6:魔心石


 

 イルクナードは言った。


「ワイティアの中にある憎しみ、邪悪なる力は、死した肉体をも動かす強大なものとなってしまった。このままでは国はおろか、このヴェルハーラの地全土が、ワイティアの雷と白き炎によって焼かれ、跡形もなく消え去ってしまうだろう。それだけは、なんとしても避けねばならぬ。幾千万もの命が息吹くこの大地を、守らねばならぬ。しかしその為には、強い力が必要だ。ワイティアに対抗できるほどの、強い力が……。今のお前では……、今のお前達では、ワイティアには敵うまい。しかし、方法はある。我の亡骸に守られし、我の心臓を喰らうのだ。魔心石という魔石を知っているか? 魔力を持つ魔物が死する時に、その心臓に魔力が集まって石化したものだ。我の心臓、我の残しし魔心石を喰らい、その身に我が魔力を取り込むがいい。そうする以外に、ワイティアに対抗する術はないだろう。他者の魔力を己が身に取り込む術は、あるいは邪法と忌み嫌われるものである。この国、ひいてはこの世界では、禁忌とされるものだろう。しかし、出来ぬと、やらぬは別である。お前達には、それが出来るはず……。リオよ、仲間と共に我の心臓を喰らい、ワイティアの暴走を止めるのだ。このヴェルハーラの運命は、お前達の手の中にある……」


 イルクナードの最後の言葉を、リオは皆に伝えた。


「それは……、俺達も、それを喰うって事か?」

 

 ジークが、半ば恐れながら、リオの手の中にあるイルクナードの魔心石を指さす。


「たぶん……。イルクナードは、仲間と共にって言っていた。だから、僕だけじゃ駄目なんだと思う。みんなの力が必要なんだ」

 

 リオの言葉に、マンマチャックの額に冷や汗が流れる。


「魔心石を食べ、他者の魔力を自分の中に取り入れる事は、大昔から禁忌とされている術です。師であるケットネーゼから最初に教わったのが、魔心石の事でしたから、よくよく覚えています。成功すれば、自らが持つ魔力が高まるだけでなく、別の属性魔法を使う事も可能になる、と聞きましたが……。失敗すれば、自分の身を亡ぼす事になると……」


「そんなに危険な物なのっ!? リオお願い考え直して! 本当にそんな事をしてどうにかなるのっ!? 心の中に現れたっていうイルクナード様も本当に本当のイルクナード様だった!? 私たちを陥れようとするワイティアの見せた幻影とかではなかったのっ!?」

 

 マンマチャックの言葉に恐怖したエナルカは、いつも以上の早口になってしまう。


「仮に、それが本当に、イルクナード様の言葉だとしても……。あまりに危険ではないでしょうか?」

 

 テスラも、いつも白い肌をより青白くさせてそう言った。

 ただ、ルーベルだけは、何かを考えているかのように、口元に手を当てて、黙っている。


「でも、今の僕達じゃ、ワイティアには勝てない。ワイティアの雷の魔法をこの身に受けたから、僕にはそれがわかるんだ……。今のままじゃ、ワイティアを止められない。国を救えない。だったら……、どんなに危険でも、僕はやるよ。禁忌であっても、身を亡ぼす事になっても、僕はやる。だって、この国を、このヴェルハーラを守れるのは、僕しか……、僕達しか、いないじゃないか!」


 決意のこもった目でそう言ったリオに対し、四人は言葉を失った。

 リオは、もう心を決めてしまっている……、誰が何と言おうと、リオは一人でも、魔心石を喰らって、イルクナードの魔力を自分の中に取り込む気でいると、四人は確信していた。

 そして、危険だと分かっていながらも、それに付き合おうと思っている自分自身が心のどこかにいる事も、四人はそれぞれに感じていた。


「ったく……、分かったよ、食えばいいんだろ?」

 

 最初にそう言ったのはジークだ。

 面倒臭そうに頭を掻きながら、にやにやと笑っている。


「でも……。それじゃあ……。あ~もうっ! 分かったわよ! 私も食べるっ! 一人より二人、二人よりも三人の方が、勝機は上がるものねっ!」

 

