第5話 七夕前の勇者

「おはよ~勇者ちゃん」

「……」

「風邪引いてない? あれからちゃんと眠れたの?」

「ああ」

 俺は頷く。

 魔法使いがくれた上着を着ていると何か心が落ち着いて、いつもの悪夢も見ずに眠れた、とか言う気はないしなんか悔しい。

「それならよかったわ。ホントアンタはもっと自分を大事にしなさいよ」

「……お前はどうなんだ」

「え?」

 気が付いたら訊いていた。

「お前は自分を大事にしているのか」

「してるわよ~。そうじゃなきゃオシャレなんかしてないじゃない」


「お洒落が何で自分を大事にすることになるんだ」

「オシャレをすると気分がアガるでしょ? 自分が一番輝ける姿になりたい、だからオシャレする。それは自分を大事にすることなのよ」

「へえ……」

 自分が一番輝ける姿、ってのがいまいちよくわからなかったが、本人がお洒落をそう思っているんならそうなんだろう。よくわからないが。

「で、今日もそれ?」

 魔法使いが鶏肉の野菜煮込みを見て訊く。

「俺はこれが好きだからな」

「ほんと飽きないわねえ……」

 そう言う魔法使いの顔には、俺のことを嫌いだと言ったその欠片などなくて。

 こいつは本当に俺のことが嫌いなのだろうか。

 いや、嫌いに違いない。だって嫌いって言われたし。

 しかしながら、何一つ判断材料がないことに気付く。

 よく考えると、俺はこいつのことを一切知らないような気がする、だからさっき、自分を大事にしているのかどうか、とか訊いてみた……あまり情報は得られなかったが。

 待てよ。俺は果たしてこいつのことを知りたいのだろうか。なぜ? どうして?

 一緒に仕事をする奴のことを知りたいと思うのは当然だろう。今までが知らなさすぎたんだ。

 今後旅を続けていくなら魔法使いのことはきちんと知っておかなければいけないのかもしれない。

 まあ知ったところでそんなに大した情報があるとは思わないが。

 そんな感じで朝食は終わった。



 部屋に戻って素振りをして、なんとなく外に出る。

 空は晴れていて、昨日の雪の欠片もなかった。

 晴れ。

 そういえば、今日は夏の初め……前の世界ではそろそろ七夕の時期。明日ぐらいだよな。この晴れが続けばいい七夕日和で……。

 願い事。

 だが、そんなものは叶わないのだ。

 けれど、誰にも言えないそれを吐き出す場所は欲しかった。

 七夕をしよう、と提案してみようか。

 普段なら何かを提案するなんて思いもしないのだが、今日は……どうしても、それを行わねばならない気がした。

 ボーイに提案をして、短冊を吊るすための草は俺が取ってくるから、と。

「楽しそうですね、やりましょう」

「……ああ」

 それから笹のような植物を探すために山まで足を伸ばし、時間がかかったが見つけることができた。

 ボーイにそれを渡して、魔法使いに、七夕をしよう、と言った。

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