7:母
「お前の出生と、黒竜ダーテアス……。いったい、何の因果があるってんだ?」
突如として始まったテスラの昔語りに対し、早くもじれったくなったジークが問うた。
「では、結論から申し上げましょう……。我らが今、倒さんとする黒竜ダーテアスは、魔導師ロドネスなのです」
テスラの言葉に、四人の呼吸が止まった。
いったい、テスラは何を言っているのだろう? と、理解できずにいるようだ。
「そんな……。ちょ、ちょっと……、ちょっと待ってよ……。どうしてそうなるの? 全然意味が分からない……」
混乱しているエナルカは、振り絞るようにそう言った。
「魔導師ロドネスはその昔、国属の魔導師団の団長……、つまり、私の育ての親であるルーベル様の師でした。先代国王であるホードラン様とは、王が即位なされた当時からの付き合いであったと聞いております。そして、およそ四十年前に、この国を数多の災厄が襲った際、皆様の師である魔導師四人を探し出し、災厄の元凶であった恐るべき魔物を倒そうと招集したのも、魔導師ロドネスでした」
「そっか……。ロドネスさんは、偉大な魔導師だったんだね」
リオの、空気が全く読めてない言葉に、マンマチャックはまたしても顔をしかめるも、テスラの話の続きが聞きたいと思い、喉まで出かかっていた言葉をグッと飲み込んだ。
「そうですね……。結果、招集に応じた四人の魔導師と共に災厄の魔物を倒し、封印し、魔導師ロドネスも五大賢者の一人として讃えられました。しかし……。それから二十五年後……。今から十五年前のあの日、気高き五大賢者であった魔導師ロドネスは、死にました……。どこからともなくやってきた邪悪なる力に、負けてしまったのです」
「……おめぇよ、もうちょいわかりやすく話せねぇか? 俺は頭が良くねぇから、遠回しに言われても、さっぱり分かんねぇんだよ」
結論は教えてもらったものの、今度は過程の話がなかなか進まない事に苛々し始めるジーク。
「魔導師ロドネスは、ダース族の出身でした。私達が先ほどお会いした、黒竜を祖に持つあのダース族です。ダース族は、その体、その魂に、黒竜の血が流れています。即ち、一度邪悪なる力にその心が染まってしまえば、恐ろしい黒竜の姿へと変貌してしまうのです」
「じゃあ……、でも……、えっと……、んん?」
必死に話を聞いていたマンマチャックも、エナルカ同様混乱し始める。
「あの日、何があったのか……、真実を知る者は誰一人としていません。しかし、私が生まれた日の夜、王の部屋から悲鳴が聞こえ、ルーベル様とオーウェン様が王の部屋へ駆け付けると……。そこにいたのは、体を血の海に沈め、息絶えた、先代国王ホーランド様と、赤子の私を抱いて放心する幼きワイティア王……。そして、黒竜と化し、その鋭い爪先を赤く染めた、魔導師ロドネスの姿でした。邪悪なる力に心を奪われてしまった事によって、偉大なる魔導師ロドネスは死に、黒竜ダーテアスが生まれた……、という事です」
一通り、話し終わったらしいテスラは、こくんと一口お茶を飲んだ。
リオ達はというと……
あまりに衝撃的な真実に、言葉を失い、思考は完全に停止していた。
……、…………、…………………
沈黙が続いた。
四人は誰も、言葉を発せずにいる。
リオでさえも、言うべき言葉が定まらずにいた。
視線を左右へと泳がせるも、四人が四人とも、この先の会話をどこへ向かわせるのが正解なのか、お互いに救いを求め合っていた。
「……なので、黒竜ダーテアスは、私の母である魔導師ロドネスなのです」
沈黙を破ったのはテスラだった。
その言葉に、堪らずリオが、
「えぇっ!? ロドネスさんって、女の人だったのっ!?」
と、大声で叫んだ。
いや、まぁ、意外っちゃ意外だけど……、そこ重要じゃねぇし、と思うジーク。
では、父親は誰なのだろうと、不思議に思うマンマチャックと、もはや話についていけないエナルカ。
「えっ!? でも……、ちょっと待ってよ! テスラは、自分のお母さんを倒そうとしていたの!?」
リオの言葉に、他の三人は複雑な顔になる。
ジークは、幼い頃に母を亡くしていたが、その優しい顔は今でもハッキリと思い出せる。
マンマチャックも、父が亡くなる少し前に母と死別していたが、成人するまでの長い時間を、共に楽しく生きてきた記憶がある。
エナルカの母は健在で、今も母や父の暮らす風の集落を守らんとする為に、ここにいるのだ。
それぞれが、過ごしてきた時間は違えども、母親というものには言い知れない愛情を感じていた。
三人にとっても、かけがえのない存在である母親というものを、テスラは今、自らの手で倒そうとしているのだ。
その心理が、三人には理解出来なかった。
