第7話 勇者は部屋の外に出る

「……」

 俺はベッドに座って扉をじっと見ていた。

 開く気配はない。

 七夕の後、魔法使いはなんだかぼうっとしていることが増えた。

 化粧もいつもと違っていて、あの傷が見えていたり。

 だが同行者がそんな様子では旅を再開することができない。

 俺がなんとかする、ことはできないと思うが、何らかの情報集めぐらいはしておいてもいいだろうと考え、これから部屋の外に出ようかと考えていたところだ。


 部屋から出るのは正直気が進まない。出ても何もいいことはないしな。

 だから俺が部屋から出るのは食事時ぐらいだった。

 風呂は部屋にあるからいいんだ。入らない日もあるが。

 汚いとか言うなよ。入らなかった日は魔法使いに風呂に押し込められてちゃんと洗ってくるまで風呂から出さないからねとか言われて、ああ、思い出したくもない。それ以来なんとなくサボらず入ってるよ、それでいいだろ。

 ……関係ないことを思い出してしまった。

 それで、外に出るか出ないかだが。

 俺は立ち上がってゆっくりと扉のところまで行く。

 そうっと扉を押し開けると、きい、と音をたてて向こう側が見えた。

「………」

 俺はそのまま廊下をてくてくと歩き、待てよ、外に出るっつったってどこにも行くあてがないし、何をすればいいんだ? 魔法使いの部屋にでも行ってそろそろ旅を再開しようと思うとか言えばいいのか?

 いや……まだ旅を再開するには早い気がするんだが。

 じゃあ何? 聞き込みでもするか?

 聞き込み?

 何を?

 魔法使いのこととか?

 馬鹿か、なんでそうなるんだ。なんで俺があいつのことなんか聞き込みしないといけないんだ。阿呆らしい。ふざけている。もう部屋に戻ろう。

 と思ったが、さすがにそれは躊躇われたのでとりあえずバーに行くことにした。


「こんにちはー……」

「おや」

 バーのマスターがこちらを見る。

「勇者さんではないですか」

「どうも」

「珍しいですね」

「ああ」

「魔法使いさんならいませんよ」

「いや俺別に魔法使い探してないです」

「おや。てっきり魔法使いさんを探してここに来たのかと思いましたが。彼はいつもここにいますからね、最近来ませんけど」

「え、あいついつもここにいるんですか。それで、最近来ないんですか」

「そう言いましたが」

「むむ……」

 俺は考える。

 魔法使いはいつもバーにいるのか。あいつ普段何してるのかと思ってたけど飲んだくれてたのか? 不健康だな。それこそ美容に悪い、とか言いそうなもんだが。

 それで最近来ないって? じゃあどこにいるんだ。何してるんだ。部屋か? 部屋なのか? 部屋に行った方がいいのか?

 普段やってることを最近しないってことは、様子がおかしいってことか? メシのときはそんな様子欠片も見せてなかったが。討伐とかは行ってるのか? この前ミルアホーク狩ったって言ってたもんな、討伐には行って……あ、でもそれもちょっと前のことだもんな……じゃああいつは今何をしてるんだ?

「勇者さん」

「な、なんです」

「とりあえず何か飲みます?」

「あ、俺……酒は飲めなくて」

「存じ上げております。なので、ノンアルコールカクテルでも」

「ええと……」

「気分転換になるかもしれませんよ」

「じゃあ、飲みます」

「ご注文承りました。カウンターにどうぞ」

「あ、じゃあ……」

 俺はカウンターに登る。背が低い方なので登る、という表現が正しい。あいつだったらきっとひょいと座ってしまうんだろうがな。そういうところも腹の立つ奴だ。まああいつと一緒にバーに来たことはないがきっとそうなんだろう。

「……」

 マスターはシャカシャカとシェイカーを振っている。

 プロみたいだ。

 いや、プロだが。

 俺はまた考える。

 プロ。じゃあ俺は勇者のプロなのだろうか。勇者のプロ……あんまりいい感じはしないな。前の世界じゃ勇者って言えば忌み嫌われる存在だったが、こっちの世界だとなんだろう……結構地位としてはいい感じっぽいんだよな。未だに慣れない。

