第42話 陽葵のお見合い
土曜日のこの日、私はいつものように庭の浮御堂で本を修くんと一緒に読んでいた。
もちろん、隣り合って座って。
文化祭の時、修くんに対する好意を自覚してから私は行動を大胆にしていた。
それは好きで近づきたいっていうのもあるけど、修くんにアピールして私を好きになってもらいたいっていうのもある。
当の修くんは全く気が付いていない様だけど……
でもやめるかどうか迷ったこともあった。
それはある日の夜、借りていた本を戻そうと父の書斎に行った時、ベランダから父と母の会話が聞こえてきたのだ。
「……実は、陽葵と修くんのことだ。二人の婚約の承認を理事会に掛け合ってみたのだ」
すぐ出ていくつもりだったのだが、お父様のその会話を聞いてハッとし思わず本棚の影に隠れる。
文化祭以降露骨に出していたのでバレているとは思っていた。何なら梓にも話していたし……。
でも、まさかそこまで進んでいたなんて……。
予想外で驚いたが、父が自分のことを考えてくれているんだと改めて分かり嬉しく口角を上げる。
しかし、次の瞬間それは絶望に変わるのだった。
「陽葵が仲良くなるだけじゃなく好意まで寄せる相手は初めてだ。……だから陽葵のためにとまず理事会に掛け合って見たのだが……」
「……ダメでしたか?」
「ああ、修くんの家柄と今の家庭環境からは、とても北条財閥は継がせられない、だそうだ。クソッ!あの前世代のジジイ共め……私に力があれば」
そこまで聞いた私はついに耐えられなくなり両親にバレない様に静かに部屋に逃げ帰った。
予想はしていたわ。私は北条家の一人娘だもの。いつかは婿を取らないといけない。……でも、もしかしたら……。
願っていたことが目の前で打ち砕かれ絶望し一晩中枕に顔を押しつけ泣いていた。
気付いたらもう次の日の朝になっていて、泣いているうちに疲れて寝落ちしてしまったことに気が付く。
本当はこのまま誰にも会いたくなく自室に閉じこもりたい気分だったが、そんなことすれば修くんが悲しむ。
元々望みは薄かったわ。だったら……せめて今だけはこの生活を楽しんでもいいわよね……。
そう自分に言い聞かせることでなんとか平然を取り繕ってきた。
現に今は修くんの近くで過ごし、修くんもそれを許してくれて、無言で本を読んでいるだけでもとても心地いいため満足していた。
そんな楽しい時間を過ごしていると屋敷の方から足音が聞こえてくる。
見てみるとそれは梓だった。
「お嬢様、如月様お楽しみのところ失礼いたします」
近づいてきた梓がそう断りを入れてくる。
何の用事があるのか私が聞き返すとどうやらお父様が修くんを呼んでいるらしい。
「ちょっと、行って来ます!」
梓に修くんが慌ててついていく。私は楽しい時間が奪われたことが少し不満だったが、お父様の用事を邪魔するのは悪いしすぐに戻ってくるだろうと思っていたため修くんを送り出す。
しかしいくら待っても修くんは戻ってこなかった。1時間ほど過ぎた時再び屋敷の方からこちらへ向かってくる足音が聞こえたため修くんが戻ってきたのかと思い、嬉しくなって顔を上げる。しかし、そこにいたのは梓だった。
「修くんは?」
まだ夕飯の時間でもないのに一人で来た梓に質問する。
前までは修くん以外の第三者がいるときは如月くんと苗字で読んでいたが、文化祭以降名前で呼ぶ様にしていた。学校では流石に未だに苗字呼びだが……。
さらに言えば小さい頃からお世話してくれた梓には修くんのことが好きだと言っているため今更名前呼びを隠す必要はなかった。
お父様やお母様に伝えたのは梓でしょうね……。
そもそも隠そうともしていないので梓がお父様やお母様に伝えたことを裏切りだとかは思っていなかった。
そんなことを考えているうちに近づいて梓が口を開く。
「如月様は数日はお帰りになられません。先ほどは如月様のお父様がご訪問なされていまして、ご用事があるとの事でした」
「……そ、そう。じゃあ……その用事が終わったら修くんは戻ってくるの?」
「そう聞いております」
いきなり修くんは帰ってこないと言われ動揺したが、すぐ帰ってくると知って安心した。
