第13話 怪しい

 ヘムカの目に前にある鯖の味噌煮と野菜スープは、まるで早食いでもしているのかと思うほどに早く消え失せていった。

 樹はあまりの早さに噛んでいないかと思ったが、ヘムカはきちんと噛んでいるようで鯖の骨も丁寧に取り出している。


「ふぅ……」


 鯖の味噌煮も、野菜スープも綺麗に食べ尽くしたヘムカはコップに注がれた麦茶を飲み干し満足げなため息をついた。

 自分でも食べている最中のことをあまり覚えておらず、それだけ目の前の料理にがっついていたということだろうか。

 久しぶりの満腹に腹を擦っていると、樹から視線を感じる。樹が食べているのは豚の生姜焼きでまだ食事途中だった。何しろ、調理の際にはヘムカを優先していたし特段空腹だったというわけでもない。ただ、いつもどおりに空腹なだけ。けれども、樹はヘムカの食事速度に合わせるように料理を口に流し込む。

 そして、ヘムカが食事を終えて数分。樹がようやく食事を終えるなり、樹はテーブルの上で両手を組む。ヘムカが樹の方を見ると、樹は何かを伝えたい目をしていた。


「その……話、いいかな」


 樹はヘムカに遠慮してずっと待っていた。食べながらでも良かったのだろうけども、必死で貪るように食べるヘムカを見て話をかけられなかったのだ。


「ええ……」


 ヘムカは息を呑む。食事代を請求されてもヘムカには払えないし、何より警察にでも連れて行かれたら厄介だ。そもそも、骨格レベルで狐耳やしっぽが生えている亜人に基本的人権が尊重されるのかさえ危うい。最悪、警察から研究機関に引き渡され解剖なんてこともあるかもしれない。そう考えると、ライベのトラウマが蘇り全身が震え上がった。


「その前に、質問いいですか? ここは日本ですか?」


 ここは確かめておきたかった。もしここが日本なら、奴隷制は認められていない。つまり、万が一ライベが来たとしても自由人として振る舞えるからだ。


「ん? ええ、そうですけど……」


 肯定されたことにヘムカは愁眉を開く。

 しかし、樹の方は困惑していた。ここが国境地帯や港湾、空港などの出入国できる場所であればわかるが、こんな港湾からも空港からも程遠い森の中に居た人物が言うのに違和感を覚えたからだった。


「もしかして、外国から連れて来られたり?」


 先程樹はヘムカに外国人かと聞いたが、これは日本語が通じるかを聞くためで深い意味はなかった。しかし、様子からしてそうとしか考えられなかった。


「いえ、ここには自分の意志で来ました。どうやってここに来たのかは詮索しないでくれると助かります」


「わかった。詮索はしないよ。でもね……」


 興味がないといえば嘘になるが、樹はヘムカについて詮索はしないことにする。けれども、樹の目の前の少女には聞きたいことが山程あった。


「……親御さんはいるの?」


 樹はあまり乗る気ではなかったが、一応礼儀としてヘムカの親を確認する。


「私の親は……もういません」


 ここで殺されたなどと言えば、却って混乱を招くだけ。そう思ったヘムカはそれだけの表現に留めた。


「ごめん……」


 余計なことを言ってしまったと樹は自制し口を噤む。その結果、両者ともに何か喋るわけでもなく静寂の時間が過ぎる。


「あ、あの! 差し出がましいようですけどここに泊めてもらえませんか?」


 ヘムカはテーブルに両手を叩くように乗り出すと、樹に頭を下げた。

 樹は何泊か泊めることを想定していたが、ずっと泊めることには躊躇があった。まず、外出できないことだ。

 狐耳としっぽが生えている少女など、とてもじゃないが外に連れて行かせられない。フードなどを買おうにも、ヘムカが着ているのはボロボロの血まみれ汚れまみれの貫頭衣。洗えば汚れや血痕は落ちるだろうがボロボロの貫頭衣など着て服屋に出かけられない。服屋に行く服がないとはまさにこのことであった。

 そして、一番の問題は首枷だ。成人同士のSMプレイならまだしも、相手は年端も行かぬ少女。誰かに知られたら何を言われるかわかったものではない。


「迷惑ですか? それともお金ですか……?」


 ヘムカからすれば、まさに死活問題である。この家から出れば間違いなく通報される。人権が認められても、児童養護施設等に入れられるだろうが問題は山積みだ。狐耳やしっぽが生えている中でまともな日常生活など遅れるとは全く思っておらず、好奇の視線に晒されることは明白だ。樹の家に居ても問題は解決するとは思っていないが、最近のヘムカは心が休まらない日々を送っており少しでいいので時間がほしかった。

 そう思うと、自然にヘムカの目に涙が溜まる。


「私、家から極力出ませんから……」


 ヘムカは涙ぐんだ声で、樹の情に訴えかける。

 こんな怪しい人物を泊めることなど、並大抵の人なら断るだろう。しかし、樹にとっては安心できる部分もあった。


「わかった。泊まっていいよ」


 熟考の上、樹はヘムカが泊まることを一応認めた。

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