第2章:魔導師レイニーヌの弟子、ジーク

1:二人


 川辺に、焚き火の炎が見える。

 そのすぐ傍に、人影が一つ。


「水は一所に留まることなく、流れ続ける。人も同じ……、流れ続ける。だからあたしは、今日も旅を続けるのよ」


 酒の瓶を片手に、岩に腰掛けて、月を眺める女が一人。

 彼女の名はレイニーヌ。

 かつて、この国の五大賢者と呼ばれた魔導師の一人である。


「旅はいいけどよ……。それ以上飲むなよ、面倒だから」


 川辺から少し離れた場所に立てた簡易テントの中から、溜め息交じりに出てきたのは、およそ人とは思えない大きさの長身の男。

 彼の名はジーク。

 ジークは、焚き火にかけていた鍋の様子を見ながら、レイニーヌに視線を向ける。

 レイニーヌは、ジークの言葉などお構いなしに、酒を煽り続ける。

 ジークは立ち上がり、川辺まで歩き、レイニーヌの手から酒の瓶を取り上げた。


「やめろって。聞こえなかったのか?」


 苛ついた様子のジークに、レイニーヌはにやりと笑う。


「なぁに? 心配してくれんの? 優しぃ~ねぇ〜、ジークちゃん♪」


 酔っ払ったレイニーヌは手に負えないと、ジークは無視をする。


「でもさぁ〜……。ちょっとお酒をやめたところで、あたしの寿命は変わんないわよ」


 笑ってはいるが、どこか寂しげなレイニーヌの横顔。

 月明かりに照らされたその顔は美しく、憂いに満ちている。

 ジークは堪え切れずに、レイニーヌを抱きしめた。


「俺が……、俺がどうにかする。だから、諦めんなよ。お前が諦めたら、俺は……」


 ジークの腕が震えている事を、レイニーヌは分かっている。

 自分を抱きしめている大きなこの手が、世界で一番愛しい、可愛い弟子のものであるということも、分かっていた。


「あんたを置いて、まだ死ねないよ」


 自分より何倍も大きなジークの背中に手を回し、レイニーヌはきつく抱きしめる。

 その両腕には禍々しい、薄紫色の痣が広がっていた。






 夜が明けて、二人は歩き始める。

 目指すは、砂漠の向こうにある、レイニーヌの故郷。


「骨を埋めるなら、あの町がいい」


 レイニーヌの願いを叶える為、二人は砂漠を行く。

 しかし、歩みは遅い。

 ジークは全ての荷物を背負い、前を歩く。

 レイニーヌは、体一つで、ジークの後を歩く。

 レイニーヌがついてきているか、ジークは度々振り返る。

 そんなジークに、レイニーヌは笑顔を向けた。

 

 レイニーヌは、水の魔導師。

 弟子のジークも、同じく水の魔導師だ。


 レイニーヌに出会う前、ジークは、ある町の無法者の集団に属していた。

 数々の暴力事件を起こし、盗みもした。

 もちろん、望んで属していたのではない。

 辞める事ができなかったのだ。

 生きる場所、生きる術が他になかった。

 そんなジークを救ったのが、レイニーヌだ。

 ジークだけではない。

 その町の全ての無法者達を、レイニーヌは救ったのだ。

 水の魔法を使うレイニーヌは、町のすぐそばに川を引き、田畑を作り上げた。

 仕事を与える事によって、暴れる事しかできなかった者達に、生きる場所を与えたのだ。

 レイニーヌは、乾ききったその町に、物質としての水だけでなく、心の潤いを与えたのだった。


 それから数年。

 レイニーヌと共に旅に出たジークは、レイニーヌの水の魔法を受け継いだ。

 もともとジークには、魔導師になる素質があった。

 しかし、その素質を、誰にも知られずにいた。

 レイニーヌは初めから気付いていたのだ。

 ジークこそが、自分の後を継ぐにふさわしい者であるという事を。

 そして同じく、ジークも気付いていた。

 小さなレイニーヌの体の奥にある、言い知れない大きな力に。

 そうして二人は、お互いを尊敬し、師と弟子という関係を越えて……、いつしか、思い合う仲となっていた。


 レイニーヌが、旅をやめて故郷の町へ帰る、と言い出したのは、およそ一年前だった。 

 その時ジークは、その理由を理解できなかった。

 ただ単に、レイニーヌは郷愁の念に駆られたのだろう、としか考えてなかった。


 しかし、故郷の町へ向かう道の途中で、ジークはレイニーヌの異変に気付いた。

 体中に、薄紫色の痣が出始めたのだ。

 初めは足に。

 徐々にそれは広がって、腹、背中、首筋へと、薄紫色の痣は増えていった。

 レイニーヌはジークに、ただの打撲だと言った。

 しかし、打撲の痣が残るような事実はなく、ジークはすぐに嘘だと見抜いた。

 それでもしばらくの間、レイニーヌは嘘を続けた。

 ジークに、いらぬ心配をかけないためだ。


 そして、故郷の町まであと少しとなった数日前、レイニーヌが倒れた。

 只事ではない事態に、ジークはレイニーヌを問い詰めた。

 そしてジークは、初めて真実を知ったのだ。

 レイニーヌの命が、あと数日だという事を。

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