 やけくそになりながら、エナルカも、魔心石を食べる事を了承した。


「正気ですかっ!? 自分の身が亡んだら元も子もないのではっ!?」

 

 二人の様子に、目玉が飛び出しそうなほどに驚くマンマチャック。

 しかし、その肩に、テスラがそっと手を置いて……


「諦めましょう、マンマチャック。リオは一人でも、魔心石を食べる気です。ここまで一緒に旅をしてきた者として、友として、最後まで付き合うのが礼儀では?」

 

 テスラの言葉に、自分を諭すようなその眼差しに、マンマチャックは大きく溜め息をついて……


「わ……、分かりましたよ。自分も付き合います。みんなで魔心石を口にして、ワイティアを止めましょう!」

 

 マンマチャックの言葉に、ジーク、エナルカ、テスラは、笑顔になった。


「みんな……、ありがとうっ! みんながいれば何とかなるよっ!」

 

 出会って一番の、満面の笑みで、リオはそう言った。


 五人の心は、再び一つになった。

 己が身を犠牲にしてでも、ワイティアの暴走を止め、国を救う。

 それが、自分の運命であり、使命であると……、五人は受け止めたのだ。

 もはや、躊躇っている時間はない。

 一刻も早く、ワイティアを止めなければならない。

 それぞれが、それぞれに、心に大きな決意の炎を、再び灯したのであった。


「覚悟を決めた所で申し訳ないが……、お前達はおそらく、魔心石を口にしても、力こそ得られるだろうが亡ぶことはない」

 

 突然のルーベルの言葉に、五人は揃ってルーベルの顔を見た。

 今しがた、この身を、この命を、国の為に捧げようと決意した五人だったが……


「ほっ!? それは本当ですかっ!?」

 

 マンマチャックが、驚き声を上げる。


「でも、いったい……、どうして?」

 

 テスラは、とても困惑した表情になる。


「簡単に説明すると……、魔心石を喰らって死に至る者は、もともと魔力の少ない者や魔力のない者だ。さらに言うと、普通の人であれば、その身に宿せる魔力の属性は一つに限られる為に、他の属性の魔力を取り入れる事で反作用が起き、それに耐えられずに死に至る者が多いのだ。しかしながらお前達五人は、そのどちらでもないだろう?」


 ルーベルの説明に、五人はお互いを見合う。

 魔力は、それぞれに、有り余らんほどにある。

 それは重々理解している。

 しかし、その後の説明が、五人にはよく理解出来なかった。


「えと……、確かに僕は、悪魔の子だけど……。え、みんなは違うよね?」

 

 おそるおそる訊ねるリオ。


「俺は悪魔じゃねぇぞ。見た目は悪そうだけど……、悪魔じゃねぇ」

 

 ジークの言葉に、マンマチャックの口元が緩む。


「あ、そうか……。テスラはほら、ダース族だから、半分は竜でしょ? ジークはアレッド族だから、半分が巨人族って事で……。そういう事ですか?」

 

 エナルカの問い掛けに、ルーベルが頷く。


「え、でも……。自分とエナルカは? 自分はタンタ族ですし、エナルカは……、普通の人なのでは?」


 マンマチャックが尋ねる。


「お前達はやはり、自分の種族がもとは何者であったのかを知らないのだな……?」

 

 ルーベルの問い掛けに、首を傾げるエナルカとマンマチャック。


「無理もない。全ては、他所から来た我々がもみ消した歴史の中にあるのだからな……。タンタの一族は、その昔、この地に住んでいた大地の神と人との間に生まれし一族だ。魔力こそ少ないが、それを裏付ける遺跡も、とうの昔に発見されている。そしてエナルカ、お前がその身に纏っている衣服……。お前は、西にある風の集落の民であろう?」


「あ……、はい、そうです」


「風の集落の民は、風の精霊が人となった者達だという伝承がある。これもまた、我々がもみ消した真実の一つだ……。即ち、エナルカ、マンマチャック、お前達双方は共に、ただの人ではないという事だ」


