3:旅立ち

 リオの目に映ったのは、悲惨な光景だった。


 逃げ惑う村人達と、それを追い駆ける無数のグレイレザールの群。

 戦おうと、グレイレザールに向かって行った者達は皆、その鋭い爪と牙の前に、地面の上で血肉の塊と化していた。

 壊されたランプから家々に火が燃え移り、轟々と音を立てて、村中が火の海と化している。

 しかし、燃え盛る火には、クレイマンの魔力など一ミリも感じられない。


 クレイマンはもういない。

 助けてくれる者は、誰もいない。


 だったら……


「僕しか、いないじゃないか」


 リオは、ぽつりと零した。


 静かに呼吸を整えて、意識を集中し始めるリオ。

 その小さな両の掌にあるのは、クレイマンから授かった、火の魔法を行使するための魔法陣だ。

 クレイマンの声が聞こえる。


「人は、助け合って生きるもの。そして、人にはそれぞれ役割がある。作物を育てる者。獣を狩る者。物を作る者。それぞれが、己の役割を全うしなけらばならない。リオよ、私たち魔導師の役割は、弱き者達を、世界の闇から守る事だ」


 師の教えだから、守るわけではない。

 クレイマンの言葉が正しいと思うから、僕は、村の人たちを守るんだ……、リオは、心の中でそう呟いた。


 魔法を行使する際に必要なもの。

 それは、各属性によって異なる魔法陣と、呪文。

 習得する為には、膨大な知識と、鍛錬が必要となる。

 そして、魔法の習得には、魔導師個人の性質が深く関わっており、一人の魔導師が使える魔法は、一つの属性のみである場合がほとんどだ。

 魔法は、先人たちが残した遺産。

 新しく魔法を生み出す事ができるのは、己の属性魔法を極めた者のみ。

 そしてリオは、クレイマンの指導のもと、既に、新たな魔法を生み出していた。


 リオの髪が、赤く、激しく燃え上がる。

 瞳に赤い光を灯し、火の魔力が体中から溢れ出る。

 普段は誰にも見せてはいけないその姿は、人ではない。

 額には二本の角が生え、背には黒い翼が現れる。

 業火の中に佇むその姿は、まるで悪魔だ。

 だがしかし、燃え上がった炎の壁に守られて、そのようなリオの姿を目にできる者はいない。

 魔法陣を宙に浮かべ、心の中で呪文を詠唱する。

 声に出さずにいるのは、自分で作ったオリジナルの魔法を他者に盗まれない為だった。


 グレイレザール達が、リオの存在に気付き、一斉に押し寄せてくる。

 牙を向き、爪を立て、飛びかかってきた。

 そして……


「燃えろ」


 大きな紅の炎が、グレイレザールの群れを、リオの体もろとも包み込み、全てを焼き尽くした。

 後に残ったのは、静かな夜と、黒墨と化したグレイレザールの死骸のみだった。






 夜が明けた。


 村は、昨夜の惨事の後片付けに追われていた。

 亡くなった者は多数、焼け焦げたグレイレザールの死骸は無数。

 家々はそのほとんどが焼け落ちてしまった為に、村人たちはしばらくの間、野宿することとなるだろう。

 けれど、村はもう、安全だ。

 村の中心にある、絶やしてはならない魔除けの火。

 赤々と燃えるその美しい炎は、リオが新たに生み出した、人々の命を守る火だ。


「どうしても、行くの?」


 ヘレナが、寂しそうな顔でそう言った。


 昨晩リオは、全てを村人達に話した。

 クレイマンが死んでしまった事と、クレイマンの最後の願い……、魔導師シドラーを探さねばならない事を。

 村人達の話では、この国の中心地である王都に行けば、何らかの情報が手に入るとの事だった。

 そこでリオは、村から王都へ向かうという荷馬車に乗せてもらう事にしたのだ。


「ヘレナ、僕は行くよ。クレイマンさんの為に。……いや、僕自身の為に」


 大勢の村人たちに見送られて、リオは王都へと旅立った。

 クレイマンの最後の願いを叶える為。

 そして、自分の定められた運命を、見つける為に。

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