第38話 文化祭二日目2
射的を終えた俺とクマのぬいぐるみを抱えた北条さんは他にもクイズや、脱出ゲームなどをした後、高校生が校庭に出している屋台で焼きそばやたこ焼きを買って腹ごしらいをした。
「うん。美味しいなこれ」
「そうね。ほかのクラスも侮れないわね」
一応ライバル店でもあるため敵情視察をしておく。
その後高校の校舎に入って見つけたのはお化け屋敷であった。
ここは高校のクラスがやっているのではなく、陸上部が昔から毎年大きな教室を借りてやっているものである。
「ここ行ってみませんか?」
「え……⁉︎」
まさか俺がそんなことを言うとは思っていなかったのかとても驚いていた。
この前北条さんと遊園地に行った時もお化け屋敷を避けていた。
「ここはそこまで怖くなさそうなんで行ってみませんか?」
「べ、別に怖がってないわよ。あなたが行きたいのならいいわよ」
怖がっていないと強がっていながらも声が震えているし、ぬいぐるみを抱く腕の力が強くなっていた。
そんな北条さんの反応が面白く思わず微笑む。
「次のお二人様、どうぞー」
列に並んでいると俺たちの番になった。
スタッフが扉を開けてくれ、俺たちは黒い垂れ幕を押し除けて中に入る。
中は窓まで黒のカーテンで仕切られ、真っ暗だった。
「完成度高いなー……」
「そ、そうね……」
文化祭で学生が作ったとは思えないほどの完成度に感嘆すると、隣の北条さんが声を震わせながらも同意してくる。
「じゃあ行きますか」
そう言って俺たちはゆっくり進む。
するとすぐに上からプシュと音と共に水が降り抱える。
そのことに驚いた北条さんがキャアッと甲高い悲鳴を上げ、ギュッと強くクマのぬいぐるみを抱きながらその場でしゃがみ込んでしまう。
「だ、大丈夫……?」
そう北条さんに声をかけ、手を差し伸べながらチラッと上を見ると、壁の上から人が満足そうにこちらを見ながら霧吹きをこちらに向けていた。
俺自身も突然のことに少し驚いたのだが、それよりも隣の北条さんのリアクションに気を取られてしまい驚くタイミングを見失ってしまった。
「え、ええ。ちょっと驚いてしまっただけよ……」
そう言って足を震わせながらも俺の手を掴みゆっくりと立ち上がる。
暗いため表情までは見えないが、それでも北条さんがとても怖がっているのが分かる。
心なしか尻尾が下げっているようにも見えるし……。
なんとか北条さんが気持ちを落ち着けることが出来てきたため、再び進みだす。
進んでいく中で時々ガタッと物音がなったりする。そのたび北条さんはビクッと体を震わせる。
俺も本来そこまで怖いのが得意っていうわけでも無いが、北条さんの反応を見て、怖さを感じるどころかすこし面白く感じている。
それでも俺らは出口に向かって進んでいく。
北条さんは何かあるたびにビクッと体を震わせ、ギュッとぬいぐるみを抱き小さくっていて、妖狐の衣装も相まってか小動物みたいでとてもかわいい。さらにどんどん俺に近づいてきており、今ではもう肩が触れ合っており、そのことが俺をドキドキさせる。
そしてようやくゴールまで最後の曲がり角に来たその時、壁に設置されていた掃除用具入れの扉がバンッ!と勢いよく開き、ゾンビの格好をした人が俺たちを驚かせてくる。それと同時に北条さんが今までのどの叫び声よりも大きく「キャアアアアアッ!」と叫ぶ。
そして後ろに後退りすると足を絡ませたのか、またまた驚いて足がもつれうまく運べなかったのかは分からないが、体を傾け倒れかける。
いきなりのことにさすがに俺もびっくりし、「うおっ!」と声をあげたのだが、視界の端に倒れかけ靡いている白髪が目に入り、慌ててパッと振り向き、北条さんの背中に手を回すと、壁に手をついて自分ごと倒れないようにしながら自分の胸に抱き寄せる。
「うおっと、危ない!……だ、大丈夫?」
そう言いながら体勢を立て直し、北条さんをまっすぐ立たせる。
「……え、ええ。ありがとう……」
「ごめんね。危なかったとはいえ、抱き寄せちゃって。嫌だったよね?」