 ルーベルの言葉に、驚きを隠せないエナルカとマンマチャック。

 まさか自分が、人ではない者であったとは、思いもよらなかったのだ。


「ふふふ……、五大賢者達は、まるで未来でも見えていたかのようだな」


 不敵に笑うルーベルを他所に、テスラは考える。


「だとしたら……。私は、ダース族の血を引く者。リオは、悪魔の血を引く者。ジークは、巨人の血を引く者で……、マンマチャックは大地の神の血を、エナルカは風の精霊の血を引く者。つまり私達五人はみな、他の属性の魔力を取り入れる事のできる器である、という事なのですね?」


 テスラが問うと、ルーベルは大きく頷いた。


「そういう事だ。現にテスラはもう、光と闇、二つの属性をその身に宿している。リオ、ジーク、マンマチャック、エナルカも、テスラ同様に、その身に他の属性魔力を宿す事ができるだろう」


 満足げに微笑むルーベル。


「ま、じ、かよ……。俺にそんな事が……」

 

 俄に信じがたいルーベルの話に、ジークは自分の手の平を見つめる。

 レイニーヌの言葉が、その脳裏には蘇っていた。

 生きるという事は、戦うという事……、その事から逃げてはいけない。

 そして、戦い続ける限りは、何者にも負ける事はない……


「おし……、戦ってやるか」

 

 ジークは力強く、拳を握りしめた。


「私の中に、風の精霊の血が流れているだなんて……」

 

 エナルカも、自分の両手を見つめて呟く。

 その心の中で、シドラーの言葉を思い出していた。

 自信を持って、己を信じ、前へ進めと言っていた、あのシドラーの言葉を……


「シドラー様は、私を立派な風の魔導師だと言ってくださった。自信を持たなくちゃ……。私なら出来る、出来る、出来るっ!」

 

 ギュッと両手を握りしめて、エナルカは自分自身を鼓舞するように、そう声に出した。


「父が言っていたタンタの誇りとは、こういう事だったのか……」

 

 マンマチャックは呆然と、地面の一点を見つめている。

 その肌の色から土人と呼ばれ、蔑まれてきたタンタ族が、まさか、大地の神の血を引く一族だったとは……

 遠い昔、イルクナードが、タンタ族を守ろうとした理由、その意味がようやく理解できたマンマチャックは、大きく息を吸った。


「自らが強く、賢く、正しくあることが、人々を平和で平等なる世界に導く事ができる……。お父さん、自分はやってみせますよ。タンタの誇りにかけて」

 

 マンマチャックは胸を張って、静かに意気込んだ。


「僕が悪魔の子である事が、こんな風に役立つなんて……、思ってもみなかったな」

 

 頭上を見上げて、リオはそう言った。

 クレイマンから、自分が悪魔だという事を告げられた時、リオは悲しかった。

 悪魔という者がどのような者なのか……、その当時ははっきりと認識できていなかったが、とても悲しかったことだけは覚えている。

 けれど、それは間違いだった。

 クレイマンの言うように、善と悪を決めるのは、自分が何者であるかではなく、自分がどうあるかなのだ。

 悪魔の子である事が、自分の目指す未来へと繋がる善である事に、リオは心から感動していた。


「弱き者を、邪悪なる力から守るのが、魔導師……。僕は、クレイマンさんのような魔導師になりたい。いや、なれるんだ。僕は悪魔の子だから。ようやく、僕の運命が、見えた気がするよ」

 

 するとリオは、自らが自らにかけている魔法を解いた。

 その瞬間、リオの姿は、人間の少年から悪魔へと変わった。

 赤く燃え上がる髪、額に生える二本の角、背には黒い翼が現れた。

 初めて見る、完全なる悪魔の姿に、マンマチャック、ジーク、エナルカ、テスラ、ルーベルまでもが驚いたが……、誰も、怯える様子はない。


「もう、自分を偽るのはやめるよ。僕は僕のままで、みんなを助ける。それが僕のやるべき事、僕の進むべき道……、僕の運命だ!」

 

 リオの言葉に、皆が頷いた。

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