そしてこの数日後、修くんはこのまま帰って来ず、引越しすると言う旨を聞いて私は再びどん底に落とされるのだった。修くんにメッセージを送ると「ごめんなさい。親の仕事の都合で海外に行きます」と帰ってきた。連絡はつく様で少し安心した。それから連絡を取り合っていたのだが、修くんは具体的に何しているかなどは教えてくれなかった。
それから私は一人になった。朝食も登校の車の中でも私一人。次の日学校に行くとホームルームで修くんが家庭の事情でしばらくお休みすると山崎先生がみんなに告げた。みんなもここ数日は休んでいたがすぐに戻ってくると思っていた様で、とても驚いていた。
前に座る南雲くんと千秋さんは先生の言葉を聞いた瞬間私の方を向き、何か知っているかと聞かれたので、私は事情を説明するととてもかなしんでいた。
私はまた表情を出さない様になった。。それでも修くんがいた前よりかは笑っていた。それは修くんが今まで私と一緒に笑ってくれたおかげだし、修くんが帰ってきたときに悲しませたくないという私の気持ちからだった。それと同時に私にとって修くんの存在がどれほど大きいかを自覚した。
そしてまた両親を悲しませたくないと言うのもあった。
それからは数日たったある日の夕食の時、私の隣に座っていた人がいなくなったことで、また以前の様に3人でテーブルを囲んでいた。
みんなが食べ終わる頃、お父様が「すまない、話がある」と断りを入れてきた。普段お父様はこんなに改まった感じでは話さないため、何か重要な話があるのだと察し、まだ自分のお茶碗には少しご飯が残っていたが箸を置き、話を聞く姿勢をとる。お母様はとっくに食べ終わっていたため
すでに聞く姿勢になっていた。
「食べ終わってからでいいぞ」
お父様は私に先に食べ終わる様に言うが、私は「ちょっと食欲が……」と嘘をつく。するとお父様は深追いをせず、話し始めた。
「実は……陽葵に縁談がきている……」
そのことに私とお母様は驚愕する。
別に縁談が来ていることに驚いたのではない。私は北条家の一人娘。北条家の富と権力を手にするため幼い頃から数多くの縁談を申し込まれていた。
では何に驚いているのかと言うと、それはお父様が私たちに言ったことだ。
嬉しいことにお父様は私のことを大切に思ってくださっている。そのため昔から、特にあの件以来いくら良縁であっても私が自由恋愛するのが一番だと言って、断ってくださっていた。
それなのに今回家族の前で縁談の話が出たことに、私とお母様はとても驚いた。
だが、お父様がとても悔しそうな顔をしているのに気がつき、私たちはお父様の、北条家の名前を持ってしても簡単には断れない相手だと察する。
「……どなたからですか?」
お母様がおそるおそるお父様に聞いた。
「相手の名前は書いていなかった。その方の祖父からだ……」
お父様の言葉に再度驚く。
父や、祖父が子や孫の縁談を組むのは普通だが、まさか縁談に本人の名前を書かないなんて……
「書いてある名前は……東雲重蔵」
その名前に声が出ないほど驚愕し固まる。
東雲家。日本一の財閥の経営家。それなのに現当主の東雲重蔵と会社の役員である分家らしき人しか知られていない謎の家。ただ一つ分かっているのは、同じ四大財閥である北条家と比べものにならないほどの力を持つ。
そこで私は納得する。
お父様が断れないのも無理ないわ……断ったら北条財閥に莫大な損害を出してしまう。
もはや受けるしかないと思っていたとき、お父様がそんな私の様子に気付いたのか慌てて言ってきた。
「先方は強要するつもりはないと言っている。一度孫と話してみてほしいとのことだ。……大丈夫だ。東雲殿は強引に決めさせたりする様な方ではない」
重蔵さんと何度か会ったことのある父の話を聞いて、私とお母様は安堵する。
「ところで、東雲家で陽葵と同じ年頃の子がいるとは聞いたことありませんが……」
「私もだ。東雲の子だったらいい学校に通っているはずだが、竜王学園はもちろんその他の有名な学校でもいるとは聞いたことがない。ただお孫さんが陽葵のことを好きだと言っているとのことだ」
私は一般以上の美貌を持っていると自覚している。それゆえに出回っている写真を見ただけで縁談を申し込んでくる人は一人や二人ではなかった。