 魔法使いは俺のこと嫌いっぽいけど勇者についてはどうなんだろう。勇者が嫌いだったら王に頼まれて俺の旅に同行なんてしないよなあ。じゃあ勇者は好きなんだろうか。いや好きでもない気がする。勇者ってみんなこんなにダサいのかしらとか言ってた気がするからいい印象はないはず……いや……

「どうぞ、ヨルドリヨンです」

「ヨルドリヨン?」

 目の前に置かれたノンアルコールカクテルらしきものは金色をしていた。

「柑橘系の実と南国産の果実をシェイクしたものです。すっきりとした中に甘さのある味が人気です」

「なるほど。じゃあいただきます」

 俺はグラスを持ち上げ、両手で飲む。

 確かにすっきりとした味わいに甘さがある。だがそれ以上に何か突き抜けるものがある。いやそれもすっきり、と言うのかもしれないが。

「気分転換には刺激のあるものが一番ですからね」

「な、なるほど……ありがとうございます」

 俺はヨルドリヨンをちびちびと飲む。

「勇者さん。……魔法使いさんのこと、どう思います?」

 マスターがグラスを拭きながら問う。

「ど、どうって……」

「好きですか、嫌いですか?」

「え、嫌いです」

「ふっ……なるほど」

 表情を変えずに笑うマスター。なんかこの人怖いな……

「魔法使いは俺のこと何か言ってました?」

「色々話されてはいらっしゃいますね」

「あいつって俺のこと嫌いなんですかね」

「さあ? 私からは何とも」

「あ、そうですよね……すみません」

 マスターも仕事だし、そうほいほいと客の情報を教えるわけにはいかないんだろう。バーのマスターってなんか情報職っぽいとこあるし。たぶん。

 でも魔法使いは俺のこと嫌いって言ってたしたぶん嫌いなんだろう。畜生、腹が立つな。でもなんで腹が立つんだろう。俺は魔法使いのこと嫌いだし、魔法使いが俺のこと嫌いでも一対一で釣り合うから腹なんて立てなくていいはずなんだが。

 まあわからない。俺は俺の気持ちが全くわからない。昔からそうだった。自分の気持ちがわからないから何も考えずに対の魔王を倒してしまって世界を滅ぼしたりしたんだし。

 ……畜生。嫌なことを思い出してしまった。こういうときは酒だ酒、飲めないしこれはノンアルコールだけど。

 というわけでヨルドリヨンを一口飲む。酸っぱい。やっぱり効くな、これ……

「勇者さんは後悔していますか?」

「へ? ……後悔? 何を……?」

「何をだと思います?」

「えっと」

 後悔することなんて一つしかない。けど、マスターがそのことを知っているはずがない。とすると、共通の話題……魔法使いのことだろうか。

「魔法使いと組んだことを後悔してるかってことですか?」

「……」

「ええと……」

 後悔? したことは一度もない。あいつのことは嫌いだがなんだかんだであいつは優秀だし、戦闘能力も抜群だし、フォローもうまいし、能力的には申し分ないんだ、あいつは。

「後悔はしたことないですね、あいつ能力だけは優秀だし」

「ふ、正直でいらっしゃる」

「あ……魔法使いには言わないでくださいよ」

 これで外見と性格がもう少しマシだったらきっと俺は魔法使いのことを好きとまではいかないが普通ぐらいには思っていたことだろう。

 仮定の話をしても仕方がないが。

 俺はヨルドリヨンをぐいっとあおって、席を立つ。

 ものすごく酸っぱくて席を立つときにちょっと震えてしまったのは内緒だ。

「マスター、お勘定は」

「宿に払っておいてくだされば結構ですよ」

「そうか……ありがとうございます、では」

「これからどこへ行かれるんです?」

「そうだな……散歩でもしようかなと思ってます」

「それは良いですね。今日は天気がいいのできっと気持ちいいですよ。魔法使いさんも誘われたりするともっと良いのではないでしょうか」

「えっ……」

「たまには相棒同士で散歩も良いものですよ」

 正直ものすごく気が進まない。が、マスターは魔法使いを誘ってほしそうである。

 嫌だ……すごく嫌だ……が、そう言われてしまうと断るわけにもいかない。

「えっと……わかりました、そうします」

「良い散歩になるといいですね」

 マスターが笑顔で手を振る。

 俺は渋い顔でバーを後にした。

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