第6話 魔法使いは信じない
どんな風の吹き回しか、勇者ちゃんが「タナバタをしよう」なんて言い出して、タナバタというイベントをやることになったわ。
どんなイベントかと思ったけど、勇者ちゃんが言い出すようなことだし、みんなで集まって何か、みたいなことじゃなく、ただ山に行って少し背の高い草を取ってきて、そこに細長い紙を吊るすだけらしくて。
変わったイベントね。
でも、あの暗くて消極的な勇者ちゃんが言い出すんだもの、よっぽどそのイベントがやりたかったんでしょう。
思い入れがあるのね、きっと。
だからどうというわけじゃないけど。
◆
準備も終わって、紙を吊るす段になったわ。
「魔法使い、お前は吊るさないのか」
「ああ、紙ね」
「短冊っていうんだ」
「タンザク?」
「短い札って意味だ」
「ふうん」
「そこに願い事を書く」
「願い事……?」
「なんか、短冊に願い事を書いて吊るすと叶うみたいな、そういう言い伝えが俺のいた世界にはあった」
「俺のいた世界って、アタシのいる世界と勇者ちゃんのいる世界は一緒でしょうに」
「……まあ、そうだな」
含みがあるわね。
ひょっとして何かあるのかしら。勇者ちゃんの過去に興味なんてなかったけど、そうやって誤魔化されると気になるわね。
「で、願い事はあるのか」
「あるのかって……そうねえ。ないと言ったら嘘になるわ、でも……」
「でも?」
「叶うものじゃないのよねえ……」
「…………」
勇者ちゃんは目を丸くして、そして、押し黙った。アタシは、しまった、と思う。
「ああ、ジョーダンよ、ジョーダン。言ってみただけ。そうね、最近はコートが欲しいわ、でも、いつも頼んでるデザイナーちゃんがスランプで、なかなか難しいって言われちゃったのよねえ……だから、叶わない……」
「…………」
勇者ちゃんはちら、と上目でアタシを見た。
何よその目。……疑ってるのかしら。
勇者ちゃんにそんな機微を理解する心はないって思ってたけど……。
「勇者ちゃんには願い事あるの? おいしい鶏野菜煮込みが食べたいとか?」
「そうだな……」
歯切れが悪い。
「勇者ちゃん真面目だから、依頼の達成とかが願いだったりするのかしら」
「………」
勇者ちゃんは目を伏せる。
「なあ……魔法使い」
「ん」
「俺の願いも……いや……やっぱり、いい」
「あら……言いかけたことを途中でやめるのはよくないわよ」
「なんでだよ」
「気になっちゃうからよ。途中でやめるくらいなら最初から言わないでおきなさい」
「悪かったな、途中でやめて」
「別にアンタが悪いと思う必要はないわよ」
「な……お前がよくないって言ったんじゃないか」
「聞き流せばいいのよ、他人が言ってることなんて。いちいち間に受けてたらきりがないじゃない」
「そんなこと言っても、お前はお前が言ってること俺が聞き流してもいいのかよ」
「え? いつもそうじゃない」
「いつも……?」
「勇者ちゃんアタシの話いつも聞き流してるじゃない」
「そう、か……?」
勇者ちゃんは首を傾げる。眉を寄せたり、下を向いたり、上を向いたり、百面相ね。ずっと表情の乏しいオトコだと思ってたけど今日はどうしちゃったのかしら。
「……そうかもしれない」
「……」
そんなに考えるようなことだったかしら?
「さっさと願い事書けばいいだろ。俺の短冊は見るなよ」
「見られて困るようなことを書くつもりなのぉ?」
にや、と笑うアタシ。
「なになに、気になるコでもできた?」
「はー!? なんでそうなるんだ」
勇者ちゃんが怒鳴る。あらあら、マジになっちゃって。
「あの子と付き合えますように、みたいなこと書く勇者ちゃんなんかかわいくない?」
「か……かわ……!?」
怒っていたその表情が一瞬で戸惑いに変わり、赤くなったり青くなったりする。あら、そんな反応もするのね。
「等身大の勇者です、で売ったら人気出ると思うわよ。王宮に頼んでおこうかしら」
「や、やめろ! 俺に好きな奴なんていない!」
「ホントかしらぁ」
「本当だ! っていうか俺恋愛に興味とかないからな、俺は誰のことも好きになんかならない」
「ま、そんな感じのキャラよねえ、勇者ちゃんは。あーつまんない。もっとアクティブに行けばいいのに。硬派すぎるオトコはモテないわよ」
「モテなくていいってこの前も言った」
「あ、そ」
アタシは勇者ちゃんに構うのをやめて、タンザクを眺める。
何を書こうかしら? 今さら願いなんて特にないのよねえ。さっき言いかけちゃったとおり、一番叶ってほしい願いは絶対に叶わないし。
この世に未練も特にないし。
……? アタシは今、何を考えたのかしら。
まあいいわ。
とりあえず無難に、『毎日楽しく過ごせたらいいわね』とかにしときましょ。
「……」
「何、勇者ちゃん、自分の願いは見てほしくないくせにアタシの願いは見るの?」
「い、いや……見てほしくなかったんなら謝る」
「もう見ちゃってるじゃない。っていうか何そのポーズ、自分のタンザク胸のところに押しつけちゃって……はあ。仕方ないわね」
アタシは手を軽く振る。
勇者のタンザクからぽん、という音がした。
慌てて自分のタンザクを確認する勇者。
「心配しないで、ジャミング魔法かけただけよ」
「ジャミング魔法?」
「アンタのタンザクがアンタ以外に見えなくなったってだけ」
「え……え?」
勇者がタンザクとアタシを交互に見る。
何、アタシなんか変なことでもしたかしら。
「…………とう」
「え?」
勇者は早足で去る。
あ、何、あれひょっとしてお礼?
アタシはぱちぱちと瞬きをする。
なんか、かわいい、とか思ってしまって、なんか悔しいわね。
別にいいけど。
なんとなく気まずかったし勇者ちゃんが部屋に帰るのを待ってからアタシもタンザクを吊るしにいった。
でも直前で少し考えて、裏に一行書いてからジャミング魔法をかけたわ。
『あの日死んだ皆が、空で幸せに過ごせていますように』
この世に天国なんてないのにね。
それで終わり。
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