6:微笑み


「くっそぉ……。あのじじぃ、俺達の事を完全になめてやがるぜ、まったく……」


 口汚く罵りながら、山道を登るジーク。


「仕方ないわよ。だって、お世辞にも強そうに見えないものね。私や……、特にリオは」


 エナルカは、ロッドを支えに山道を登る。


「僕!? 僕はどう見ても強そうじゃないか!?」


 憤慨するリオ。


「ふっ……、どこがですか?」


 鼻で笑うマンマチャック。


「……………」


 テスラは、ダース族の村を出てからというもの、終始無言を貫いていた。


 五人が今いる場所は、ダース族の村から少し南へと向かった場所から伸びる、オエンド山脈の山道である。

 オエンド山脈最高峰とされるオエンド山の頂までは、まだまだ遠く、どこまでも山道は続いていた。

 辺りは既に日が落ちて暗く、どこからともなく、山に住む狼のような獣の遠吠えが聞こえてきている。


「下手に登り過ぎねぇ方がいいな。適当な所で今夜は野営しようぜ」


 ジークの言葉に、残りの四人は頷いた。


 ダース族の長老は、五人がオエンド山の山頂を目指す事を許した。


「お主ら如き若輩者に、どうこうできる黒竜ではない。己の無力さを知る為にも、登るといい。死の山と呼ばれしこの気高き山々、オエンドの山を……」


 長老の言葉は、五人の脳裏に焼き付いていた。


 オエンド山脈は、決して緩やかとは言えないまでも、それなりに緑のある、幅の広い山道が続いていた。

 北方の出身であるリオとマンマチャックは、もっと凍える思いをするのではと考えていたのだが……

 さすがは南の山である、気温はとても穏やかで、天候も安定し、空には星が煌めいている。

 テントが張れそうな開けた場所を見つけた五人は、今夜はそこで野営をすることにした。


 慣れた手つきでテントを立て、周りの枝葉を集め、大き目の石で囲った焚き火を作り上げる。

 ここまでの旅で、それぞれがそれぞれに、様々な事を学び、旅をする上での技術を身に着けていた。


 夕食を済ませ、ジークが淹れたお茶を飲み、夜空を見上げて各々物思いにふける五人。

 皆が、ダース族の長老の言葉の意味を、考えていた。


「ねぇ……。黒竜ダーテアスは、邪悪なる力の根源ではないのかなぁ?」


 一番にそう言葉にしたのは、またしてもリオだった。

 リオは、自分の心の中に疑問を抱え込むのがほとほと苦手らしい。


「そんなもん、あのじじぃの戯言に決まってんだろうが」


 ジークは、迷いながらもそう答えた。

 旅の目的を、レイニーヌの仇と信じてここまで来た事を、無駄だとは思いたくなかったのである。


「果たしてそうでしょうか……? 黒竜ダーテアスが邪悪なる力の根源だと決めつけるには、もしかすると……、時期尚早だったのやも知れません……」


 そうは言ってみたものの、では、国の危機をもたらしているのはいったい何者なのかと、マンマチャックは心の中で自問自答していた。


「でも、だとしたら一体誰が? 誰が私達のお師匠様を死に追いやったというの?」


 エナルカは思い出していた。

 自分を庇って死んでいったシドラーの事を。


 答えが見つからないままに、四人は黙りこくってしまった。

 沈黙を破ったのは……


「もし、黒竜ダーテアスが、邪悪なる力の根源ではないとしたら……。皆さんは、黒竜と対峙した時、どうするおつもりですか?」


 テスラだった。

 山道を登り始めてからというもの、ただの一言も発しなかったテスラの言葉に、四人は驚き、考える。

 もし、黒竜ダーテアスが、邪悪なる力の根源ではなかったら……


「どうするも何も……。相手は強大なる力を持つ黒竜です。躊躇していれば、こちらがやられてしまいます。反撃する隙もないくらいに、自分たちの全力をぶつけて戦わないと」


「そうよね。悠長な事を考えていたら、こっちの命が危ないわよね……。仮にもし本当に、邪悪なる力の根源が黒竜ダーテアスでないにしても、相手は竜……。言葉が通じるのかもわからないし、確かめる方法なんてないわよね」


「やられる前にやっちまえ……、俺はレイニーヌからそう教わっている。今回も、それを実行するつもりだ」


 マンマチャック、エナルカ、ジークの意見は、ほぼ一致していた。

 しかしリオは……


「僕は……、出来れば、黒竜ダーテアスとお話がしたいなぁ」


 夜空の星を見上げながら、笑顔でそう言った。

 リオの言葉に、テスラの赤い瞳が揺れた。


「はぁっ!? 何言ってんだてめぇっ!?」


 馬鹿も休み休みにしてくれと言わんばかりに、リオを睨むジーク。


「お話って……。リオ、今私たちが言っていたい事聞いていた? 言葉が通じる保障なんてないのよ!?」


「でも……、通じるかも知れないでしょ?」


 リオの言葉に、ほとほと呆れかえるエナルカ。


「リオ、今回ばかりは、しっかりと考えて行動しなければならないんですよ。そんな、お話だなんて……。さすがに自分も、その意見には反対です」


 顔をしかめるマンマチャック。

 しかしリオは、淡々とこう言った。


「けどさ……。見た目や種族で相手がどうとか決めるのは、正直良くないと僕は思うけど? 僕達だって、生まれや育ちは違うけれど、こうして出会って、話をして、なんとかうまくやっているじゃない? だったら、黒竜ダーテアスとだってきっと、話せば分かり合えると思うなぁ~」


 呑気に語尾を伸ばすリオに対し、マンマチャック、エナルカ、ジークは、返す言葉が見つからない。

 まぁ確かに、差別は良くない……、良くないけれど……

 世界最強種と言われる竜を相手に、そんなちっぽけな正義感が何に役立つのかと、リオのあまりに無謀な言葉に対し、三人は頭を抱えていた。


「私は……、リオに賛成です」


 不意に言葉を発したテスラに対し、三人はその顔をバッと見る。

 ジークは、阿呆かこの女!? と思ったし、マンマチャックは、テスラまで何を言いだすんですか!? と言おうとしたし、エナルカは、どうしてなんでよ!? と心の中で叫んだが……

 それらの言葉、考えは、すぐさま消え去って行った。

 三人が三人とも、一様に驚き、言葉を失い、思考が止まっている。

 何故なら、これまで一度も見た事のない、穏やかな微笑みを讃えたテスラが、そこにはいたのだから……






 五大賢者の一人、常闇の主、魔導師ロドネス・ブラデイロの娘……、その事実をテスラが知ったのは、テスラが五歳の時だった。


 城に住まう国属の魔導師達を束ねる、魔導師団長のルーベル・メウマ。

 国の宰相でもあるこのルーベルに育てられたテスラは、親譲りの才能を発揮し、みるみるうちに、国属の魔導師達に引けをとらない、強い魔導師へと成長していった。

 ルーベルは気付いていた。

 五大賢者ロドネスの跡を継げる者は、このテスラをおいて他にはいないと。

 しかしそれは同時に、再び悲劇が繰り返される事になるやも知れないと、ルーベルは案じていた。


 だからルーベルは、全てをテスラに打ち明けた。

 魔導師ロドネスが、なぜ生まれて間もないテスラを置いて、姿を眩ませたのか……

 その理由、起きた出来事の全てを、テスラに話して聞かせたのだった。

 幼いテスラは、その事実を明かされ、酷く傷つき、悲しんだ。

 それと同時に、悟ったのだ。

 黒竜ダーテアスを倒すのは、他ならぬ、自分の使命であると……

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