お母様の問いにお父様が答える。
「……今回その方に会えるんですよね。なら今探っても仕方ありませんわ」
「そうだな。陽葵の言う通りだ」
「いつ、どこでお見合いをするんですか?」
「今週の土曜日だ。……東雲家からうちに迎えがくるらしい」
「早いですわね……分かりました」
気は進まないが、縁談を受けなくてもいいと言ってくれたため気が楽になるのを肝心ながらも、一抹の不安が残っていた。
そして土曜日。
東雲家は和の風習が強いとのことで、私は朝から着物を着ていた。
髪と同じ白をベースとして黒と少しの金であまり派手にならないほどに花や枝の柄があしらわれ、北条家の家紋が入った振袖を、中に黒をベースとした長襦袢を着て、黒をベースとした帯を巻いていた。
私は髪色が白であり、とても派手なので着物は白黒のあまり派手ではない素朴な美しさに仕立て上げたのだ。
準備を終えた私は玄関に向かうとそこにはすでに一台の車が止まっていた。
そしてそのそばには黒の着物を着た父が待っていた。ちなみに重蔵さんは奥さんを昔に亡くされているため、今回お母様は相手に合わせるため来られない。
「来たか……よく似合っているよ」
「ありがとうございます」
お父様に褒められたことが嬉しく微笑む。
「じゃあ行こうか……それでは頼む」
「分かりました」
車に乗り込んだ後お父様が運転手の方に声をかけると車は出発した。
出発してから2時間ほど経ちあたりはすっかり山木に囲まれていた。そしてやがて木が少なくなり遠くまで見えてくると、そこには村が広がっていた。それもただの田舎にある村ではなく一目見ただけで良家の和風のお屋敷が集まっていてこの村全体がある家のものになっていることがわかる。
「ここが……東雲の……」
東雲家の本家は一般的には知られておらず、お父様も今回が初めての様で驚愕していた。
そして村の中に入ってからしばらく走り、車は中央のお屋敷の前に止まる。そこにはメイドさんや執事がいて、車が止まるとドアを開いて降りるのを手伝ってくださった。
「北条様でございますね。私は東雲家の執事長をしております青葉龍馬と申します。それではご案内いたします」
そう言って青葉さんは歩き出し私たちはその後をついていく。
ある襖の前までくると青葉さんは立ち止まり振り返って、「こちらでございます」といいながら襖を開く。
お父様が開かれた襖の中に入っていった後をついていき私も入る。
こ、怖い……。
そこには失礼だと分かっていながらもそう思ってしまうほどの強面のご老人が私たちを迎えてくれていた。ご老人は私たちを座布団に並んで座らせ、お父様の向かい側に敷かれていた座布団に座る。ご老人の横で私の前にも座布団が敷かれていたため、これが私のお見合い相手の席だと理解する。
「北条殿、久しいのう。来てくれてありがと」
「ご無沙汰しております東雲殿。この様な機会を設けてくださったことありがとうございます。こっちが娘の陽葵です」
お父様が私を紹介したため、私は恐怖を顔に出さない様に正座したまま頭を下げる。
「北条陽葵と申します」
「これはご丁寧に。儂は東雲重蔵と申す」
思っていた通り怖い声だったが、思っていたよりも優しい口調と笑顔で返されたため少し恐怖が薄れる。
「すまないな。孫は少し準備に手間取っておってのう。……おい」
『ちょうどいらっしゃいました』
重蔵さんが外に向かって声をかけると外から青葉さんの返事が聞こえる。
ついに来たわ。
どんな相手か少し不安に思う。お父様も少し緊張しているのか固くなっているのが伝わってくる。
そして襖の外に人影が映り、ついにきたのだとわかる。
『失礼いたします』
その声はハッとする。何やら聞き覚えがあったのだ。
まさか……いや、彼がここにいるはずが……。
でも瞬時に寂しくてついに幻聴まで聞こえたのかと思ったが、心の何処かでは本当にそうなのではないかと願っていた。
「うむ、入れ」
重蔵さんの声と同時に襖が開く。
そこに現れた姿を見て、今度はとても驚愕し固まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます