第44話 エピローグ
修と陽葵が婚約した日の夜。夜も更け、二人がそれぞれの部屋で床についた時、この家の主人ともう一人の客人は昼に修と陽葵が二人で話していた部屋で電気を消し、月をおつまみに一献交えていた。
「ありがとう。では若人の未来を願って……乾杯」
「乾杯」
克人が重蔵に注ぐために持っていた徳利を置いて、自分の分のお猪口を持つのを待ってから重蔵は乾杯の音頭を取る。
それに合わせて克人はお猪口を軽く上にあげ、乾杯する。
「……陽葵さんをうちにやって、北条家は大丈夫なのか?」
北条家の後継問題を重蔵が心配する。
本来婿を取り、その者を将来の当主として育て上げるつもりであったが、陽葵を東雲家に嫁がせるとなるとそれも出来なくなる。
「大丈夫です。元々別案は考えていましたから……弟の子、甥を養子にしようと思っています。あの子は私に懐いてくれていますし、良い子ですので……」
そこまで言うと克人は重蔵のお猪口が空になっていることに気がつき、お酌をする。
「そうか……何かあれば言え、
その言葉に克人は驚きを覚える。
東雲家はあまりの権力にみんな畏怖しており、巷ではいい噂を聞かない。
当主もこんななりだし……
克人自身も、今まで重蔵に会った回数は数回しかなく重蔵の本性を知るほど関わりがあるわけではないため、こんなにも気にかけてくれるとは思っていなかった。
「ありがとうございます……ですがこれ以上東雲家にはお世話になる訳には行きません。修くんにはずいぶんお世話になりましたから……陽葵も私も……」
その言葉に今度は克人にお酌している重蔵が目を見張る。
「ほう……私もというのはどう言う意味じゃ?」
意味ありげに克人が加えた言葉の真意を聞く。
「いえ……情けない話ですが、自分の力の無さに失望したのです。これでも私は日本の経済の一端を担っていると自負しています――」
その言葉に重蔵は同意する。
東雲と比べると少ないかもしれないが、日本は愚か世界を見ても有数の資産を握っている。しかもその当主ともなれば一声で世界経済までも容易に動かすことができる。
「それなのに……自分の娘の力にすらなれないことに私も絶望してくれました。そんな私を修くんは娘共々救い出してくれたのです。もはや修くんには感謝しても感謝しきれませんよ」
自分の孫を褒められたことが嬉しいのか重蔵は口角をあげる。
「修くんはこれからどうするのでしょう?」
克人が一番気になっていたことを聞く。
「本人の希望通り龍皇に戻そうと思っとる」
その言葉に今度は克人が微笑む。
「そうですか」
「ああ、だがすぐには無理だ。あやつにはまだやってもらうことがある。当主を継がせるのは大学を卒業させてからじゃが、分家に挨拶をさせる必要があるからの……ちょうどもうすぐ冬休みじゃろ?だから三学期からまた通わせようと思っとる」
すぐには無理と言われ、一瞬心配になるが一ヶ月もしないでまた通うと言うことで、陽葵に寂しい思いをさせずに済みそうだと安堵する。
重蔵ももちろんそのことを考えてできるだけ早く行けるように考えたのだ。その分修はこの一ヶ月多忙になってしまうが……。
「あと、ここから通うのは流石に遠すぎるため、龍皇の近くに住まわせるつもりじゃ」
「……そこに陽葵も住まわせていただけませんか?」
その提案に重蔵は再び驚く。
「花嫁修行です。それに修くんも一人では寂しいでしょうし……ウチに再び住むって言うのは修くんの立場上もう難しいでしょう。だから陽葵をそちらに出します」
「儂もそれは考えていたのだが……いいのか?」
「ええ、このくらいの子にとっては親よりも同じ年代の子と一緒にいる方が大事です。それに龍皇の近くならばそこまで離れているわけではないでしょう?」
「ああ」
「なら大丈夫です」
二人とも愛する孫、娘そして未来の義理の孫、義理の息子にとって最善の選択をとれたことに満足する。
そして重蔵は徳利の中身がもうなくなっていることに気がつき、約束通りお開きにしようと立ち上がり、克人さんに一声かけてから襖を開き、部屋を出ようとする。
「一つ……いいですか?」
「……なんじゃ?」
克人に呼び止められたため、体の動きを止め顔だけ振り返る。
「あいつ……康介はどうしているか教えて頂けますか?」
今日一度も顔を見せていない康介が、昔のこともあるため何かあるのではないかと少し不安になり真剣に聞く克人に重蔵は苦笑しながら答える。
「何、あいつの嫁の実家に行っているだけじゃ……あやつも今日の見合いの席に出たがっていたが、息子の恋愛に首突っ込む前にまずは自分のを何とかしろって言ってやっただけじゃ……」
その言うと重蔵は自室へと戻って行く。
残された克人はさっき、修くんが教えてくれたあいつが東雲を出た理由を思い出し、全てを理解し苦笑していた。
――――――――――
陽葵と修が婚約をしてから一ヶ月ほどが過ぎたある日陽葵の姿は教室にあった。
そう今日は三学期の始業式。式の前の朝のホームルームで山崎先生が出欠をとった後のことだった。
「今日はみんなに嬉しいお知らせがある。……入ってきてくれ」
その言葉にクラスのみんなは転校生が来たのかと目を輝かせる。
そして扉が開く。残念ながらみんなの予想と違って転校生ではなかった。しかしそれはもっと嬉しいことだった。
入ってきた人の顔を見るなりそれまでざわついていたみんなが驚き固まって静まる。
ただ一人を除いては……
みんなが驚いて固まっている光景に俺と山崎先生は楽しそうに微笑む。
「さて、ひさしぶりに帰ってきてくれた。……東雲修くんだ」
山崎先生の言葉にみんなまた違うことで驚く。
東雲。何故その名字が出てくるのか?
