第14話 何も知らない井蛙たち

「そ、その……。不躾な質問なんですけど、耳としっぽって……本物?」


 寝床を確保して安堵しきっていたヘムカに対し、樹はヘムカの狐耳やしっぽに対して訝しげな視線と質問を投げかけた。

 日本なのだから、耳やしっぽの生えている亜人を見たことがないのは当然の反応だ。侮辱されたわけでもないので、この際にしっかり紹介しておくことにする。


「本物ですよ、ほら」


 ヘムカは狐耳を動かしてみる。力を抜いて見たり、入れてみたり。とてもじゃないがコスプレグッズでどうにかできるものではなかった。同様に、しっぽも動かす。

 けれども、初めて見る耳としっぽに樹は未だ信じられないというような目線をしている。


「もしかして、ご家族とかも?」


「ええ、まあ。普通の人間たちからは亜人って呼ばれていましたね」


 家族は普通の人間と嘘をつこうとも思った。とはいえ、家族が普通の人間なのに自分だけ狐耳やしっぽが生えているというのは支離滅裂で遺伝子操作の様な悪印象を与えかねないな話である。そのため、一応は認めることにした。

 しかし、家族も同様ということは亜人という人種が世界にはいることを言っているのも同じで、樹を混乱させていないかとヘムカは不安だった。

 だが、樹は混乱しているどころかヘムカを興味深そうに眺めている。


「触ってもいい?」


 単純な知的好奇心だった。


「だ、駄目です。その……ダニとかついているかもですし」


 ヘムカは否が応でも触らせたくないため、必死に断る。

 しかし肝心の樹は、ダニがついているのであれば触った後によく洗えばいいだけの話。などと高をくくっていた。

 それどころか、そこまで頑なに断る理由があるのかと樹の知的好奇心は却って擽られた。どうにかして触ってみたい。そんな感情が樹の中で渦巻く。


「わかったよ」


 樹はヘムカを安心させるべく了承の旨を伝えると、テーブルの上に広がるプラスチックのトレーやら割り箸やらを回収する。立ち上がり、トレーを持ち、ヘムカの分も回収しヘムカの後ろへと回る。その瞬間を見計らい、自然な動作でヘムカのしっぽを掴んだ。


「ひゃいっ……」


 ヘムカは嬌声を出し電撃でも食らったかのようにびくついた。その勢いでヘムカは膝をテーブルにぶつけてしまい、木を金槌で叩いたような音が響き渡った。


「あっ……うっ……」


 ヘムカは膝を抱え、痛みに悶ていた。膝頭には擦り跡が見える。

 さすがの樹もここまでのものだとは思っていなかったため、一瞬どうしていいのかわからなかった。ただ、申し訳ないという気持ちはある。


「あ、あの? ヘムカさん?」


 樹はさすがにやりすぎたと反省し、謝罪しようとヘムカを刺激しないように声をかける。しかし、ヘムカは体操座りで膝を大切に抱えたままゆっくりと樹の方を向く。その目は、悲傷的な目だった。


「ヘムカ……さん? その、ごめんね……」


 再度呼んでも、謝ってもヘムカは口を噤んだまま何も言う気はない。


「本当に、その、悪かったよ。もう二度としないから……」


 手をすり合わせ、跪き非礼を詫びるがヘムカの様子は決して芳しくない。ただ、両者ともに何も言わず重たい静寂の時間が訪れた。


「と、とりあえずお風呂入る?」


 話をどうにか続かせようと、樹はふと思い立ったことを提案する。


「わかった……」


 ヘムカも渋々ながらに承諾する。樹は風呂場へと向かいお湯を張り始めながらその後のことを考えた。

 今回ばかりは樹が悪いと自分でもわかっているため、ヘムカの入浴後に真っ先に真摯に謝ろうと考える。そして、別に考えたのは服のことだ。ヘムカが着ている服は貫頭衣であり、替えの服などない。ましてや、樹は大人の男性。ヘムカに合う服など持っているわけもない。もう一度あの貫頭衣を着させることも考えたが、血まみれの服をもう一度着させることになると考えるとどうしてもいい気はしない。


「買いに行くか……」


 子どもに着させる服を買うと言えば別に怪しくはないのだろうが、仮にも少女。ヘムカのような少女がどのような服を着るのかもわからないが、何より下着だ。こればかりは、服以上にわからない。

 ただでさえ怒らせているのに、下着なんて聞けない。その場で考えようとも考えてみるが、子供服売り場の少女用下着を吟味する自分自身。最悪通報されかねない光景である。


「駄目だ……わからん……。インターネット契約しようかな……」


 樹が考えたのは、ネットショッピング。しかし、樹はこういったものには疎い。それに、わざわざ契約するくらいなら直接買いに行ったほうがいい気もしてくる。

 止めどない悩みに混乱している樹は上縁面に肘を付き、手で額を支える。ふと浴槽内を見てみると、栓がされておらず蛇口から浴槽に注ぎ込まれているお湯が底面を通り渦を巻きながら排水口へと流れていった。


「はぁ」


 落胆したように深いため息をつき、体を乗り出すと栓を閉める。ようやく底面に水が溜まり始める。


「ま、最後にはこういうのもありか……」


 そう風呂場で呟くと、脱衣所にバスタオルを用意しダイニングへと戻り財布を取る。そしてそのまま外へと出た。

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