「そう、なりますね……。けれど、それがきっと、私がこの世界に生まれてきた意味なのでしょう。邪悪なる力によって、黒竜と化してしまった母を止める事。それが私の運命なのです」
ただ平然と、いつもの無表情でそう言ったテスラに対し、ジーク、マンマチャック、エナルカの三人は、背筋が凍るような寒気を感じた。
いくら、生まれた時から離れ離れで、顔も見た事がないような間柄だとはいえ、実の母親を亡き者にするのが自分の運命だなんて……、あまりにも残酷すぎやしないか。
そして、それを平然と言ってのけるテスラに対し、言葉では言い表せないほどの恐怖を、三人は感じていた。
だが、リオは違った。
「そんなの間違ってる! 駄目だよ! 世界に一人しかいない、自分のお母さんを倒すだなんてっ! そんなの絶対に駄目だっ!」
出会って一番の大声を出すリオに、テスラは少々驚いた顔になる。
まさか、ここまで全力で否定されるとは、思ってもみなかったのだ。
だがしかし、逆にそれが嬉しくもあった。
黒竜ダーテアスと話がしてみたい……、そう言ったリオの優しい心を、テスラは感じていた。
だからこそ、真実を打ち明けたのだ。
「何か方法があるはずだよ。テスラのお母さんを元に戻す方法が、何かきっと……。それを僕たちが探せばいいじゃないか!」
リオの言葉に、テスラの赤い瞳には薄らと、涙が浮かんでいた。
これまで、テスラの中にはずっと、迷いがあった。
先代国王を殺害し、国中に災厄をばらまく邪悪なる力の根源、黒竜ダーテアス。
それを倒すのは、国属の魔導師としては当たり前の事であり、王の言葉は正しい。
しかし、それは即ち、テスラに実の母を殺せと言っている事と同等なのである。
幼き頃より世話になっているルーベルやオーウェンも、それを望んでいる。
黒竜ダーテアスを倒す事が、自分の使命であり、運命である。
ずっと、そう思っていた。
誰一人として、自分に、母を救えとは言ってくれなかった……
魔導師ロドネスは死んだ、黒竜ダーテアスと化したロドネスはもう戻らない、殺すしかない、殺すしかないのだ……
テスラは、長年の間ずっと、自分にそう言い聞かせてきたのだった。
それが今日、今、終わった。
自分の気持ちに嘘をつき続けてきたテスラの人生は、リオの一言によって、終わったのだ。
もう、自分の気持ちに嘘をつかなくてもいい。
その思いが涙となって、テスラの頬を伝った。
テスラの涙に驚く四人。
しかし四人は、その涙の意味を、これまで無表情の下でひた隠しにしてきたテスラの本当の気持ちを、しっかりと受け止めていた。
マンマチャックは、リオと初めて出会った時のあの言葉を思い出していた。
師であるケットネーゼの死を、悼んでくれたリオの言葉を……
リオは、問題を起こす天才ではあるけれど、人の心の痛みを知る優しさはちゃんと知っているのだ。
そのリオが、自分達がこれから進むべき道を示してくれた。
少しばかり……、いや、かなり無謀なものではあるが……、それでも、やる価値はある。
ならば、ここで自分が言うべき言葉は一つだと、マンマチャックは決心した。
「黒竜ダーテアスと、話し合いましょう」
マンマチャックの言葉に、涙を流すテスラは、ハッとした表情でその顔を見やる。
マンマチャックはテスラの目を見つめて、優しく微笑んだ。
「そうするしかなさそうだな……。まぁ、言葉が通じるかどうかは、後で考えるかぁ~」
欠伸をしながら言うジーク。
しかし内心では、かなり大事になってきたなと、気をしっかり持たねばと、思い直していた。
「やりましょう。テスラのお母さんなんだもん、きっと話せば通じるはず……。それに、そうしないと、私たちはきっと前には進めないわ」
エナルカは、意を決したようにそう言った。
自分に何ができるのかは分からないが、それでも……、やれる事をしよう! と、気持ちを新たにしていた。
四人の言葉にテスラは、生まれて初めて、声を上げながら泣いた。
これまで我慢していた感情が、一気に溢れ出てくるかの如く、涙も鳴き声も、止める事が出来なかった。
そんなテスラを、優しく見守る四人。
そして、それぞれがそれぞれに、感じていた。
きっと、邪悪なる力の根源は、黒竜ダーテアスではなく、別にいる、と……
それが何なのか、何者なのか、何処にいるのか、四人には皆目見当もつかない。
しかし、何とかして、黒竜と化してしまった魔導師ロドネスを救わねばならない、それこそが、師が望んだ未来であり、自分たちが出会った理由であり、運命であるのだと、四人は強く思うのだった。
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