「い、いいえ。すこし驚いたけど……む、むしろ支えてくれてありがとう……」
しかも前はほぼ人間不信だった北条さんをいきなり抱き寄せてしまって、嫌だったのでは無いかと思って謝るが、北条さんはまさか謝罪されるとは思っていなかったのか、暗くて表情までは見えないが驚いた雰囲気を出しながら慌てて否定してくれた。
しかし今でもまだ少し怖いのかまた顔をクマのぬいぐるみに押しつけ、うずめる。
「す、すみません……。大丈夫ですか……?」
すると後から声がかかる。振り向いて見ると飛び出してきたゾンビ役の人が申し訳なさそうに謝ってきた。
相変わらず表情は見えないので、雰囲気だけだが……
「あ、大丈夫です。ちょっと驚きすぎてしまったようで……」
「本当にすみません……。出口はあちらです。お気をつけて……」
まだ顔を埋めている北条さんを一瞥して話せなさそうなのを確認すると代わりにゾンビ役の人に謝る必要はないと返す。
ゾンビ役の人は再び謝ると出口を案内してくれたので、少し会釈してから北条さんに「それじゃあ、出ましょうか。ちょっと暗くてよく見えないので早く明るいところに行きましょう」と言いながら見る。
すろと北条さんは手を恐る恐る差し出す。
その行動に今度は俺が驚く番だった。
しかし、すぐにしょうがないかと思い、微笑ましく思えながらもすこし気恥ずかしく感じる。
そして俺は北条さんの手を取って外に出るのであった。
***
「キャアアアアアッ!」
いきなり掃除用具入れの中から現れたゾンビに驚きとっさに叫び、声を上げながら後退りをする。
しかし、足がうまく運べなかった上に下駄を履いていたために足を縺れさせてしまい、後ろによろける。
あ、これまずいわ。
そう思って来るであろう衝撃に耐えるべく目を瞑る。
しかし、それは訪れなかった。
いきなり背中に手が回ってきて、引き上げられてかと思うと次の瞬間には人の胸の中にいた。
それが誰の胸かはすぐに思い当たったが、反射的にその人の顔を見る。
元々夜目が良かったため、暗い中でもその人の顔がはっきりと見えた。
その時私は気づいてしまった。
ああ、私って如月くんのことが好きなんだわ。
すると今まで、二人でいても不思議と心地よかったことや、そして如月くんが他の女子と楽しそうに話していると感じていたもやもやの正体、今まで贈り物は父親を始めたくさんの人から送ってもらったのにも関わらず、なぜか今までのどれよりも嬉しかった理由に納得がいった。
それと同時に好きだと言う事を意識し始めると、客観的に見ると普通以上ではあるが、決してとてもかっこいいわけでは無い如月くんのことがとてもかっこよく、背中を抱いている腕がたくましく思えて来る。そしてそのことを恥ずかしく思い、急激に顔が赤くなっていくのを自覚する。
「うおっと、危ない!……だ、大丈夫?」
そう言って私を抱き寄せ立たせた如月くんに私は恥ずかしさを隠せずクマのぬいぐるみに顔を埋め、目を閉じたまま返事をする。
「……え、ええ。ありがとう……」
初めて人を好きがと思ったためどうすればいいのか分からず、そのまま固まってしまう。
「それじゃあ、出ましょうか。ちょっと暗くてよく見えないので早く明るいところに行きましょう」
そうこうしていると如月くんの声が聞こえる。
私は目を開け、如月くんの顔を見る。するといつも見ているはずなのにいつも以上にかっこよく思えてしまい途端に身体中が熱くなり目をそらす。
な、なんでかしら。いつもは見れるはずなのにッ……
そんな事を思いながら恐る恐る手を差し出して見る。すると如月くんは手を握ってくれ「行きましょうか」と言いながらゆっくりと、私の歩けるスピードに合わせてくれて歩き出す。
……如月くんの夜目が効かなくて、ほんとによかったわ……。
思い人の手のたくましさを直にもう一度感じ、再び自分の顔の暑さから真っ赤になっている事を自覚し、またぬいぐるみに顔をうずめながら切実に思うのだった。
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