなんてほぼなかったから、今日は達也くんが来てくれて多分嬉しかったんだと思う」
彩乃先輩はソファーに掛かっていたブランケットを結菜さんに掛けてながら語りだした。
「ママ、私が小さい時にパパと離婚しちゃって女手一つで私を育ててくれたんだよね。私は小学生の時から本読んだり勉強したりばっかりしててさ、ママとしては外で同級生と遊んだりして欲しかったみたいだけど、私、昔から学級委員みたいなことしてて結構嫌われること多くてね」
「小中学生によくある優等生は目障りに思われるあれですね」
「まあ、私も厳しくし過ぎちゃったところはあったんだけどね。それで、ママとしてはそれが結構心配だったみたいで、懇談の時は毎回交友関係について先生に尋ねてたかな」
まだ落ち着きがないやんちゃな中学生が彩乃先輩のような真面目な学級委員タイプにいくら正しいことを言われても素直に聞き入れれずに反発してしまうということは他の中学校とかでもよくあること話だろう。
「高校に入ってからも風紀委員長になって、クラスで話したりする友達はいるけど家に連れてきたりする程仲がいいわけじゃないから、そのこともきっとママは心配してくれてたんだよね」
「いいお母さんですね。羨ましいです」
「あはは、そうだね。親孝行して何倍にもして返さないとね」
先輩は立ち上がると洗い物をしてくると言ってキッチンへと向かった。
先輩が立ち去って数秒後。寝ていると思った結菜さんが起き上がった。
「ねぇ、達也くん」
「……結菜さん、起きてたんですか? 」
「あの程度で酔いつぶれる結菜さんではありましぇん」
結菜さんはそう言うと自分に掛かったブランケットを抱きしめ、オレに向かい合う。
「達也くん。私、泣いてもいいかな? 」
そう言う結菜さんの目には既に大量の涙が溜まっており、今にも流れ落ちそうだ。
「彩乃ちゃん……」
結菜さんは耐えきれなくなった涙をブランケットで拭う。
きっとこんな姿を彩乃先輩に知られたくないのだろう。泣いてる間、声を出さないように必死にブランケットを噛み締めていた。
この結菜さんの気持ちは親にしかわからない気持ちなんだろう。自分にもいつかはそんな日が来るのかなと思いつつ、オレは静かに結菜さんを見守った。
2
「ごちそうさまでした」
「達也くーん、また来てねー」
「気をつけて帰ってね」
オレが西宮家の玄関を開けて、家に帰る時には既に雨が止んでいた。
オレを玄関先で見送る結菜さんにさっきまでの涙の様子はなく、笑顔で元気な姿でオレに手を振っている。
なんだか、親子っていいな。
家に着くと琴美は既に帰ってきており、今はお風呂に入っているようだ。
「オレも偶には電話でもかけてみるか……」
その晩は家族四人でビデオ通話をして、うちの家族もいいもんだなと思うのだった。
3
「さて、彩乃ちゃん。久しぶりに一緒にお風呂に入らない? 」
達也くんが帰ってすぐ、ママが一緒にお風呂に入ろうと提案してきた。
「いいけど、いきなりだね」
「今日はそういう気分なんだもん」
ママと一緒にお風呂に入るのなんて何年ぶりだろう。小学生高学年の時には一人で入っていたから最後に一緒に入ったのは小学校の低学年ぐらいの時かな。
「うわー、二人で湯船に入ると狭いね」
「当たり前でしょ、もう高校生なんだから小学生の時みたいにはいかないわよ」
「そうねー。私の彩乃ちゃんはこんなにも大きくなってー」
そう言うママの視線は私の胸へと向けられる。
「C? いや、Dはあるか……」
「ちょっとママ! 目がいやらしいよ」
私が胸を腕で隠すとママは身を引いて湯船の縁に凭れ掛かる。
「達也くん、いい子ね」
「えっ、うん。いい子だね」
話がいきなり達也くんへと変わり、私は心拍数が速くなったのがわかった。
「彩乃ちゃん……達也くんのこと好きでしょ」
「へっ! 」
ママの核心をついた一言目に私は思わず声をあげてしまう。
「あっはっはっ。彩乃ちゃんは分かりやすくて可愛いなー」
ママは大当たりとでも言わんばかりの勢いで手を叩き笑う。
「べ、別に好きなんて言ってないでしょ! 」
「いや、その反応は完全に好きで確定でしょ。で、もう告白はしたの? 」
「そんなの、教えるわけないじゃん」
これ以上一緒にいると根掘り葉掘り聞かれそうなので私は少し早いがお風呂を出ることにした。
「はぁー。ママってば……」
脱衣場で体や頭を拭いている時にふと鏡に視線をやると自分の顔が今までに見たことがないほど赤くなっていて、恥ずかしくなった。
顔が赤くなっているのはお風呂に入っていたからなのか、それともママの言う通り本当に私が分かりやすいのか。
「あれ? ブラ、ブラ」
脱衣場に持ち込んだ着替えの中にブラジャーが無く、私はどこにあるのかを記憶を辿り思い出す。
「あっ! 」
私はブラジャーの在り処を思い出すとまた顔が熱を持ち始めたことがわかった。
ママの言う通り、私は分かりやすいんだ。
私はこれからポーカーフェイスの練習をしようと思いながら、食事中に放り投げたブラジャーを取るために脱衣場を出た。
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