第40話 父来訪

あの日以来特に大きく変わった事はなかった。いつも通り、二人で学校に行ったり、浮御堂で本を読んだり。

克人さんと翔子さんも前と変わらず接してくれていた。


俺も色々と戸惑いはしたものの何か行動を起こすこともできないので、ひとまず普通に過ごしていた。

北条さんはここ最近と同じ様に大胆行動をして距離を詰めて来ていた。

北条さんは俺が北条さんの気持ちに気がついていないと思っているだろうが、すでに知ってしまっていることが騙している様で心苦しい。

それでも北条さんが楽しそうに笑ってくれることがとても嬉しかった。


それから数日たったある日。土曜日なので北条さんと一緒に浮御堂で本を読んでいた。

隣り合って座りながら……。


「お嬢様、如月様お楽しみのところ失礼いたします」


浮御堂の橋の方から聞こえて来た声に、俺と北条さんが一斉に顔を上げる。

するとそこには岸から橋を渡って来る梓さんの姿が見えた。


「梓……どうしたの?」


普段ご飯の時以外俺たちを呼びにくるということがないため、北条さんが不思議そうに聞く。


「旦那様が如月様をお呼びです」


梓さんが丁寧に手を前で重ね合わせながら頭を軽く下げて言う。


「克人さんが?……分かりました。どこに行けばいいですか?」


克人さんが俺を呼び出す事は滅多にないため、一体何の用があるのか気になり一瞬考える。しかしここで考えるよりも直接行って聞いた方が早いなと思い、本を置き立ち上がる。


「ご案内いたします」


梓さんが「こちらへ」と言って、屋敷に向かって歩き出したため俺は慌てて北条さんに「ちょっと、行って来ます!」と言うと「え、ええ」と言う北条さんの声に背中を押されながら梓さんを追いかける。


”コンコン”


「旦那様、如月様をお連れいたしました」


屋敷に入り、応接室の前に着くと、梓さんが扉をノックする。


『おう、入ってくれ』


中から克人さんがそう返して来ると、梓さんは扉を開けて隣にずれ俺に道を譲る。

梓さんから促され俺は応接室の中に入るとソファーに座っていた人の姿を見て思わず驚き固まってしまう。


「と、父さん……」

「よう修!元気だったか?」


そこにいたのはおよそ八ヶ月前に突然俺を置いてって母さんと海外に行った父さんだった。


「まあ取り敢えず修くんも座ってくれ」


父さんの向かいに座る克人さんが席を立って俗に言うお誕生日席に移動し、元々座っていた一人掛けのソファーを俺に勧める。

俺は勧められた通りに座り父に話しかける。


「まぁ、元気ではあったよ」

「そのようだな。電話でも元気そうだったし」


あの日以来俺は両親と一切連絡を取っていなかったわけではなく、たまに電話やチャットアプリで話したりしていた。

電話は俺から掛けても繋がる方が少なく、大体が親の方からそれもいつ来るか分からず真夜中に来るときもあれば一ヶ月何の音沙汰もない時もあった。


「それで父さんはいきなりどうしたの?母さんは?……そんな格好までして」


今回父さんは俺にこっちに来る事を伝えていなかった上に中学以前でも稀にしか見たことのないキッチリとした黒のスーツを来ていた。


「そうだ。俺もそれをお前に聞きたかった」


俺たち親子の会話を遮らない様にと遠慮していた克人さんが父さんに聞く。


「ええっ!克人さんにも言ってないの⁉︎」


俺が来るまで、そしてその前にも時間はあっただろうに目的すら言っていないことに驚く。


「いいんだ。こいつは昔から自分勝手だった」


克人さんが遠いところに目をやりながら言う。

そういえば克人さんと父さんって同級生だったな。


「お前を待ってたんだよ。まず母さんは一旦実家に帰ってる。物を取りにな。で、俺が来た理由はお前と行くところがあるから迎えにきたんだ」

「……どこに?」


せいぜい父さんの事だから克人さんにお金を借りに来て、俺を出汁に使うつもりなのかと思っていたら、急に真面目な顔をして「行くところがある」と言い出したため、予想外で面を食らった。


「……俺の実家だ」


父さんの口から出た言葉に俺は目を見開く。

今まで俺は父方の親族に出会ったことがなかった。それは若い頃に父が実家と喧嘩し、半ば勘当されたような関係になっていたらしい。

そのため実家はお金持ちだと言う事を聞いたことがあるが、実家に頼らずずっと貧乏に生きて来た。家族に不便を強いていることを父さんはずっと後ろめたく思っていたらしいが、俺は特に何も思っていたかった……。


そんな父がいきなり実家に行くと言ったことにとても驚いた。


「ほう……お前がそんなことを言うとはな。学生の頃からずっと関わっていなかったのに……」


声が聞こえて来た横を見ると克人さんも目を見開いて驚いていた。


「克人さんは……父さんの実家をご存知なんですか?」


知っている様子だったため思わず聞くが……


「詳しい事は何も。ただ学生の頃から簡単な話は康介から聞いているだけ――」

「いずれお前にも話すよ。取り敢えず修、正装に着替えてこい。早く行くぞ」


克人さんの言葉を途中で遮ったかと思うと父さんは準備してこいと言って来る。


「はぁ?今から⁉︎」

「ああ、外に車を待たせている。急いでくれ。今から行けば夕方前には着く……」


まさか今からだとは思わず、あまりの早さに動揺してしまう。


「修くん。着替えて来なさい。陽葵には私から言っておくよ……数日で帰って来るんだろう?」

「ああ、そのはずだ」

「泊まりなら何か必要?」

「いや向こうに全てあるから心配ない。取り敢えず着替えたらすぐに来てくれ」


克人さんはすでに父の奔放さに諦めた様で俺に支度をするよう言って来る。そして北条さんには代わりに伝えてくれるらしい。

まあ先方に夕方についたら泊まりは確定だよねと思い、必要な物はあるかと聞くがいらないとのこと。


俺のサイズのパジャマとかあるのかな……?


そんなことを考えながらも父さんの急かしに負けて俺は応接室から出て自室に着替えに戻るのだった。

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