「如月修、改め東雲修です。また宜しくお願いします」
そんなみんなを尻目に俺は無難に挨拶をする。
そして山崎先生の言う通り自分の席に向かう。
俺が通る通路の横の人に俺は軽く挨拶をしながら行く。もちろん涼と千秋にも。
そしてクラスで唯一驚いていない、裏事情を知っている俺の恋人兼婚約者である陽葵の隣の席に行く。
「どうしてたのさ。今まで」
「そうだよ。しかも東雲って」
席に座ると前にいる涼と千秋はすぐに後ろを振り向いて俺に話しかけてきた。
まだホームルーム中で山崎先生が色々連絡事項を話しているが、クラスのみんなは耳を俺たちの会話に傾けていた。
なぜか山崎先生も……。
「うちの父親の実家が東雲で、後継問題のためこのたび養子入りしたのさ」
「ていうことは修が東雲の次期当主?」
「ああ」
涼は「へぇー」と驚く。ちょくちょく連絡は取り合っていたがそんなこと聞いていなかった。しかし涼も財閥の御曹司。色々事情があるのだろうと察する。
みんなも話に聞き入ってもはや耳だけではなく顔ごとこちらに向けていた。
「他にも色々あったな」
「……他にって?」
大変だったこの一ヶ月間を思い出し遠い目をする。
そんな俺に、これは聞いてもいいなと判断した涼が質問を投げかける。
しかし答えたのは俺ではなかった。
「婚約者が出来たんですよね?」
答えたのは隣にいる陽葵だった。
婚約したことを隠すか話し合ったが隠さなくてもいいという結論に至った。
でも自分たちから言うのは恥ずかしいのでわざわざ言ったりはしなくてもいいよねと話していた。
克人さんはこれ以上お見合い申し出が来ない様公表したがっていたが……。
それなのに自分から言うとは思ってもいなく、驚く。その言葉にみんなは「え?」と声に出したりして驚いていた。先生ももう連絡事項など読んでおらずこちらを見て驚いていた。
いやどこか睨んでるような気もする……。そういえば先生、三十路にもなって独身……よしやめよう。
「そうなの⁉︎何でそんなこと知ってるの?」
千秋が驚いて北条さんに問いかける。陽葵は横の俺が驚いていることに気づいているのにそのまま目を合わせず千秋さんと涼に向かって言う。
「だって……本人ですから//」
頬を少し赤らめながら放たれた言葉に、もはやクラスは収集がつかないほどざわめく。涼と千秋さんは驚きながらもすぐに意味を理解し、「やっとくっ付いたか」と嬉しそうに笑う。千秋さんに至っては涙まで目に浮かべていた。
そんな中陽葵はようやくこちらを向き、普段二人っきりの時にたまに見せる小悪魔的な笑顔を見せていた。
そんな様子に俺は苦笑しながらこう思う。
これからも楽しくなりそうだ、と。
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これにて『心を閉ざした財閥令嬢と話し相手になった庶民?の俺が婚約する話』は一旦完結となります。一応二人の婚約した後の物語の構想はあるのですが、私の大学受験が今年にあるため、勉学に集中したいと思っております。無事、大学受験を終えたのちにまた書こうかなとは思っていますので、お付き合い頂けたら幸いです。
感想などのコメントもお待ちしております。
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