Repair! ～TS転生して奴隷になったけど、日本に戻れました～

第５話 燃えて、燃え尽きた

　ヘムカと別れた父親は、急いで燃える家屋を見つけた。その側では泥酔状態でない者が必死に救助しているのかと思っていたが予想以上に少ない。特に若者に至っては非常に少なく救助に躍起になっているのは中年以上ばかり。

　まだ未来のある若者は、村の外に避難させられたのだ。誰かがヘムカの母親を保護してくれているのではとも考えたが、事態は予想以上に深刻のようだった。それがわかるなりヘムカの父親は何の躊躇いもなく燃えている家屋へ入っていった。

「暑い……」

　茅葺屋根は激しく燃えているものの、柱や梁といった基幹部分は火の粉を浴びとろ火程度で済んでいる。しかし、木材を簡単に組み合わせただけであり耐久性、耐火性ともに全く頼りがいがない。助けたらすぐにでも脱出しなければならない。

　屋内を見渡すが、あれだけ沢山いた雑魚寝集団はごくわずかしか残っていなかった。大半が親族に救出されたのだろうが、それでもまだ残されている人もいる。ヘムカの父親が捜索を続けるなり、ヘムカの母親を発見するも動いている様子はない。

　ヘムカに言わせれば酸欠だと言うのだろうが、そこまで科学の発展していないこの村ではなぜか意識がないということになる。

　だが、そんなことどうでもいい。問題はいかに早くヘムカの母親を助けるかだった。

「大丈夫か？」

　ヘムカの母親の肩を強く揺さぶったりして意識を確認するが、起きる気配はない。ヘムカの父親は彼女を担ぎ上げるなり、すぐに家から脱出した。

　脱出した直後に家屋が炎によって一気に崩れ落ちる。全壊はしていないが、入り口に炎上している梁が落ちてきており入るのは危険だった。間一髪、彼女を助けられたことにヘムカの父親は安堵した。

　改めて次はどうしようかと辺りを見渡すが、違和感を覚えた。辺りに誰もいないのだ。少なからず、若くない亜人は泥酔者の救出作業に当たっていたはずなのだが一人もいない。全員逃げたのだろうと憶測し妙な胸騒ぎに警戒を緩めていると、担ぎ上げていた彼女が動き始めた。

「……ん？　あれ？」

　ヘムカの父親はすぐに彼女を火の気から遠い場所に下ろした。

　ヘムカの母親はゆっくりと瞼を上げ、辺りを見渡し事態の把握に努める。

「な、何これ！」

　気が動転し、思わず大声を出してしまう。

「し、静かに」

　目が覚めたら外に運ばれており、家が燃えている。驚くのも無理はなかった。ヘムカの父親はそんな彼女の心情を読み解くと、ただ一言念押しする。

「人間に放火された。恐らく、皆は避難しているはずだ」

　状況を説明するなり、すぐに彼女の手を掴み逃げようとするヘムカの父親。近くの影に隠れながら遠くを様子を見る。そこにいたのは、大勢の武装した人間の兵士だった。槍を構えている兵士が多いが、中には腰に短剣を構えた弓兵もいた。

　燃える建物の明かりで見えた彼らは、一箇所に固まり笑いながら何かをしているようだった。

　兵士が話していたのは、密閉魔法についてだ。空気の流動を抑える魔法だが、機動性はよくなく攻撃力そのものもないため使い勝手が悪い。けれども、屋内に使えば中を密閉でき不完全燃焼を起こせるすぐれものだった。

　父親はその兵士の会話自体は聞けていないが、無事に逃げられそうだということに心理的に楽になる。

　光源は村の中心部にあるため、村から離れれば離れるほどに見つかる可能性は低くなる。兵士たちがよそ見をしている間が絶好の機会だった。

「今だ」

　間隙を縫い、二人は村からだいぶ離れることに成功した。途中見つかるかもしれないという不安もあったが、幸いにも見つからなかったようだ。

　兵士が見えず、炬火が辛うじて目視できる場所まで来ると次の目的はヘムカたちとの合流になる。出来れば今の内に見つけて家族揃って逃げたいものだ。けれども、この暗さでは合流のしようがない。諦めて今は逃げることに徹しようと考えていたときだった。

　亜人の少女の、甲高い叫び声が聞こえた。

　村から外れすっかり安心しきった二人は、すぐに面持ちを変化させた。

「今のってまさか……」

　ヘムカの母親が、震えながらに声を出した。

「……ああ」

　間違いなかった。叫び声の正体、それは愛すべき娘たちの叫び声だった。

　そう思うと、二人は考えるよりも先に体が動き始める。

　急いで娘たちを守らなければと。

　二人は兵士の視界に入ることなどまるで気にせずに、草原を駆け巡る。案の定兵士にも見つかってしまったが、そんなこと構っていられないのだ。

　そして二人は今まさにヘムカたちに襲いかかろうとする兵士たちを発見した。ヘムカの父親は、その兵士たちに迷わず突進を開始する。

　それに気づいた兵士はすぐに臨戦態勢を整え、少女よりも目の前の敵を優先する。

　憤怒に身を任せているヘムカの父親といえども、狩りの経験のみで軍事経験はない。ヘムカの母親も同様だ。

　兵士に襲いかかっても大勢の兵士の前では分が悪かった。

　そして、そんな二人の行動を眉を顰めて見る人間がいた。彼は武器を持たず、ただ目の前で繰り広げられる戦いを見ていた。

「……この娘たちの親ですかね」

「どうかしましたか？　ライベ指揮官？」

「いや、何でもありません。できるだけ殺してはいけませんよ」

　そう言って彼──ライベは別の場所へと向かった。

　けれども、指揮官が一人別の場所に行った程度で何か状況が変わるわけではない。ヘムカたちは、自分たちのために体を張って守ってくれている両親から目配せを受け心残りながらも両親の期待に沿うべく急いで駆け出していった。

　そうして、油断してしまったのだろう。両親ともに兵士に組み伏せられた。

「全く、手間かけやがって……」

　兵士の何気ない呟きが聞こえてきたが、それを言いたいのは本来ヘムカの両親側である。必死に抵抗しようにも、兵士の押さえつけがひどくびくともしない。

「逃げた二人も追わないとな」

　兵士は何気ない一言を呟いたのだが、それは組み伏せられていた両親にも聞こえていた。少しでも娘たちを守るため、両親はともに最後の力を振り絞り抵抗を解くと兵士目掛けて急襲する。

　そして、ヘムカの両親の体にはともに剣が突き刺さった。

「おっと危ない」

　ヘムカの母親は首に剣を受けていたらしく、生首が飛び即死だった。

　ヘムカの父親はちょうど心臓に剣を受けており、そのまま草原の冷たい地面へと俯せで倒れる。

「……落ち着けか。一番取り乱してるのは、ヘムカじゃなくて俺だったか……」

　散々ヘムカに落ち着けと言っていたくせに、対する自分はいつも感情で動いていた。なんと、情けない親だ。せめて、一助になっていれば。

　ヘムカの父親は、ヘムカが逃げていった方向へと振り向くとそのまま息絶えた。